第6章 オカラとモヤシと逃避の日々
【オカラとモヤシの冬】
その頃の進の家の食卓は、質素過ぎるくらい質素だった。
そして、進の記憶に深く刻まれた。
夏は、具のないそうめんに塩を振りかけただけの夕食。
冬になると、母はどこからか安く分けてもらった豆腐のカス——「オカラ」と、一袋数円の「モヤシ」を、まるで宝物のように大切に煮込んだ。
父・俊郎は、腹を空かせた進の横で、独り言を語り続けた。
知らない人が見たら、まだ、心を病んでいる人に見えた。
ただ、進は知っていた。
もう父は、心の病気が治っている。
まだ治っていないフリをしているのだ。
そうすれば、働かなくていい。
それは現実からの「逃避」だった。
進はそれを、もはや憎む気力さえなかった。
ただ、父の偽りの芝居が、目の前の食事を豊かにしてくれないことは、理解していた。
「……もう、限界かもしれない」
鏡の前で、まだ三十歳前の母・千夜子が呟いた。
千夜子の顔色は悪く、肌は輝きを失っていた。
それでも、母は進の手を離さなかった。
トイレットペーパーを求めて行列に並び、わずかなパート代をやりくりし、自分は食べずに、進にだけはモヤシを分け与えた。
進は、ひもじさに腹を鳴らしながらも、何も言わずにノートを広げた。
そこには、叔父の話から覚えた「イスラエル」や「石油」という文字、そして周囲で起きている不条理な出来事が、書かれていた。
(しっかり勉強したら、この雨からママを救い出せるかもしれない)
母・千夜子にとっての唯一の真理は、進という「小さな命」を守ることであった。
進は、学ぶことによって、もっと立派にならないといけないと考えた。
そして、時代の激流に打たれながらも、進は母の乾いた手の温もりだけを頼りに歩き続けようと子ども心に思うのだった。
誰も信じない。
幻想には頼らない。
進のこうした考え方は、この頃に生まれた。
インフレの暗闇の中で、進は静かに、そして鋭く、その個性を発揮し始めていた。
【深夜の国道一号線と「帰り船」】
昭和49年が明けてすぐのある日。
進の記憶は、大型エンジンの重低音とともに岡崎の地を離れた。
深夜、母・千夜子に揺り起こされた進は、寝ぼけ眼のまま、闇に沈むアパートの階段を下りた。
そこには見慣れない大型トラックが、獲物を待つ獣のように息を潜めていた。
父・俊郎は、適応障害から完全に回復していた。
それでも、浪費癖は治らなかった。
俊郎がハンドルを握り、進は助手席の、高い視点から窓の外を見下ろしていた。
「夜逃げ」という言葉の響きは、当時の進にとって、「日常との突然の別れ」だった。
トラックが動き出す。
カーステレオからは、田端義夫の歌が流れる。
母が好きなメロディだ。
「十九の春」「ふるさとの燈台」「帰り船」。
母は後部座席で膝を抱え、一言も発さなかった。
バイパスの継ぎ目を越えるたび、車体は激しく揺れ、進の体も大きく弾んだ。
さざなみは、舟を揺するよと歌うバタやん。
また、車体が揺れた。
その振動が、自分たちの生活がいかに脆い土台の上に築かれていたかを、残酷なまでに進に伝えてきた。
小学校に入ったばかりの進。
クラスメイトのほとんどからは「変な奴だ」と引かれたものの、何人か友達が出来た矢先だった。
同じ小学校でずっと過ごせると思っていた。
それが無理と分かった今、進の心は揺れていた。
「……お父さん、どこへ行くの」
進の問いに、父は答えなかった。
ただ、フロントガラスに映る父の横顔は、何かに怯え、追い詰められた敗残者の影そのものだった。
トラックは、光り輝く大都市・名古屋へと突き進んでいく。
どんなに街の灯りが眩しくなろうとも、自分たちを包む闇が消えることはない。
進はそんなことを考えながら、冷めた目で夜の国道を見つめ続けていた。




