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第3章 時を超えた再会

【歴史の断片、時を超えた再会】


 YouTubeチャンネル「タロの3分法務講義」を開設してから数ヶ月。

 進の地道な配信は、現職の公務員や試験に悩む受験生たちの間で少しずつ反響を呼び、登録者数も着実に増え始めていた。


 そんなある日のこと。予備校の廊下を歩いていた進は、一人の男性に呼び止められた。

「……あの、伊崎先生……ですよね?」

 見知らぬその男性は、企業研修で宅建士講座を受講している生徒だという。

 進が宅建の講義をメインに担当していたのはもう何年も前のことだ。

 なぜ今の自分を知っているのかと不思議に思い尋ねると、男性は懐かしそうに目を細めた。


「先生、覚えていませんか。僕、京都の学習塾で先生に習っていたんです。もう二十年以上も前になりますが」


 その言葉に、進の脳裏に京都の古い教室の風景が鮮やかに蘇った。

「ああ……あの時の。ずいぶん立派になられたね」

 彼は、ある不動産会社に入社し、もうだいぶ経つと言う。

 今年こそは宅建試験に合格したいと、企業研修でがんばっているとの話だった。

「ありがとうございます。実は今日、どうしても先生に伝えたいことがあって。あいつ……福澤のこと、覚えていますか?」

「えっ、福澤?」


【歴史の迷宮と、一冊のマンガ】


 福澤。

 その名前を聞いた瞬間、進の心は一気にあの熱い夏へと引き戻された。


 当時、中学受験を目指して塾にやってきた福澤少年は、算数や国語では抜群のセンスを見せる一方、社会科、特に歴史をひどく苦手としていた。

 暗記中心の学習に、彼の豊かな想像力が拒絶反応を示しているようだった。

「こんなの覚えられない」


 進は、彼に「覚えろ」とは言わなかった。

 代わりに、塾の図書室にある歴史マンガを毎日読むように勧めた。

「福澤君。歴史は暗記じゃない。かつて生きていた人間たちの『物語』なんだよ」


 その一言がきっかけだった。

 彼は歴史マンガに猛烈にのめり込み、当時の大河ドラマ『利家とまつ』にも夢中になった。

 最初は借りた歴史マンガを読んでいたが、自分用に買ってもらい、何度も読み返した。

 歴史上の人物たちが、彼の中で血の通った存在へと変わっていったのだ。


【金沢への旅と、嵐のクレーム】


 そして、小学六年生の盆休み。

「どこか旅行に行きたいところはあるか」と父親に問われた福澤は、迷わず答えた。

「金沢城を見に行きたい。前田利家の生きた場所を見たいんだ」


 進は、その話を聞いて

「素晴らしいことだ。本物を見ることに勝る勉強はないよ」

 と背中を押した。

 しかし、これに激怒したのが母親だった。

「受験学年の夏休みに旅行なんて何事ですか! 先生が余計なことを言ったせいで、息子が浮ついてしまったじゃないですか!」

 塾には激しいクレームが入り、進は塾長に呼び出された。


「伊崎先生。親の気持ちも考えてくれ。今は一分一秒を惜しんで机に向かわせる時期だ。余計なアドバイスは慎んでくれ」

 キツく注意され、進は唇を噛み締めた。


 けれど、結果は進の確信通りだった。

 金沢の地を踏み、加賀百万石の空気を感じて帰ってきた福澤の社会科の成績は、休み明けに文字通り「爆発的」な伸びを見せた。

 単なる知識が「実感」に変わった彼の勢いは止まらず、本番では得意の算数や国語でミスをしたにも関わらず、社会科が驚異的な高得点で見事、第一志望の難関校へと合格した。

 塾長も最後には進に

「あの時はキツく言ったが……まあ、結果が良ければそれでいい」

 と苦笑いしていた。


【繋がったバトン】


「あいつ、そのまま歴史好きが高じて、大学も史学科に進んだんです」

 廊下で再会した元教え子が、誇らしげに続けた。

「今は大学院を出て、歴史の研究者の道を進んでいます。あの日、先生がマンガを勧めて、金沢行きを肯定してくれたことが、あいつの人生を決めたんだって。……先生の影響ですよ」


 進は、胸の奥が熱くなるのを感じた。

 自分がかつて母・千夜子から買って貰った本を、叔父・政夫に捨てられたことを思い出した。

 政夫は、とにかく本が嫌いだった。

 政夫から「否定の言葉」を浴びせられた中で、必死に守り抜いた「学ぶ喜び」。

 それをあの夏、ひとりの少年に手渡していたのだ。


「……そうか。彼は研究者に」

「はい。いつか先生に会ったらお礼を言いたいって、ずっと話していました」

 進は、心から嬉しかった。

 宅建試験講師、公務員試験予備校講師は、いろいろあったにせよ楽しくやってきた。

 でも、学習塾講師時代は、出来れば忘れたい辛い過去だった。

 でも、実は、そうでもないのかもしれない。

 こうして、進が教えた生徒が道を選んで励んでいる。

 進は、重い荷物を1つ降ろしたような、安堵の気持ちと、爽やかな喜びでいっぱいだった。

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