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第1章 氷の教室、慈愛の教室

1980年〜1982年

【氷の教室、泥の言葉】


 そんな家庭の崩壊の最中、さらなる不運が進を襲う。

 進は小学校5年生になっていた。

 横断歩道を渡っていた進は、不意に飛び出してきた車に跳ねられた。

 運転手は誠実な人物ですぐに警察を呼び、進は短期入院を余儀なくされる。


 しかし、見舞いに訪れた小学校の担任教師の態度は冷淡そのものだった。

 進の様子をろくに確認もせず、さっさと病室を後にした担任は、翌日の教室で信じがたい言葉を放つ。


「昨日、伊崎が交通事故に遭った。あいつみたいに『とろっくさい』生き方をしていると、ああやって交通事故に遭うんだ」


 担任はクラス全員の前で、教え子の不運を笑い飛ばした。

 この教師にとって、進は目障りな存在でしかなかった。

 かつて進は、授業内容の決定的な誤りを幾度も指摘していたからだ。

 心理学者フロイトとユングの混同。

 光のスペクトルの波長の順序ミス。

 そしてトルストイの作品『人はどれだけの土地がいるか』を、未読であるにもかかわらず読んだふりをして解説した虚飾……。


 その「復讐」としての嘲笑だったが、教室は凍りついた。

 クラスメイトたちは教師のあまりの品性に引き、笑い声一つ起きなかった。

 進はその詳しいことを知らずに、挨拶だけして、母の離婚に伴い、この忌まわしい学校を去ることとなった。

 長野県松本市。

 母・千夜子は、実家に移り住むことにしたのだ。

 つい先日、千夜子の母・智代が亡くなった。

 唯一、実家に残っていた千夜子の妹・千冬も、近くの辰野町に嫁ぐという。

 誰もいなくなった千夜子の実家。

 そこに進と母・千夜子は移りたのだ。

 昭和55年、進が小学校6年生になる直前のことだった。


【山あいの担任の慈愛】


 進は小学校6年生になっていた。

 新しい学校は山あいの小さな小学校だった。

 全校生徒100人。

 各学年15人前後しかいない、アットホームな学校だった。

 新しい担任の大松先生も、理解のある人だった。

 進の個性を絶対に否定せず、しっかり受け止めてくれた。

 国語の授業で「ドーデ」の「最後の授業」を習ったときだった。

 作品のなかで、フランス人の先生が「フランス万歳」と呟く。

 不当にドイツに領土を侵され、アルザス・ロレーヌ地方に住む人々が、祖国の尊厳が踏みにじられた。

 それに対する正当な抗議というの、この作品のテーマだった。

 これに対して、進は言った。

「このフランス人の先生はおかしいです」

 大松先生が聞いた。

「どこがおかしいと思う」

 進は答えた。

「アルザス・ロレーヌ地方は、もともとルイ14世がドイツから奪った場所ですよね」

 大松先生は、そうなのか、という顔をする。

「それをもともとフランス領であったかのように言うのはおかしいと思います」

 クラスメイトのほとんどが、何を言っているのか分からないという顔をしていた。

 大松先生は、ただ一言、

「なるほど」

 とだけ言って、進を見た。

「先生、不勉強でごめんな。明日までに調べてくる」

 大松先生は、そう言うと授業を終えた。

 この先生は、知らないことは「知らない」ときちんと言う。

 前の学校の担任とは、大違いだった。


 次の日、担任・大松先生は、クラスメイト全員の前に立っていた。

「いいか、みんな。今から大切な話をする」

 クラスメイト達が、聞き耳を立てる。

(一体、なんだろうか)

「昨日の国語の授業を覚えているか。先生は皆に謝らないといけない」

 大松先生は続けた。

「伊崎から、アルザス・ロレーヌ地方は、もともとルイ14世がドイツから奪った場所だから、もともとフランス領であったかのようにいうのはおかしいという意見があった。あのあと、調べてみたんだ。伊崎の言う通りだった」

「伊崎、すげー」

 1人が声をあげた。

 大松先生が続ける。

「教科書に載ってるからって、全部そのまま受け止めちゃいけない。先生もずっと感動的な物語だと思い込んでいた。反省している」

 進は、クラスメイトからの称賛は嬉しかったが、大松先生への尊厳の念のほうが何倍も大きかった。

 あの、前の学校の担任とは明らかに違う。

 その話を聞いた、進の母・千夜子も心から喜んだ。

(転校して良かった)

 そう、進も母・千夜子も感じていた。

 後に、国語の教科書から、この作品は消える。

 それは、まさに進の指摘通りの理由によるものだった。


 また、ある時。

 それは社会科、日本史の授業だった。

 大松先生は、仁徳天皇陵の話をした。

 「仁徳天皇」という名前は、「優しい天皇」という意味だという。

 ただ、大松先生は

 「仁徳天皇は決して国民に優しくない」と話した。

 理由は、あんな大きな墓を作ったからだ。

 「どれだけ大変な強制労働だったことか。エジプトのピラミッドも同じ。権力を見せびらかすために、国民をこき使ったのだ」

 進は、質問した。

 「無理矢理働かせた証拠はあるんですか」

 大松先生は、驚いて答えた。

 「証拠はない。でも、自分の意思でこんな大変な作業をやるわけがないぞ」

 進がまた質問した。

 「王様や天皇が、国民に仕事をあげるために、ピラミッドや古墳を作ったということはないのですか」

 「それは…」

 大松先生は、黙ってしまった。

 次の日、大松先生はまた、クラス全員の前で話した。

 「先生はずっと、ピラミッドも古墳も国民に強制労働させて作ったと考えていた。でも…」

 大松先生は、進のほうを見て言う。

 「伊崎の考えも十分ありうることだ。強制労働の証拠はない。だから。先生の考えを押しつけるのは良くない。先生の考えも、あくまで予想だ」

 大松先生は続けた。

 「こういう考えが絶対だと決めつけて、押し付けるのは学習ではない」

 進は心から、大松先生を尊敬した。


【歪んだ自尊心の末路】


 後日、転校した進のもとに、かつての友人から一通の手紙が届いた。

 そこには、あの名古屋の学校の担任教師の「悲惨な最後」が綴られていた。


 進が去った一年後、その教師は定年を迎えた。

 しかし、退職時に贈られた寄せ書きには、通常あるべき感謝の言葉は一つもなかった。

 そこに並んでいたのは、生徒たちが長年溜め込んできた怒りと蔑みの言葉だった。


「あなたは定年か。もう誰も習わなくていいんだ」

「ずいぶんとあなたから酷いことをいっぱいされました。中学で挽回します」

「一生ヒラのままだったね。どうしてかよーく考えよう」


 一人の少年を「とろっくさい」と断じた教師自身が、実は誰よりも「人の心」に疎く、自らの無能さを傲慢さで隠していた。

 進はその手紙を読み、自分が戦っていた相手の小ささを改めて知った。


 進は大切なことを学んだ。

 それは、相手を受け入れる度量の大切さだ。

 進が大松先生に習った期間は、1年ほどに過ぎなかった。

 しかし進は、本当に頼りになる教師と頼りにならない教師の見本を見せられた。

 その後だいぶ経ってから、この経験が活きることになるとは、この時の進はまだ知らなかった。

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