表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/13

封鎖農区第三温室と未収穫の観測者

荷札に自分の名前が印字された時点で、普通のプレイヤーなら一度ログアウトを考える。


俺は考えた上で、やめた。


「で、本当に行くのか」

第六バースの操作室を出たところで、ユウトが呆れ半分の声を出す。

「“搬送待機”って書かれてる本人が、わざわざ次の搬入口に向かうの、かなり正気じゃないぞ」


「知ってる」

俺は荷札を指先で弾いた。

薄い紙のくせに、まだ妙に硬い。

そこにははっきりと、俺の名前と行先が刻まれている。


――――

RETURN CARGO

Holder: NAGI

Destination: 封鎖農区 第三温室

Status: 搬送待機

――――


「でも、待ってたら向こうから取りに来る」

「それも知ってる」

「なら?」

「迎えに行く方が、まだマシだ」


ユウトは額を押さえた。

「お前、たまに“消極的な安全策”みたいな顔で一番危ないこと言うよな」


反論はしない。

だいたい合っている。


港の奥、第六バースのさらに先には、海へ出るはずのない細い搬送レールが残っていた。

錆びた台車。

無人の積載パレット。

ラベル読取機。

その全部が、現行アーカイヴ・ワールド・オンラインの景観資産じゃない。


《残響知覚》を重ねると、レールの行先表示がうっすら浮かぶ。


封鎖農区・第三温室直送。


「やっぱり配送経路ごと生きてる」

「嫌すぎる」

「同意する」


俺は荷札を読取機へかざした。

すぐに、眠っていたはずの台車が低く唸る。

固定アームが自動で開き、空のパレットがこちらへ滑ってきた。


「……マジで乗るのか」

「行先が印字されてるなら、道も残ってる」

「その理屈、もう何回目だよ」

「七回目くらいじゃないか」


ユウトは何か言い返しかけて、結局やめた。

最近は、俺がこういう声を出した時は止めても無駄だと分かってきたらしい。


ノアは黙ったまま、レールの先を見ていた。

「この道、箱のための道だよ」

「今さらだな」

「でも、たぶん途中から、人も運ぶ」


その言い方が少し引っかかった。

だが、考えている暇はない。


俺たちはパレットへ乗り込んだ。

次の瞬間、無人台車が音もなく走り出す。


港の鉄骨が後ろへ流れ、乾いた海底みたいな地面が細長い通路へ変わる。

途中で壁面の色が変わった。

錆色の鉄から、白い隔壁へ。

次いで、白は湿った緑へ変わる。


乾いた空気が消える。

代わりに、温くて重い湿気が喉へまとわりついた。


「うわ、今度は蒸すのかよ」

ユウトが顔をしかめる。

「さっきまで砂だっただろ」


「農区ならそうだろうな」


通路の先で、巨大なドーム群が見えた。


ガラス温室。

正確には、温室だったもの。

ひび割れた透明屋根、蔦に呑まれた鉄骨、半壊した遮光シャッター。

夜のはずなのに、内部の育成灯だけが白く明るい。


その中央、一番大きな第三温室だけが異様だった。


ドームの天頂が丸ごと抜け落ち、その向こうに、別の庭が引っかかっている。


地面の上ではない。

空中だ。


土ごとひっくり返ったような花壇。

逆さまの遊歩道。

根を垂らした樹木。

崩れた庭園の一部が、空から落ちてきたまま、第三温室の上に引っかかっている。


「……あれか」

「見えてるのか?」

「見えてる」

「俺も見えてる。見えたくなかったけど」


ノアが、小さく言った。

「あれ、落ちた庭じゃない」

「じゃあ?」

「まだ、落ちきってない庭」


言葉の意味は分からない。

でも、たぶん外れていない。


パレットが温室前の搬入口で止まる。

その正面には、二重の検疫ゲートがあった。

上部カメラ、床グリッド、消毒噴霧ノズル。

いかにも、運ぶものを選別するための入口だ。


そして見た瞬間、俺は思い出した。


「最悪だ」

「何が」

「ここ、二段階スキャンだ」


《ハーヴェスト・ロックダウン》。

閉鎖された農業区画を復旧し、病害や変異作物を見分けながら栽培系統を守るVR農場シミュレーション。

発想は悪くなかった。


問題は、検疫と植付けの処理順が狂っていたことだ。


「上のカメラが最初に荷札を読む」

俺はゲートを見ながら言う。

「で、床グリッドが二回目に生体重量を計って、どの植床へ送るか決める」


「嫌な説明しかしてないな」

「今の俺にはかなり嫌だな」


読取機に荷札を近づけた瞬間、上部カメラが青く光った。


ピッ。


――――

RETURN CARGO CONFIRMED

Holder: NAGI

Destination: 第三温室

Bed Assignment Pending...

――――


「まずい、来るぞ」


二回目のスキャン前に、俺は床グリッドから横へ飛び退いた。

搬入口の脇に走る細い給液パイプへ片足を乗せる。

見た目はただの金属配管だが、旧作ではここだけ“設備上”扱いで重量計測から外れる。


昔、プレイヤーが種苗トレーを抱えてこのパイプへ逃げると、植付け先だけ未設定のまま中へ入れた。

最悪の仕様だったが、今は助かる。


二度目のスキャンが空振る。

床グリッドが赤く明滅し、すぐに黄色へ落ちた。


――――

Biomass Scan Failed

Bed Assignment Pending...

Manual routing required

――――


「通った」

「通った、じゃねえよ。挙動が全部嫌だ」


だが、これで少なくとも“俺をどこへ植えるか”までは決まっていない。

まだ時間はある。


検疫ゲートを抜ける。


中は、想像以上に広かった。


第三温室の内部は、ただの畑ではない。

巨大な工場みたいに整然と区画が分かれ、栽培ベッド、給液レール、受粉ドローンの待機ラック、温度調整ダクト、作業用キャットウォークが何層にも重なっていた。


空気は肥料と消毒液の匂いでむせるほど重い。

葉はある。

花もある。

だが綺麗というより、全部が“管理される途中で止まった生き物”みたいだった。


ベッドの一部は空だ。

しかもそのサイズが、妙に嫌だった。


人一人くらい、すっぽり収まりそうな大きさをしている。


「おい」

ユウトが低く言う。

「これ、植物育てるゲームなんだよな」

「たぶん」

「“たぶん”を付けるな」


視界中央に赤いウィンドウが開いた。


――――

Residual Access Confirmed

旧式資産ハーヴェスト・ロックダウンへの部分接続を開始します


残響イベントを検知しました

《封鎖農区第三温室の再播種》


概要:

誤作動した植付け表から観測者を外し、第三温室の正規母株を3基揃えよ


達成条件:

正規母株を3基識別する

第三温室の植床へ定着させる


追加条件:

欠損資産《園丁長の剪定鋏》を取得せよ

プレイヤー自身の植付け登録を回避せよ

――――


「観測者を外し、って」

ユウトが嫌そうに読み上げる。

「お前、最初から名指しじゃねえか」

「言葉を選んでくれてるだけマシだろ」

「全然マシじゃねえよ」


その時、ノアが少し先を指差した。

「あれ」


搬入口のすぐ脇、植付け管理盤の表面に、白いチョークみたいな線が残っていた。

新しい。

残響じゃない。

今この世界で書かれた線だ。


近づく。


植付け表の端に、乱暴な字で一行だけ残されていた。


『二回目のランプが点く前に表から消えろ』


「……先客だな」

「完全にそうだな」


しかも、ここまでのログよりずっと近い。

今さっき書かれたみたいな新しさだった。


植付け表を見る。

そこに並ぶ系統名の一番下へ、うっすらと俺の名が追加されかけていた。


――――

A系統 欠損

B系統 欠損

C系統 欠損

補充候補 RETURN CARGO / NAGI

――――


「補充候補って言うな」

「言い換えが柔らかくなっただけで意味最悪だろ」


とにかく、三系統の正規母株を揃えれば、この候補枠は消えるはずだ。

逆に言えば、それまでに捕まれば終わる。


「剪定鋏、先だ」

「どこにある」

「園丁長室か工具棚だろうな」


《分岐案内》が温室北側の補助区画を細く光らせた。

そこには、園丁用のメンテナンスケージがある。


だが扉は閉じていた。

電子ロックは死んでいる。

普通に開けるのは無理だ。


「またバグか?」

「今回は割とまともだ」


俺はケージ横の給液バルブに手をかけ、半回しだけ開く。

完全には開けない。

圧だけを少し上げる。


《ハーヴェスト・ロックダウン》の工具棚は、湿度センサーが一定値を超えると“内部作業員あり”と誤認して安全ロックを外す。

本来は中の腐敗対策だが、バルブ制御と連動しているせいで外からでも開く。


カチ、と内部で音がした。

扉がわずかに浮く。


「ほらな」

「“割とまとも”の基準がお前の中だけなんだよ」


ケージの中には、錆びた手工具と、長柄の受粉ブラシ、それから一本だけ、やけに綺麗な鋏が残っていた。

刃の部分に赤い識別塗装がある。


――――

欠損資産《園丁長の剪定鋏》を取得しました

――――


鋏を手にした瞬間、《偏光ゴーグル》越しの色が少し変わった。

蔦の輪郭だけが細く赤く縁取られる。

偽物の根と、本物の根も見分けやすい。


「便利そうだな」

ユウトが言う。

「切るものが増えた」

「農区で言うとちょっと怖いな」


温室中央へ戻る。

栽培ベッドは三系統。

A、B、C。

その周囲に、似たような母株らしき植物が何十も並んでいた。


全部同じには見えない。

でも、正しい三つがどれかは分からない。

普通なら。


俺は《偏光ゴーグル》を下ろし、上部の育成灯を見た。

第三温室は周期的に、白光と紫外線補助灯を切り替えている。

あのタイミングが鍵だ。


「ユウト、灯り切替のスイッチ盤、見えるか」

「向こうの壁か?」

「ああ。切替を一回だけやってくれ」

「押すだけでいいなら分かる」


ユウトが壁際の補助盤を叩く。

瞬間、温室の白光が落ち、紫外線補助灯へ切り替わった。


その一拍だけで、景色が変わる。


偽物の母株は、光に合わせて影も即座に切り替わる。

でも本物だけは違う。


《ハーヴェスト・ロックダウン》の母株判定は、ライト切替の一フレーム後にしか更新されない。

だから本物は、光が変わった直後だけ影が遅れる。


昔、熟成タイミングの見極めに使われた最低の裏技だ。


「あれと、あっちだ」


温室左列の背高い蔓株。

それから中央近くの低木型。

二つだけ、影の遅れ方が違った。


俺は走る。

一つ目の母株は根元を偽蔦に巻かれていた。

《園丁長の剪定鋏》で赤く縁取られた蔦だけを切る。


すると、根元のタグが露出した。


A系統。

正規母株。


「当たりだ」


二つ目も同じだ。

こちらは低木に見えて、根元が別メッシュで浮いている。

昔の判定ズレそのまま。

鋏を入れる位置を間違えなければ、偽装蔓だけ外せる。


B系統。

正規母株。


「二つ」

ノアが言う。

「あと一つ、上」


見上げる。

第三温室の割れた天井、その先。

空に引っかかった墜落庭園の一角で、何かが淡く光っていた。


「あれがC系統か」

「たぶん」

ユウトが顔をしかめる。

「で、どうやって上がる」

「普通に行く道はない」

「知ってた」


その時だった。


温室全体に、低い警告音が鳴った。


植付け表が赤く点滅し、俺の名の横に新しい表示が追加される。


――――

補充候補 RETURN CARGO / NAGI

仮登録完了

不足系統 1

回収を開始します

――――


「やばいな」

「言うのが遅い!」


頭上のレールが軋む。

給液ノズルでも受粉ドローンでもない、もっと重い何かが、温室上部の搬送ラインを走ってくる。


姿を現したそいつを見て、思わず舌打ちした。


多脚。

長いアームが四本。

先端は剪定鋏と移植スコップと固定鉤を無理やり混ぜたような形。

胴体中央には、空の植付けポッドが口みたいに開いている。

そこへ入れたものを、そのままベッドへ埋め込むつもりなのが一目で分かった。


――――

ERROR ENEMY

《リーパー・プランター》

Lv:???

分類:植付保全体/削除処理混成

――――


機械音声が温室へ響く。


「不足系統を確認。補充候補を植付けます」


「嫌すぎるだろ、その台詞」

「同意する!」


《リーパー・プランター》がレールから落ち、床を滑るようにこちらへ来る。

速い。

しかも直線だけじゃない。

給液ラインの上なら横移動までしてくる。


「ユウト! 正面止められるか!」

「やるしかねえだろ!」


盾と鋏じゃ分が悪い。

でも、こいつを正面から壊す必要はない。

必要なのは、“俺じゃなくてもいい”と誤認させることだ。


温室の片隅に、受粉誘導用の黄色いダミー人形が立っていた。

人型のマーカーだ。

プレイヤー向けの作業補助として置かれていたものだが、内部的には“生体近似オブジェクト”扱いだったはずだ。


そして、このゲーム最大の悪評の一つがそれだった。


「ノア、散水ラインの次の切替、分かるか」

「うん。あと二秒」

「よし。ユウト、あいつを霧の通路へ引け!」

「また雑だな!」

「でも通じるだろ!」

「悔しいけどな!」


俺は《貨物指定》を黄色いダミーへ叩き込んだ。

完全な搬送対象じゃない。

でも“対象候補”にはできる。


そのままダミーを担ぎ、霧ノズルの下へ飛び込む。


ザァッ、と養液の霧が落ちる。


《ハーヴェスト・ロックダウン》の散水ミストは、近くの作物状態を誤って周囲へコピーする不具合を抱えていた。

プレイヤーが濡れた椅子を“成熟トマト”にしただの、壁を“苗床”にしただの、末期には何でもありだった。


今、俺に付いているのは“補充候補”の仮登録。

だったら、コピー先がある。


霧の向こうで、ダミーの輪郭が一瞬だけ青く縁取られた。


「乗った」


同時に、《リーパー・プランター》が霧を割って突っ込んでくる。

俺は横へ転がり、ダミーだけをその場へ残した。


機械アームが迷いなくダミーを掴む。


「補充候補を確認。植付けます」


そのまま黄色い人形が、空いていたC系統ベッドへ逆さに突き立てられた。


「うわあ……」

ユウトが素で引く。

「絵面が最悪だ」

「でも今は助かる」


植付け表の下段が一瞬だけ更新される。


――――

補充候補 仮確保

不足系統 1

――――


完全な解決じゃない。

ただ、こちらを追う優先度が少し下がった。

今のうちに上へ行く。


「C系統を取る。方法は?」

ユウトが問う。

「階段はない。エレベーターも死んでる」

「知ってる。だから別の方だ」


中央栽培ベッドの横に、縦長の伸縮トレリスがある。

蔓を上方へ誘導するための支柱だが、旧作では成長処理が極端だった。


本来は時間をかけて伸びる蔓が、栄養液の切替と照明更新が同フレームで噛むと、一気に最大長まで伸びる。

そして、その上に立っていたものごと弾き上げる。


最低のバグだ。

だから覚えている。


「お前、まさか」

「まさかだ」


俺はトレリス基部へA、B二つの母株を差し込む。

本来は搬送用じゃない。

でも正規母株の認証が二系統入れば、成長補助ラインが起動する。


あとはタイミングだけだ。


「ノア」

「うん。光、来るよ」

「ユウト、栄養液バルブを全開にして、紫外線灯が戻る瞬間に止めろ」

「要求が毎回職人なんだよ!」

「でもできるだろ」

「できるかどうかで言うなら、やるしかねえだろ!」


俺はトレリスの真上へ立つ。

《園丁長の剪定鋏》を構えた。

伸長制御の蔓だけ、赤く縁取られて見える。

そこを切れば、成長上限が外れる。


「今!」


ユウトがバルブを開く。

ノアが光の切替直前を告げる。

紫外線灯が白光へ戻る、その一拍前。


俺は鋏を入れた。


トレリスが爆発みたいに伸びる。


視界が一気に上へ跳ねた。

風圧はない。

でも、植物に持ち上げられるという最悪な感覚だけは全身にある。


「っ、上がる!」


第三温室の骨組みを突き抜け、割れたガラスの縁をかすめ、そのまま俺の身体は墜落庭園の欠片へ叩き上げられた。


転がる。

土の感触。

濡れた根。

見上げると、空は下にあった。


いや、違う。

俺が上にいるだけだ。


墜落庭園は、庭園というより、落ちる途中で止まった展望庭だった。

石畳の散歩道が途中で空へ消え、花壇は半分ひっくり返り、樹木の根が星みたいに空中へ伸びている。


重力も少しおかしい。

身体が軽い。

踏み込むたびに、半歩だけ浮く。


「……なるほど」


ここだけ、第三温室の残響じゃない。

でも完全に別でもない。

落ちた温室の上に、別の庭の“落下途中”が噛んでいる。


だからノード名だけが別に見えていたのか。


中央の砕けた花壇に、淡い緑の光があった。

C系統の母株だ。

透明な培養皿みたいな容器の中で、小さな芽がまだ生きている。


そのすぐそばに、新しい靴跡があった。


先客だ。

しかも、さっきまでここにいたみたいな温度が残っている。


芽を拾おうとした瞬間、背後で何かがきしんだ。


振り返る。

人影はない。


ただ、折れた園路の縁に、小さな端末が置かれていた。

携帯用の育成スキャナ。

現行モデルじゃないが、残響でもない。


先客の持ち物だ。


画面には短い一文だけが残っていた。


『七つ目を取ったら、墜落庭園は入口になる』


「……やっぱりそうか」


それだけ確認して、俺はC系統の母株を掴む。

長居は危ない。

下ではまだ《リーパー・プランター》が動いているはずだ。


墜落庭園の中央には、温室下層へ繋がる移植シュートが残っていた。

昔、上層苗床から下層へ資材を落とすための縦管だ。

今は半壊している。

でも通せる。


問題は、ただ落としただけでは認証されないことだ。


「《通行認証》」


俺はC系統の母株へスキルを使った。

一時的な“到着済み”の誤認。

これで下の植床が受け取る。


培養皿をシュートへ滑らせる。


数秒後、第三温室の下から、重い稼働音が立ち上がった。


植付け表が更新される。


――――

A系統 確保

B系統 確保

C系統 確保

補充候補 解除

――――


「よし!」


直後、《リーパー・プランター》の機械音声が変わる。


「補充候補の植付けを中止します」

「……」

「仮確保対象を破棄します」


嫌な予感と同時に、下から黄色い人形の断末魔みたいなプラスチック音が聞こえた。

ダミーがやられたらしい。


「後で謝るか」

誰に、とは言わない。


温室全体が振動する。

天井の裂け目に引っかかっていた墜落庭園の欠片が、少しだけ位置を変えた。

根とガラスの割れ目が噛み合い、中央に一筋の通路が浮かび上がる。


視界いっぱいにクリア表示が開いた。


――――

残響イベント《封鎖農区第三温室の再播種》クリア

追加条件達成:欠損資産《園丁長の剪定鋏》を取得

追加条件達成:プレイヤー自身の植付け登録を回避


報酬を算出中……

――――


続けて、金色の表示。


――――

残響片《第三温室の母種》を獲得

派生スキル《育成偽装》を獲得


《育成偽装》

旧式の育成・収穫・検疫系に対し、

自身または対象1つを「種」「苗」「成熟」「収穫済み」のいずれかとして一時的に偽装する


メインクエスト更新

《零層保管庫》を調査せよ

回収済み残響:7/7

全残響片の照合が完了しました

――――


その直後、さらに別の表示が重なる。


――――

Route Correction


《墜落庭園》は《封鎖農区第三温室》に内包された落下セクタでした

全残響片との照合により、零層連結点として再指定します


零層連結点を解放します

接続先:《墜落庭園・中央落下庭》

――――


「……七つ目、完了か」


息を吐く。

長かった気もするし、まだ途中の気もする。


下を見れば、第三温室の中央植床が三つとも淡く発光していた。

ユウトがこちらを見上げて、片手を振る。

ノアもその隣に立っている。


そして、その少し奥。


温室下層ではなく、墜落庭園のさらに上。

割れた石造りの回廊の影に、人がいた。


フード付きの外套。

左肩に、細い青い罅みたいな発光。

録画の中で何度も見た輪郭と、同じだ。


先客。


だが今度は、画面越しじゃない。


そいつは崩れた手すりに片肘を預けたまま、こっちを見下ろしていた。

距離はある。

顔は影で見えない。


それでも、これが録画じゃないことはすぐ分かった。


ユウトが下で息を呑む。

「おい……今の、見えてるぞ」


「ああ」

俺は短く答える。


フードのプレイヤーが、ゆっくりと口を開いた。


「遅かったな、ナギ」


その声は、初めて聞くはずなのに、ずっと前からこっちを見ていた声だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ