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6/13

砂海城門と蜃気楼の帰還隊

雪の研究棟を出る時、俺たちは扉を一枚しか開けていない。


なのに、次の瞬間には吹雪が熱風へ変わっていた。


「うわっ、乾いてる!」

ユウトが思いきり顔をしかめる。

さっきまで肺を刺していた冷気が、今度は喉の水分を全部奪いにくる。


通路の金属床は、途中から砂に埋もれていた。

壁面の白い断熱材はいつの間にか日焼けした石壁へ変わり、天井の配管には霜の代わりに細かい砂が積もっている。


前方、熱に揺れる空気の向こうに、巨大な門が見えた。


半分は城壁。

半分は砂丘。

乾いた海みたいな砂原の中に、街ひとつ分の高さがある城門が、斜めに埋まりながら立っている。


「……ああ、これか」


見覚えがあった。

嫌になるくらい、ある。


《デューンブレイク・バスティオン》。

砂海に浮かぶ交易都市を守り、帰還隊を見分けて門を開閉するVR防衛ゲーム。

コンセプトだけなら相当良かった。


実際は、蜃気楼の隊列が本物と同じ当たり判定を持ったり、逆に本物だけがロード遅延で一拍遅れて出たり、門の開閉フラグと見た目が噛み合わなかったりで、運営もユーザーもずっと砂に埋まっていた。


俺はもちろん最後まで遊んだ。


「知ってるゲームか?」

ユウトが乾いた風の中で声を張る。


「知ってる。帰還隊を門に通すゲームだ」

「今回はちゃんとそれっぽいな」

「見た目だけならな」


《残響知覚》を起動する。

すると、城門の表面に薄い青い筋が浮かんだ。


そしてそのすぐ下、砂に半分埋もれた石段に、くっきりと新しい足跡が残っているのが見えた。


「いたな」

「先客か」

「ああ。でもこのままだと消える」


砂嵐が強い。

足跡の輪郭が、すでに風で崩れ始めていた。


俺は咄嗟に《凍結保存》を起動する。


青い粒子が砂の上へ散り、足跡の周囲だけが一瞬、時間ごと固まった。

風は吹いているのに、そこだけ砂が流れない。


「便利だな、それ」

「思ったより使える」


凍った足跡を辿る。

階段を上がり、途中で壁沿いへ逸れ、最後は石段ではなく、門に落ちる影の上へ乗っていた。


「……はは」


「なんだよ」

「やってることが完全に経験者だ」


夕方の低い日差しのせいで、城門の横には細長い影が落ちている。

普通のゲームならただの影だ。

でも《デューンブレイク・バスティオン》には有名なバグがあった。


特定時刻の城壁影だけ、内部的に“はしご判定”が残る。


つまり登れる。


「登るのか」

「登る」

「最近そればっか言ってねえか」

「最近それでだいたい合ってる」


俺は影の縁へ足をかける。

靴裏の感触が変わる。

砂じゃない。空っぽの見た目の下に、古い昇降判定が生きている。


「行ける」

「見えない奴には完全に変な動きなんだが」

「気にするな。見えてる側も変だと思ってる」


ユウトを先に上げるのは無理なので、俺が先行する。

途中で振り返ると、ユウトは盛大に嫌そうな顔をしながらも、俺の足場を真似てついてきた。

ノアは当然みたいに俺のすぐ後ろへ並ぶ。


城門上へ出た瞬間、視界中央に赤いウィンドウが開いた。


――――

Residual Access Confirmed

旧式資産デューンブレイク・バスティオンへの部分接続を開始します


残響イベントを検知しました

《砂海城門と蜃気楼の帰還隊》


概要:

砂嵐に紛れた帰還隊を識別し、正門を開放せよ


達成条件:

真正の帰還隊を識別する

城門を開き、隊列を通過させる


追加条件:

欠損資産《門番長の真鍮鍵》を取得せよ

偽隊列の侵入を許すな

――――


「やっぱり来たか」


警報代わりみたいに、門上の見張り鐘が一度だけ低く鳴る。

その音に応じるように、砂海の向こうに影が現れた。


一隊。

二隊。

三隊。


全部、帰還隊に見える。


背の高い荷獣。

砂除け布を張った荷車。

先頭で旗を掲げる騎乗者。

どれも同じくらいの距離で、同じくらいの速度で、こちらへ向かってくる。


「三つもいるのかよ」

ユウトがげんなりした声を出す。


「原作もそうだった」

「で、どれが本物だ」

「それを当てるゲームだ」

「最悪だな」


その時、ノアが目を細めた。


「真ん中じゃない」

「分かるのか?」

「うん。真ん中は音がない」

「……なるほど」


《デューンブレイク・バスティオン》の蜃気楼隊列には特徴がある。

偽物は映像だけ先に複製される。

足音も鈴も、後から環境音として重ねられる。


だから、見えてすぐに“鳴っている”隊列は逆に怪しい。

本物はロード遅延のせいで、姿より一拍遅れて音が来る。


ノアはその手前を聞いている。

鳴る前の気配を。


「左か右だな」

「二択?」

「まだ絞れる」


城門上の見張り台に、古い望遠鏡が残っていた。

レンズはひび割れ、台座は半分砂に埋もれている。

だがこれも覚えがある。


この望遠鏡、正しく使うとむしろ見誤る。


ひびの入った偏光レンズが蜃気楼補正を増幅してしまうからだ。

逆に、上下逆さに覗くと、本物だけ旗の影が遅れて見える。


俺は《観測主任の偏光ゴーグル》を額から下ろし、その上から望遠鏡を逆さに覗いた。


左の隊列。

砂煙の立ち方が綺麗すぎる。

後ろから前へ一定速度で消える。ビルボードの砂エフェクトだ。偽物。


右の隊列。

旗が揺れる。

一拍遅れて、その影が砂の上へ落ちる。


「右だ」

「早いな」

「知ってる壊れ方だからな」


言った直後、門楼の下から激しい金属音が響いた。


がり、がり、と、鍵穴を直接削るような音だ。


「次は何だ」

「鍵」


俺たちはすぐに見下ろした。


城門を操作する主機構、巨大な錠前の周囲に、黒い砂の塊みたいなものが群がっている。

やがてそれが一つにまとまり、甲虫みたいな異形になった。


真鍮色の殻。

六本脚。

頭部は錠前そのものを真似たみたいな歯車状。

腹の奥に、金色の何かが見える。


――――

ERROR ENEMY

《ブラス・イーター》

Lv:???

分類:門制御保全体/削除処理混成

――――


「追加条件の鍵、あいつが食ってるな」

「素直に渡せって顔してねえぞ」

「そういう時に素直だった試しがない」


ユウトがすぐに盾を構えた。


「正面止める。お前は?」

「腹だ」

「雑!」

「だいたい合ってる!」


《ブラス・イーター》が壁面を這うように登ってくる。

真正面から見ると、硬い。

だが《デューンブレイク・バスティオン》の甲虫系は、坂に乗ると腹部の当たり判定が浮く。


昔、城門前の階段でよく起きた。


「ユウト、階段側へ引け! 半歩ずつ!」

「分からんがやる!」


ユウトが盾で受け、下がる。

一段。

二段。

三段。


《ブラス・イーター》の前脚が斜面へかかった瞬間、腹の下に青い亀裂が走った。

そこだけ殻のコリジョンが消えている。


「そこだ!」


俺は欄干を蹴って飛び、短剣を真下から突き立てた。


硬い殻の感触はない。

代わりに、柔らかいノイズの核へ刃が沈む。


《ブラス・イーター》が軋む。

だが一撃では足りない。

後脚で城壁へ張りつき、無理やり体勢を立て直そうとする。


「ナギ、左!」

ノアの声。


反射で身体を捻る。

次の瞬間、甲虫の頭部から飛んだ歯車状の刃が頬をかすめた。


危ない。

でも見えた。


腹の奥、金色のもの。

あれが鍵だ。


「もう一回、階段へ!」


ユウトが盾でぶつける。

体格差はあるが、こいつの盾捌きは本当にいい。

無理に弾かず、重心だけずらす。

結果、《ブラス・イーター》はもう一段深く傾いた。


露出した腹の核へ、今度は横から短剣をねじ込む。


ひび割れた。

同時に、真鍮色の鍵が腹部から吐き出され、石段へ転がる。


俺は転がった鍵を掴み、そのまま後ろへ飛び退く。

次の瞬間、《ブラス・イーター》の身体が黒い砂へ崩れ、風に巻かれて散った。


――――

欠損資産《門番長の真鍮鍵》を取得しました

――――


「よし」


「いや、今の初心者装備でよくやったな」

「俺もそう思う」

「毎回それ言うな」


だが休んでいる暇はない。

右の帰還隊は確かに本物だが、距離はもう近い。

門を開けるにはこの鍵を主機構へ差し込み、昇降鎖を回す必要がある。


問題は、原作のこの門がまともに上がらないことだ。


両側のカウンターウェイトのうち、片方が最初から欠損している。

普通に巻き上げても、途中で自重に負けて落ちる。


当時の攻略法は一つしかなかった。

開ける瞬間だけフラグを通し、通った後に落ちる前提で使う。


今の俺には、それをもっと雑にできるスキルがある。


「ユウト、巻き上げ輪、行けるか」

「力仕事なら分かる」

「いい返事だ。途中で止まるな」

「お前も毎回無茶しか言わねえな」


主機構の鍵穴へ《門番長の真鍮鍵》を差し込む。


その瞬間、門楼全体が低く震えた。

視界に新しい表示が走る。


――――

Gate Authority Check

Authorized Returnee [NAGI] 仮認証

門制御を一時開放します

――――


「……は?」


思わず手が止まる。


ユウトも表示を見ていたらしく、顔が引きつった。


「おい、それ全然いい表示じゃなくないか」

「良くないな」

「軽いな!」


Authorized Returnee。

帰還者。


欠片じゃなく保持者を見る。

五つ目から門はそうなる。


まだ断定はできない。

でも、先客の警告とぴたり重なった。


「あとで考える。今は門だ」

「逃げたな」

「正しい言い方をすると保留だ」


鍵を捻る。

内部で重い歯車が噛み合う。

ユウトが巻き上げ輪へ体重をかける。


鎖が軋み、巨大な正門がゆっくり持ち上がった。

だが予想通り、途中で揺れる。

片側の重りが足りない。


「来るぞ」

「何が」

「落ちる」


門が持ち上がったのは、荷車一台分あるかないか。

このままでは隊列の先頭しか通れない。


しかも砂海の左と中央の蜃気楼隊が、こちらの開門を見て一斉に速度を上げた。

偽物だと分かっていても、門を開ければ侵入フラグを取りに来る。


「ナギ! 右の本物、まだ少し遠い!」

ノアが叫ぶ。

「左の方が速い!」


「分かってる!」


俺は門の鎖を見る。

今まさに逆回転し始めたカウンターウェイト。

これを止めればいい。


《凍結保存》を起動する。


青い粒子が鎖へ走る。

金属音が一瞬だけ引き延ばされ、落ちかけた門が空中で止まった。


完全停止じゃない。

でも十分だ。

“落ちる途中”がそのまま固定される。


「マジか」

ユウトが巻き上げ輪を握ったまま目を見開く。


「三秒……いや、もう少し持つ」

「じゃあ押し切る!」


右の帰還隊が門前へ飛び込む。

先頭の旗が、青い砂煙を引きながら閾値を越えた。


その瞬間、左の蜃気楼隊も追いつき、同じように門へ突っ込んでくる。

だが、違いははっきりしていた。


本物は門をくぐる。

偽物は門の影に触れた瞬間、輪郭から先に崩れる。


荷獣が砂へ。

荷車が文字化けした破片へ。

旗が黒いノイズへ変わり、風にほどけて消えていく。


中央の偽隊列も同じだった。

門の前で一度だけ本物そっくりの悲鳴を上げ、それから何も残さず消滅する。


「……嫌な見え方するな」

「神ゲーの裏側でやる演出じゃないな」


本物の帰還隊は三台。

先頭の騎乗者、荷獣、最後尾の幌車。

通過し終わった瞬間、俺は《凍結保存》を切った。


正門が落ちる。


轟音。

砂が跳ね、風が巻く。

閉じた門の向こうで、最後の偽隊列がちょうど潰れた。


しばらくして、門内側の静寂の中から、足音が近づいてきた。


入ってきた帰還隊の先頭。

顔を布で隠した騎乗者が、俺たちの前で止まる。

輪郭は少し古い。

でも、残響としてはかなり鮮明だ。


騎乗者は静かに胸へ手を当て、それからこちらへ小さな金属札を差し出してきた。

受け取ると、それはタグではなく、真鍮製の小さな門票だった。


帰還印、と刻まれている。


次の瞬間、騎乗者も荷獣も荷車も、夕暮れの砂へ溶けるように消えていった。


視界にクリア表示が開く。


――――

残響イベント《砂海城門と蜃気楼の帰還隊》クリア

追加条件達成:欠損資産《門番長の真鍮鍵》を取得

追加条件達成:偽隊列の侵入を防止


報酬を算出中……

――――


続けて、金色の表示。


――――

残響片《帰還印の門票》を獲得

派生スキル《通行認証》を獲得


《通行認証》

終了済み門、改札、検問、出入口に対し、

自身または指定対象1体を一時的に「到着済み/通行可」として認識させる

適用可否は対象システムの旧式認証仕様に依存する


メインクエスト更新

《零層保管庫》を調査せよ

回収済み残響:5/7

次の推奨接続先:無人港クレーン

――――


「五つ目、か」

俺は息を吐いた。


その時、門楼の内側にある管理室から、かすかな光が漏れた。


「まだ何かある」

ノアが言う。


俺は頷き、すぐに管理室へ向かう。

中は砂まみれだった。

机、記録棚、簡易寝台。

そして壁際の端末に、赤いエラー表示が残っている。


ただしこのままでは読めない。

ログが風化しかけている。

文字列が、砂みたいに少しずつ欠けていた。


「また消えるやつか」

「止める」


俺は端末へ手を置き、《凍結保存》を重ねる。

画面上の崩れかけた文字列が、その瞬間だけぴたりと止まった。


読み取る。


――――

Gate Cache Recovered


送信失敗ログ:


> 五つ目から、門は欠片じゃなく保持者を見る

> お前も「帰還者」に数えられる

> 七つ目で起きるのは、解放じゃない


送信者:Player [   ]

記録時刻:-00:21:05

――――


「……やっぱりか」


ユウトが、いつになく真面目な声を出した。


「帰還者って、さっきの表示のことだよな」

「ああ」

「で、“保持者を見る”ってのは」

「たぶん、欠片を持ってるプレイヤー側が認証対象になってる」

「つまり」

「俺たちは回収してるつもりで、向こうからも数えられてる」


嫌な沈黙が落ちる。


七つ目で起きるのは、解放じゃない。


そこまでは書かれている。

でも、その先がない。

送信失敗ログだからだろう。

肝心なところで切れている。


ノアが、端末の横に残った薄い手形へ触れた。


「この人、ここで止めようとした」

「六で、って話か」

「うん。でも、門が先に見つけた」


門が先に見つけた。

言い回しは曖昧だが、意味は十分重い。


先客は、俺たちより先にここまで来た。

そして五つ目で、自分が“帰還者”として数えられるのを知った。


だから六で止まれ、と残した。


ユウトが壁にもたれ、長く息を吐く。


「なあ、今ならまだ止められるんじゃないか」

「止められる」

「でも止めないんだろ」

「止めないな」


即答だった。


自分でも、もう少し迷うかと思っていた。

でも実際には逆で、ここまで来てはっきりしたことがある。


先客は止めようとした。

それでも止まりきれなかった。

なら、途中で足を止めても、たぶん一番まずい形で飲まれる。


「だったら、最後まで見た方がいい」

「嫌な結論だな」

「同意する」

「でも、お前そういう顔してる時はもう決めてるんだよな」


図星だった。


俺は管理室の外へ出る。

城門の向こう、さっき本物の帰還隊が通ってきた砂海の先に、別の景色が重なって見えていた。


海だ。


ただし、水はない。


乾ききった海底みたいな大地の上に、巨大なクレーン群だけが立っている。

荷を吊るための鉄骨が、月のない空へ無数の腕を伸ばしていた。


《無人港クレーン》。


次の接続先だろう。


ユウトが俺の隣へ来る。

ノアは少し後ろで、砂の上に残るわずかな光の線を見ていた。


「一応聞くけど」

ユウトが言う。

「この先も、またまともじゃないんだよな」

「むしろ、まともだったことがない」

「知ってた」


俺は手の中の《帰還印の門票》を握る。

金属札はまだ熱を持っていた。

熱いのは砂のせいだけじゃない。

認証されたばかりの何かが、指先に残っている感じだ。


五つ目で、門は保持者を見る。

その意味が本当にそのままなら、七つ目で選ばれるのは欠片じゃない。


たぶん、俺だ。


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