表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/22

#21 眠リノ庭デ

 病室の扉が静かに開き、綾女が足音を忍ばせて入ってきた。

 ベッドの脇に腰を下ろす斎に気づき、軽く息をついた。


「容態は安定してるわ。命に別状はないけど……疲労と出血、それに高熱。目を覚ますには少し時間がかかるかもしれない」


「……そう、ですか……」


 斎は凪の寝顔を見つめたまま、小さく答えた。

 その手は、今も凪の手を包むように握られている。


「もっと早く、助けられていれば……」


 苦しげに落ちる斎の声に、綾女はふっと微笑んだ。

 その目は、どこか優しくも鋭い。


「冥府令、ありがとう。あれがなければ、凪は今も……」


「……いえ。私には、あれくらいのことしか……できませんでした」


 斎の低い声に、綾女はかすかに首を横に振る。


「違うわ。あなただから、できたのよ。私じゃ、あの座敷牢から凪を救い出すことはできなかった」


 斎の指がわずかに震える。

 それでも、凪の手から離れようとはしなかった。


 綾女はふっと表情を緩めて、からかうように続けた。


「……で、ひひじじい、怒ってたでしょ?」


 唐突な一言に、斎が瞬きをする。


「……ええ。叫んでいましたね。『凪は須皇家のものだ』と、かなり取り乱していました」

「ふっ。……ざまあみろだわ。でも、あの人がこのまま引き下がるとは思えない。……覚悟は、しておいて」

「……もちろんです」


 斎は、静かに答えた。


 綾女はゆっくり立ち上がり、ベッドに目をやる。

 穏やかな眠りにある凪の表情を見て、小さく安堵の息をついた。


 斎がそう返したとき、ふと、ベッドの上の凪がわずかに眉を寄せた。


 呼吸のリズムが浅くなり、布団の下の手がかすかに動く。


 ――反応。


 斎は思わず身を乗り出し、凪の傍らに膝をついた。


「……凪さん?」


 小さく呼びかけると、まぶたの隙間がほんの少しだけ開いた。

 焦点の合わない瞳が、ぼんやりと揺れる。


「……っ……ん……」


 かすれた声が、喉の奥から漏れた。

 まるで熱の夢から浮かび上がるように、凪の唇がゆっくりと動く。


「……ここ……どこ……?」


「病院です。綾女さんが手配してくれました」


 病室の静寂の中、凪の唇が微かに動いた。


「……そっか……」


 微熱に浮かされたような声。そのあと、間を置いて――


「……ねぇ」


 斎はすぐに応じる。


「……はい」


 次に紡がれた言葉は、思いがけないものだった。


「……あの、黒いのは……あんた?」


 斎は、わずかに目を見張る。


――まさか。


「……冥府の力は抑えていたつもりなのですが……」


 そう言いかけた斎に、凪は静かに首を振る。


「……あんたの気配だけ……違うから」


 その声には確信があった。

 ぼんやりとした目でありながら、凪は確かに“視ていた”。


 斎は、胸の奥がふと揺れるのを感じた。


(――異質な気配だけではなく、俺の本来の姿まで見えるのか。これが……器の、共鳴)


 斎が黙ったまま凪を見つめていると、凪は――


 意識の縁にすがるように、まぶたを閉じかけながらぽつりと呟いた。


「……つきあわせてごめんな」


 そうして眠りに落ちていく凪の指先が、斎の袖をそっと掴んだままだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ