#20 彼ノ傍ニ在ル者
数分後、寺院の表参道に綾女のSUV車が滑り込んできた。
冥府令を受け取り次第、須皇本家に行く予定で近くの駐車場で待機していたのだ。
駆け降りてきた綾女は、凪の顔を見た瞬間、顔色を変える。
「なにこの状態……!あなた、どこで拾ってきたのよ!?」
「裏参道です。霊災対応で来ていたようです。血が……止まらなくて……」
綾女はすぐに車の扉を開け、斎から凪を受け取る。
「私の知り合いの病院が近い。そこに運ぶ。あなたは――」
「……私はここに残ります。迎えが来るはずですから。凪さんを、お願いします」
斎の声は低く、冷えていた。
綾女は一瞬だけ、真剣な眼差しを向ける。
「無茶はしないで。凪が目覚めたとき、隣にいてやって」
それだけ言い残して、綾女はドアを閉め、車は闇の中へと走り去った。
夜の風が吹く。灯籠の揺れる灯りだけが、静かに斎の姿を照らしていた。
⸻
しばらくして、黒塗りの高級車が寺院の前に到着した。
須皇家、本家の迎えである。
1人の黒服が降り立ち、周囲を確認するように目を細める。
斎は、静かに一歩前に出た。
「凪さんは、いませんよ。あなたたちには渡しません」
「誰だ、何を言っている。あれは須皇家のものだ。お前に口を挟まれる筋合いは――」
斎はゆっくりと、血の付いた手で車の窓を「ドン」と叩いた。
その掌の朱が、夜の硝子に静かに滲む。
「案内してもらえますか。直接、須皇家御当主様に申し上げたい」
黒服たちは言葉を失い、ただ車のドアを開けた。
斎はそのまま、ゆっくりと乗り込んでいく。
その目に、ためらいも、迷いもなかった。
※
しばらくして、重厚な門の前に一台の黒塗りの車が滑り込む。
ドアが開き、スーツの男が静かに降り立った。
――篠森 斎。
彼の“血”が袖口に残っている。
その痕は、彼が決して引かない意思の証。
門番が声をかけるよりも早く、斎が言葉を発した。
「閻魔大王の勅命を携え、須皇家筆頭・時継殿に拝謁に参上しました」
その声に、門番たちは慌てて目を見開き、道を開ける。
斎は迷うことなく、屋敷の奥へと足を進めた。
――そして、応接間。
「おう、ずいぶんと遅かったな。どうだ?そろそろ扉は顕現しそうか?」
須皇家当主 :須皇 時継。
凪の母、須皇 沙夜の兄である。
須皇家は男や女関係なく霊力の高い順に、当主となる事が慣例であるが、沙夜が故人であり、霊力は高いが凪がまだ未成年のため、現在は時継が当主として、須皇家のトップに君臨している。
「どうした? まだ、仕上がらんか?では、もっと働いてもらわねばな。次の出動の時期でも決めるか……」
背を向けたまま、豪奢な椅子にどっかりと腰を下ろす男
「……須皇 時継殿」
その声に、椅子がきしむ音が響く。
「誰だ、貴様……っ」
振り返った瞬間、時継の表情がこわばる。
「……冥府から派遣されました扉の管理者、斎と申します」
斎は、静かに一礼した。
「ああ、話は聞いている。冥府の力を近くに置けば、器の顕現も早まるかと期待したが――どうやら見込み違いだったようだな」
斎は時継の態度で、改めて心を決めた。
「須皇 凪の件で冥府から“冥府令”が発令されました。須皇 凪の身柄はこちらが預かります。あなたも陰陽師ならこの意味はわかりますね」
「冥府令だと? どういうことだ」
時継が立ち上がり、怒りをあらわにする。
だが、斎の目は冷たく、まるで一片の揺らぎもない。
静かに、だが確実に怒気をはらんだ声で言葉を継ぐ。
「彼を、消費するための道具としてしか見ないあなたに、これ以上――触れさせるわけにはいきません」
「……っ。器の醸成は須皇の役割だ。冥府が口出しすることではない!」
「――いいえ」
斎は、一歩、踏み出した。
「器は冥府と現世の均衡そのものです。扉を安定運用するには、人間である器の足りない適正を、冥府の力で補い初めて扉が開きます。今回の器は冥府としても待ちわびた存在です。それをあんなかたちでつけるのは見過ごせない。……あなた方が閉じ込め、消費しようとしたその命を、私は冥府の名において、預からせていただきます」
斎は懐から、冥府令を取り出す。
「こちらが、冥府より正式に発された令状です。閻魔大王の封印、お確かめください」
「……っ、ざけるなあああああっ!!」
怒鳴り声が屋敷に響き渡った。
「彼は、“器”である前に、まだ十七の少年です。あなた方に、その未来を喰い尽くす資格などない」
斎は微動だにせず、ただ一礼して背を向ける。
「なお、彼の容態が安定するまで、現世・冥府を問わず“出動”は一切認めません。以後のご連絡は、冥府庁裁管理部までお願いいたします」
そう言い残し、斎はその場を後にした。
残された時継は、冥府令を握りしめ、唇を噛みしめている。
「……ふさざけるな。あれは俺の物だ…」
「彼は"物"ではありませんよ。……冥府に、抗えると思わないことです。次に会う時は、“裁き”の場かもしれませんよ」」




