#19君ヲ抱キ止メル夜
※今週から月・水・金・土・日更新になります!
その夜、凪は式服姿でひとり寺院にいた。
熱と痛みに耐えながら、それでも職務を果たそうとする彼の姿に、斎の胸に宿る想いは揺さぶられる。
本来の任務、守るべき存在、自らの感情――
寄る辺ない夜、斎は“器”である凪を、その手で抱きとめる。
夜の寺院――
ひと気のない裏参道に、湿った空気が漂っていた。
現世へと繋がる“綻び”を抜け、斎は静かにその地に降り立つ。
足元の砂利がかすかに鳴る。夜風が黒装束の裾を揺らした。
装束がほどけ、斎は“篠森 斎”へと戻る。
ポケットから携帯端末を取り出し、綾女に連絡を入れる。
「私です。冥府令を持ち帰りました。明日――」
言葉の途中で、斎はぴたりと動きを止めた。
目の前、街灯の陰にひとりの影。
現代には不釣り合いな、真白い狩衣。
癖のある柔らかな髪が、風にそよいでいる。
この数日、頭から振り払おうとしていた姿――
けれど、忘れられなかったその面影が、そこにあった。
「……凪さん……?」
わずかな気配に振り返った凪が、静かに斎を見つめた。
駆け寄ろうとした斎の鼻を、鉄のような匂いがかすめる。
――血の匂い。
ちょうど通りかかった車のヘッドライトが、ふたりを一瞬だけ照らす。
白装束の右肩口に、赤い染みがにじんでいた。
「なぜ……ここに?」
斎の声が、揺れる。
「……事後確認ってやつ。この前、柚月が祓ったけど、報告書がまだだったから」
「……その服装は……」
「……ああ、そっか。斎はこれ、初めて見るんだったな。今日は政府のお偉いさんの接待しててさ。霊災対応が入って、そのまま祓ってきて、今は……お迎え待ち」
「……接待、ですか……」
「……“器”だからね。式服の方が、それっぽいんだってさ」
「そんなことまで……」
「……必要なんだよ。須皇にとって、“器”っていう存在そのものが」
その肩口から流れる赤は、明らかに広がっていた。
「凪さん……」
斎の声が震える。
だが凪は、それにも気づかぬようにふわりと笑った。
斎と視線が合った瞬間、凪の肩から力が抜けるのがわかった。
誰にも見せまいと張っていた糸が、ぷつりと切れたようだった。
「……あんた、ほんとタイミングいいな……あんたの顔見たら……なんか、だめだ……」
その場に、崩れるように倒れ込んだ。
斎は即座に駆け寄り、抱きとめる。
その腕の中、背に回した掌に――ぬるりとした感触。
斎が見下ろすと、凪の指先から鮮血が滴り始めていた。
携帯端末からは、状況が見えぬ綾女の声が響いている。
「綾女さん! 緊急事態です。すぐに来てください!」
斎はそう叫び、凪を強く抱きしめた。
彼の身体は熱く、息をするのも苦しげだった。
「……このタイミングで、あんたが来たのは、監視……してた?」
「――なぜ、あなたがここまでしなければならないんですか」
「……これが俺の、存在価値だから」
その言葉が、斎の胸に深く刺さる。
もし――間に合わなかったら。
考えただけで、全身の血が凍る。
「……大丈夫です。凪さん、大丈夫……」
斎の腕の中で、凪の身体はあまりに軽く、熱を帯びて危うかった。
ぬるりと掌を濡らした血が、斎の胸の奥を静かに焼く。
それでも、斎は震える声で、凪に語りかける。
「もう……これ以上、あなたに無理はさせません。必ず、守りますから」
それは、自分自身への戒めであり、未来への誓いでもあった。
ようやく、凪は助けを求めることができたのかもしれません。
そして斎もまた、「守る」ことを職務ではなく“意志”として選びました。
次話以降、須皇家との対峙や、冥府の視察者・蓮の登場によって、二人の立場はますます揺らいでいきます。
けれど、それでもなお、彼らは――共に在ろうとするのでしょう。




