#11異変ノ始まり
※毎日12時に更新しています!
須皇学苑に揺らぎが生じる。
学苑を包む結界に、わずかな歪みが現れたとき、綾女はそれを“警告”と受け取った。
一方で、斎は凪に対し「守り手」としての距離を縮めようとするが、不器用な言動がすれ違いを生む。
少しずつ、世界は軋み始める──これは、ただの異変ではない。
第二章、開幕です。
朝の光が校舎に差し込む頃、須皇学苑を包む結界が、わずかに揺らいだ。
その異変に気づいた者は、ただひとり。
保健室の窓辺に立つ綾女は、眼鏡越しに空を見つめながら、眉をわずかにひそめた。
(また……わずかに“歪んだ”。)
須皇学苑は、もともと須皇家に連なる子女の育成と守護を目的として創設された、私立の学び舎だ。
霊的資質を持つ者が多く在籍するため、学苑全体には強固な結界が張られており、異界の干渉を遮断している。
現在は一般生徒の受け入れも進み、空良のように外部出身の生徒も多く通っているが、凪や柚月のような須皇にかかわる血筋も依然として核にある。
そして今、その結界は、“器”である凪の存在を中心に再構築されていた。
彼を安定させ、保護するための守りの陣──そのはずだった。
だが、何かが乱れている。わずかに、だが確実に。
(……冥府の霊格が結界に干渉しているのかしら)
綾女は静かに眼鏡を外し、机に置いた。
「これは──放ってはおけないわね」
*
昼休み。
斎は教室の外、廊下の片隅から凪の姿をじっと見つめていた。
(何かが──近づいている)
斎の眼差しは、決して凪そのものではなく、凪の周囲に揺らぐ“異質な何か”を捉えていた。
それが霊災の兆しなのか、それとも……別のものかは、まだ定かではない。
「さっきからずっと見てるけど……気になるの?」
不意に背後からかけられた声に、斎は小さく肩を震わせた。
振り返ると、そこには綾女がいた。
腕を組み、じっと斎を見つめている。
「……ええ。気配が少しおかしいので、念のために」
「“念のため”で四六時中見張られたら、誰でも気にするわ」
斎は言葉を選びながら口を開く。
「任務です。万一のことがあれば、即座に対応を──」
「……その“任務”って、どこまでを想定してるの?」
綾女の問いに、斎は言葉を詰まらせた。
それは、自分自身にも明確な答えがない問いだった。
与えられた役目は“器”を護ること。それだけだ。
だが、この“護る”という感覚に、曖昧な感情が混ざり始めていることを、斎自身はまだ自覚していなかった。
「何にせよ、あの子は今、ぎりぎりで保ってる。……あなたの過干渉が、崩す引き金にならなければいいけど」
*
放課後。
凪はひとり、学苑裏手の竹林の近くへ足を運んでいた。
報告されていた霊災の痕跡──その確認と結界補修のための巡回。
本来は分家の陰陽師の管轄だが、凪が出ることになったのは、須皇本家からの出動命令が出たからだった。
足元がわずかにふらつく。
思考の奥がじんわりと熱を帯び、呼吸も浅い。
(……まだ、動ける)
週末、綾女の計らいで一時休養はできた。
だが積み重なった疲労は、そう簡単には回復しない。
それでも任務を放棄するという選択肢は、凪には存在しなかった。
「凪様」
背後からかけられた低い声に、凪はわずかに足を止めた。
振り返ることなく、短く答える。
「……何か?」
「……まだ、体調が万全ではないはずです」
「問題ありません」
感情のこもらない返答。
その表情に浮かぶのは、淡い微熱と仮面の笑顔。
斎は何かを言いかけたが、それを飲み込んだ。
*
「本家の迎えが来るまで少し横になっていなさいね」
霊査が終わり、1日1回は保健室に来ることという綾女との約束を守るため、保健室に来た凪はそのままベッドに入れられた。
綾女は凪から取り上げた体温計を見ながら、そう呟いた。
微熱。倦怠。無理を押しての出動。
凪はそれを「いつも通り」と言うが、いつまでその“いつも”が続くのか──
カーテンの向こうに立つ斎の気配を感じながら、綾女は言葉を重ねる。
「篠森先生。あの子を“器”としか見ないのなら……あなたは、あの子を壊すわ」
斎は、その言葉に即答することができなかった。
任務か、在り方か──揺らぎは、すでに始まっていた。
ご覧いただきありがとうございました。
斎と凪、そして綾女。それぞれの立場と想いが、わずかに食い違い始める第十一話でした。
「守ること」とは何か──。
そして、「守られる側」は、果たして何を望んでいるのか。
次回、第十二話では、さらにそのすれ違いが表面化します。どうぞお楽しみに。




