第994話 彼女は「公爵」に思いをはせる
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第994話 彼女は「公爵」に思いをはせる
「随分といそがしそうじゃないか」
「不調法で申し訳ありません」
「ははは、いや、嫌味じゃないよ。悪いようには受け止めないでくれるかい?」
領都ブレリアの開発はいまだ整地されたのみ。建物と言えるのは、元からある古い城塞を補修した領城だけであり、未だ入り口程度でしかない。
「領都に人を入れるのはいつぐらいの予定なんだね」
「……三年後くらいでしょうか」
「はぁ、まあ急いでも仕方がないとはいえ、年寄りは先が短いからね。他で仕事をすることはないだろうが、いざ頼もうと思った時に亡くなっていることもあり得そうだね」
祖母は、一先ず、騎士団の補佐役になりえる老騎士と、領都の取りまとめ役となりそうである引退したギルド職員を何人か、それと……
「礼拝堂なり、教会なり建てるんだろうね」
礼拝堂は、住民が祈りをささげる場所であり巡回司祭などが訪れる住民主体の場所であり、例えば貴族の館なのならばその貴族と仕える者たちの専用の場所が設けられたりする。教会は、教皇庁の最末端組織であり、リリアル領なら小教区教会が設けられ、リリアル領担当の司教に近い上位の司祭が配されると予想される。
「村と街には礼拝堂、領都には教会堂、それも司祭とその助祭・侍祭らが住める司祭館も必要になるだろうね」
「では、まずはそこから始めようと思います」
「そうだね、そうするといい」
教区司祭は彼女が定めるのではなく、伯爵領になった時点で派遣されることだろう。つまり、今の誰もいない場所でも教皇庁なり、王都大聖堂の大司教が派遣することになる。
大して住民もいない新領地ではあるが、王都に近く伯爵領の司祭には司教に準ずるあるいは、間近の者が任ぜられるだろうと祖母は推測する。
「権力に縁遠く、少々変わり者の年寄りが厄介払いで寄こされるかもしれないね」
「……そうなのですね」
「左遷というほどでは無いが、煙たい存在を押し付けるのにちょうどいいだろ?けど、勘違いしちゃいけないよ。大司教が煙たがるということは、領地にとって悪いことじゃないんだからね」
大司教が避けるような人材がリリアル領に居れば、余計なしがらみを避けることができるということでもある。そもそも、彼女は『公爵』となるのだ。それに加え、聖王同盟艦隊勝利の立役者の一人でもあり、教皇庁の覚えもめでたい。王家と王国教会との関係を考えても、余りにおかしな聖職者を送り込むとは思えないのだ。
「一番いいのは、修道士上がりの司祭だね」
修道士は祈りと労働を組み合わせた存在であり、例えば、異教徒との戦いを祈りと組み合わせると聖騎士・修道騎士という存在になる。それが、農業・牧畜・酒造・絵画・彫刻・建築・書写・音楽・数学といった専門的な研究者・技術者として立つ存在も少なくない。
王都の法院が寄って立つ「大学」も、元をただせば神学校であり、そこに所属する人間は聖職者・修道者なのである。それを抜け道に、各国に入り込ませる諜報組織が海の向こうの国にあるというが、元はと言えばそれを抱えているのは教会であり教皇庁なのである。
「農業に詳しい方が嬉しいのですが」
「王太子殿下にでもお願いすればいい」
彼女は一瞬躊躇したのだが、「領地を賜り、報償の一部としてお願いするくらい問題ないだろ」と言われ、彼女は一先ず王太子に手紙を書くことにするのである。
農業に詳しい修道士を司祭にしてもらうという腹案が一つ成り立ったのだが、彼女が気になるのは『御老公家宰』が、今現在どうなっているのかということである。
祖母に丸投げし、一年ほど王都を開けていたわけだが、それがどのような結果をもたらしたのか、実際自分の目で見て確かめたいというのが正直なところ。
『御老公』主従には、今後「公爵家の家宰」として振るわってもらうことになる。元々が先の王家血を引く『公子』であったのだから、恐れるようなことは何もないのだが、五百年前と今とでは作法が大いに異なっている。
なので、しばらくは祖母と、祖母の伝手で『リリアルの家宰になる人物』という触れ込みで、様々な貴族家で行儀見習い的な指導を受けてきたのである。
一年余りの遠征期間は、そういう意味でよい研修期間となったと言える。
なにより、誰もいない学院や領都で時間を過ごさせずに済んだのだからケガの功名とでもいえばいいのだろうか。
その仕上がり具合を実際に見て確認したいのである。
「ご無沙汰しておりますリリアル閣下」
「あなたも元気そうで何よりです『ルネ』」
『御老公』こと『ルネ』。その外見は若く青年と言ってよいだろう。そして、その背後で黙って首を垂れるのが、ルネの執事である『マジョルド』。
「マジョルド、お二人のお茶の用意を」
「畏まりました大奥様」
御老公主従は祖母の家に暫く厄介になっていたこともあり、いわゆる勝手知ったる他人の家。執事はてきぱきと湯を沸かし、やがてお茶を三人に用意する。
祖母は、老執事の所作を目で追い確認している。最後に出されたお茶に口をつけると、黙って頷いた。
「マジョルド、良い味です」
「おほめに預かりまして後衛でございます大奥様」
祖母は珍しく微笑んでいる。年寄りは年寄りに優しいのだろうか。
「伯爵への陞爵と公爵の叙爵はもうすぐだろう?」
新王太子宮のお披露目と彼女達への叙任叙爵は同じタイミングでなされる。おそらく二月ほど先になるだろう。その予定で王太子宮は慌ただしく動いている。
彼女がその旨、祖母に伝えると「では一月後に、二人をリリアル学院へ向かわせるように仕上げるとするさね」と祖母は答える。
「伯爵領の受領と公爵位に見合う典礼の準備。一月あれば形にできるだろう、ルネ」
「そうですね。できるかと思います」
「ふふ、あんたたちの仕事振り、みさせてもらうよ」
『御老公』主従は、祖母に恭しく頭を下げる。
『これじゃ、誰の家宰かわからねぇな、おい』
確かにと思いつつも、この国の国王陛下ですら彼女の祖母には頭が上がらないのだからそれも仕方がないことかと彼女は思うのである。
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『公爵』に相応しい居館をどうするかという問題がある。今迄の社交はほぼ男爵並みでよかったのだ。領地もなく、王妃様に譲っていただいた元離宮だけであったから、来客もなにも大してなかったのである。
これが、『公爵』となれば、その格に合った城館や備品も揃えねばならない。とはいえ、伝手はある。海都国には貸しがあり、魔導船の貸与の件でも彼女の要望は出来る限り答えてくれることが想定される。
『言えば只でくれるんじゃねぇか?』
『魔剣』の言は否定できない。海都国はキュプロス救援含め彼女には多大な借りがある。「救国の恩人であるリリアル卿に対して、公爵の叙爵祝いに、我が国から!!」と、王家が欲しがるような国賓扱いの家財道具一式がリリアルの紋章入りで贈られてくる可能性がある。
いや、言えばたぶん贈られるだろう。
『今なら、貰えるもんは貰っておけ。他にやることあるんだからよ』
「それも……そうね」
それだけではない、ニース辺境伯家やレーヌ公家からも『叙爵祝』が贈られてくると想定されるのだ。買わずに済むんじゃね?
だがしかし、ただより怖いものはないともいう。悩むところなのである。
居館をどうするかという問題に対し、祖母はあっさりと答えを出す。
「今の学院は、元は王家の離宮だろ? なら、建物の格は公爵家の城館に十分さね。あとは、今住んでいる子たちを別棟の新館に移して、離宮は公爵の住居と来客の宿泊施設にすればいい」
元は男爵の城館としては立派過ぎることもあり学院としてリリアルに集めた元孤児の魔術師を育てる場としたのである。城館自体を本来の高位貴族の館に戻し、そこで働く使用人も公爵に相応しい格式の人物を雇えばいい。
その辺り、『御老公主従』に頼んで、選んでもらおうかと思う。実際は、隠居したベテランに中等孤児院卒の新人を育てさせ、離宮城館で育った子たちをさらに領都城館で働かせればよいだろう。
希望があれば、領都での領営宿や食事処で働いてもらっても良い。一度、公爵邸で働く経験をしておけば、貴族やその従者との応対も問題なくできるだろう。
「では、リリアル騎士団用の居館を増築します」
「王都城塞に似た住居と防御施設を兼ねたものでもいいだろう」
兎飼育塔は既に兎に占拠されている。いや、そのままというのもどうであろうか。
『人造岩石で外壁を分厚く作って、昔の城塞みたいに、壁の内側に木造の居住用の建物を建てればいいだろ? あれだ、デンヌにあった暗殺者養成所に流用された古い城塞都市跡を今風にすればいいだろ』
それを言うならば、領都ブレリアの城塞もそんな作りになっている。全部を人造岩石にするのは、住み心地が良くない。老土夫たちは「故郷に帰ったようだ」と言っていたのだが、土夫と人間は感覚が違う。雨の日などは、岩の内側が結露するのも宜しくない。
「それと、公爵に見合った格の箱馬車が必要になるね」
「……」
過去、リリアルで魔装馬車を王家に献上したことはある。が、それはあくまでも躯体を提供しただけであり、内外装は王家お抱えの職人たちが仕上げ王家に相応しい装飾が施されている。
あるいは、御忍び用の地味馬車もあるが、それは王家と知らしめないための偽装。公爵には公爵が乗るにふさわしい……相応に派手な馬車が必要なのだ。
「手配しようかね?」
「お願いします」
「なら、職人をリリアルに向かわせるから、相談して決めな」
この辺り、『家宰』がいれば家宰が住ませてくれるのだろう。早く来て!!家宰エモン!!
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一先ず、リリアル学院へと戻り、彼女は海都国の「バス爺」あてに……ではなく、苦労人であろう『工廠総監』に手紙を送り相談することとした。良いものは王国製よりも海都国の工房製の物がいまだに多い。王家の日常使いなどは国策として工芸職人を育てていることから使われているが、彼女の場合、庶民が使う食器で事足りている。
欲しいのは、来賓を饗するために用いる『栄える』食器類などなのだ。何から何まで揃えればよいのかもわからない。これは、所詮子爵家の次女でしかないのだから、公爵家で何がどの程度必要なのか想像もつかない。
晩餐って何人ぐらい同時に供応するようになっているのか。爵位が上がればより多人数となる。それに、高位貴族や君主に仕える従属貴族である子爵男爵とは格別の差がある。
「ニース辺境伯家は公爵並だけれど、公爵としての供応はしないから、何とも意見しずらいわ」
ニース辺境伯一族である伯姪も、公爵の供応は想像できないという。ニース辺境伯家の場合、高位貴族より高位聖職者との関りが多く、その場合、さほど供応の内容もこだわらなくて良いのだとか。
「精々、良いワインを出すくらいね」
「……それも必要なのね……」
供応するのによい酒は必須。自前で、良い醸造家を抱えることも高位貴族の誇るべきところ。自前のワイン用葡萄畑も当然用意してある。そんなもの、にわか公爵に今から用意できるわけもない。
「お酒に関しては、ニース商会経由で手配してもらえばいいんじゃない?」
蒸留酒づくりにそれなりに協力しているのであるから、それも良いだろう。
ブルグント公にジジマッチョから、あるいはボルドゥの良いワインをカトリナ経由でギュイエ公の伝手で取り寄せるかする必要があるのではないか。
『ブルグントもギュイエも叙爵祝いにくれるんじゃねぇか?』
一瞬納得しかけるが、なんでも貰い物を宛にするのは宜しくない。
「公爵の体面を維持するのも大変だわ」
「本当にね」
公爵と言われて、自分のことだと当面、いや一生思えないのではないかと感じる。
とはいえ、自分の領地を治めている間は『ご領主様』で通じるであろうし、年に何度か王都に召集された際は、「閣下」と呼ばれることが大半であり、『公爵閣下』よりも『リリアル閣下』と呼ばれるのでおそらく問題ないだろう。そもそも公爵とはいえ、名目上のもの。
その昔、王の直臣で大権を王から一時的に委ねられればその時に「公爵」を賜ることになったものも少なくない。
領地無の騎士であっても、王の累代の直臣の中で功績を上げ王の権力の一部を預かれば「公爵」を賜ることは珍しくなかった。
『法衣だしな』
「そうね。そういう場での席次が王族に近くなるというだけの話よね」
例えば戴冠式、あるいは公的な式典の場において、領地持ちの公爵の次に法衣公爵、法衣の侯爵(海軍提督)と続き、その次に領地持ちの伯爵となる。
領地のある侯爵は現在王国にはおらず、ニース辺境伯は領地持ち公爵の末席が定位置となる。その次が法衣の公爵なので、彼女とニース辺境伯の関は隣りあわせとなる可能性が高い。王太子領から分かれ設立されるノーブル伯領は領地持ち伯爵の末席。少なくとも、シャンパー伯はその上にいるので、親族に両脇を固められることはないのである。
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