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かなり期間が空いてしまいました。申し訳ない。

 そこは砦へ続く獣道。現在は広場で休憩をとっているが、大勢の冒険者や騎士団がぞろぞろと、森の中を行進していた。

 先日のような不意打ちは、エルフが言うにはもうあり得ないらしい。

 エルフは森の民。森の敵たる亜族が歩いていれば、すぐに木々が知らせてくれるのだという。

 亜族もそれが分かっているから、不意打ちの可能性は考えなくていいのだとか。


 そんな中、今回の作戦を伝える為にエルフが一名我々冒険者の元へやってきた。

 冒険者は全員正面から攻め込み、エルフは隊を二つに分けて左右から攻撃を行う。

 その際、冒険者たち正面の一隊は敵の数やトロルの比率など見て、後退しても構わない。

 今回の作戦で重要なことは二つ。

 一つは、正面から数を見せつけること。目的は砦内部の敵を減らし、かつ分断する為。

 二つ目は、


「二つ目は、命を無駄遣いしないこと」


 伝令の為にやってきたエルフのその言葉を聞いて、私は目を見開き仰天した。

 騎士団に勤めていた時は、そんなことを言われたことはなかったから。

 自分が敵を倒さなければ自分の後ろにいる誰かが殺される。

 そうならないように、目の前にいる敵の息の根を、何が何でも止めろ。

 これが、私がかつて所属していた騎士団の隊長の口癖だった。

 そして何より、


「意外だな。エルフがそんなことを言うのか?」


 思わずそんなことを口走る私に、伝令のエルフは首を傾げる。

 若い青年だった。次の集団に伝えに行こうとする彼を引き留めてしまう。


「何が意外だったのでしょう」


「エルフと人間の仲が良くない事くらい、冒険者である私だって知っている。当然だ、人間は森を消費しながら生きているし、何よりいまだにエルフを奴隷として扱っている輩までいるのだから」


「……確かに我々はあなた達人間のことを好ましく思ってはいません」


 しかし、と彼は言葉を続ける。


「今は目の前に亜族がいるのです。奴らは話の通じない存在です。森を焼き、自分達以外のあらゆる生物を殺します。私の兄も、奴らの手にかかって命を落としました」


 淡々と語る青年の顔を、私はただ黙って見つめていた。


「だから、あなた達との問題はその後です。今は手を取り合わねば、お互いが滅びてしまう。そうでしょう?」


「……ああ、確かにそうだな。すまない、時間を取らせてしまって」


「いえ。では、手筈通りに」


「あ、それと!」


 咄嗟に青年を呼び止める。

 くるりと振り返ると、彼は「まだ何か?」と無表情のまま尋ねた。


「昨晩、同じテントだった少女が君達エルフに呼び出されて、まだ帰ってきていないんだ。知らないか?」


「ああ……彼女なら我々エルフと行動を共にしています。心配する必要はありません」


「そ、そうか。ならいいんだ」


「では、今度こそこれで失礼します」


 去っていくエルフの青年を見送って、近くの切り株に腰を下ろす。

 昨日の夜、結局リアは帰って来なかった。


 まさかエルフに監禁されてしまったのだろうか。リアは可愛いからな、ありえない話ではない。エルフは美しい容姿をしていながら、同時に美しいものを好む。そんな彼らにとってリアは喉から手が出るほど欲しい存在に違いない。ああどうしよう、今すぐにでも私が颯爽とエルフのテントに駆け込み、まるで物語の王子様のように救い出してやろうか。きっと彼女は縄でぐるぐる巻きにされて拘束されてしまっていることだろう。ああ助けてノルン私の王子様と呟きながらリアが夜空を見上げた瞬間に月の輝きを背にした私の姿が映って。


 昨晩はそんなことを考えていたら、いつの間にか眠っていた。

 しかし、どうやら彼女は無事らしい。なぜエルフと同行しているかは分からないが、先の青年エルフの言葉に偽りはないと信じたい。


 暫くすると、再出発の号令がかかった。

 出発地点から既に、距離は半分を切っている。

 亜族の砦まで、もう目と鼻の先だ。




――――――――――――――――




 時は昨日の夜に遡る。

 エルフのテントへと連れてこられた俺は一人の少女と対面した。

 銀髪が眩しい中学生くらいの女の子で、彼女は俺を見るなり柔らかく微笑んだ。

 俺はというと、周囲を鋭い目をしたエルフの男たちに囲まれている為、心穏やかではない。


「あなたがリアさんですね。母から話は聞いています」


「記憶が正しければ、君のお母さんと面識はないと思うんだけど」


「ええ。ですが母はあなたのことを知っていますよ。女神の手を持つ者。異界からの来訪者、と」


 やっぱり大袈裟な言い方だ。

 となると、俺を呼ぶように言ったのは彼女で間違いない。

 しかし、と一つ疑問が浮かぶ。


「名前が分かっているなら、何故名指しで伝えなかったんだ? あんな遠回しな言い方で、とてもじゃないが俺が来るような確証はなかった筈だ」


「それは私には答えられません。全て森の母たるエルフの女王の指示ですので。きっと母には、それだけであなたに伝わることが分かっていたのでしょう」


 かなりファンタジーな返答をされた。

 まあ、世界観に準ずる答ではある。


「はあ……それで、今度はなんで俺をここへ呼んだんだ?」


「あなたには明日、我々エルフの精鋭と共に行動して頂きます」


「というと?」


「砦の背後に回り、あなたの力で呪いの霧を取り除く。その後、正面三方向からの攻撃が始まるのと同時に、砦へ侵入し、地下に潜むとある生物を破壊して貰います」


「生物?」


 エルフの王女様はこくりと頷く。


「おぞましい呪われた魔物です。かつて我々エルフや人間の祖先と争った、邪神の眷属だといわれています。それが生きている限り、この森に平穏は訪れません」


 何だかどんどんイメージが膨らみ過ぎて、話についていけない。

 風船が間近で膨張して、全体像が見えなくなっているような感覚だ。


「露払いは我々が行います。あなたにしか頼めない仕事なのです。勿論、報酬は用意しましょう。受けてくれますか?」


 まあ、断る理由はない。

 そう返すと、少女は子供らしい笑顔を浮かべ、こういった。


「ありがとうございます!」




――――――――――――――――




 キャンプ地を出発しておよそ二時間。

 ようやく辿り着いた亜族の砦は、紫色の濃霧によって覆われていました。

 それはまるで雷雲のように稲妻を漂わせ、ばちばちと絶えず甲高い音を響かせています。

 我々人間は正面からそれを観察します。


「初めてこの目で見たが、なんだこの濃縮された呪術は……? 一体どんな魔法使いが亜族についている?」


 援軍としてやってきた神聖教会魔法師団の小隊長、リーナインが私の隣でそう慄くように言いました。

 私も今まで報告で聞いたことしかなかった為、目の前に聳える暗雲に頭が冷えあがるのを感じます。


「わかりません。ですが、エルフはこれを解除する手段があると……」


「あのような大口を叩いておいてやはり無理だった、では通らないぞ。半分はキャンプ地に残ったのだ、こちらに助勢の余裕はない」


 亜族たちが霧の外へ自ら迎え撃とうとしてくれれば、問題なく相手にすることができるでしょう。

 しかし、わざわざそんな事をするメリットが、向こうにはありません。

 壁の奥に隠れていればこちらからは何の手出しも出来ないのですから、殺されるためだけに外へ出ようとする戦闘狂は、流石の亜族にもいない筈。

 この呪術を施した魔法使いが指揮をとっているのなら、少なくともそのような悪手は冒さないでしょう。


 リーナインが懐中時計を制服のポケットから取り出し、時間を確認します。


「予定ではあと二十分としない内に……」



 その時でした。

 突然、霧の向こうから無数の矢が降って来たのです。

 私は咄嗟に剣を抜き、矢をいなします。リーナインも同様の動作をとっていました。


「すぐに木陰に隠れなさいッ!!」


 私が叫ぶと同時に、全員が森の方へ引き返し始めました。

 その際、倒れていた冒険者の数を見る限り、大体四十人以上が力なく地面の上に倒れ、絶命していました。

 そんな中、まだ息のある者を、動いている冒険者や騎士を発見してしまいます。

 一人見つけたら二人目も、三人、まだいます。


「た、助けて……」


 私が足を止めていると、直後に第二射が放たれました。

 波のように押し寄せる矢の群れが、私の頭を燃えるように熱くさせます。

 全員を守るなんて無理に決まっています。なら、せめて一人だけでもと。

 瞬間、迫りくる矢が、まるで見えない壁に阻まれたかのように、その全てが頭上で弾かれました。


 一人だけ、騎士のようで冒険者のようでもある出で立ちの、茜色の髪をなびかせる少女が、屍の中央に右腕を挙げて立っていました。


「手の空いている者はまだ生きている物を運べ! 矢は私が防ぐ!!」


 そう言い放つと、つぎに飛来する矢群も見えない壁によって防ぎます。

 彼女の声に、隠れていた騎士たちが駆け足で森から現れました。冒険者もそれに続きます。

 私とリーナインも負傷者を探し、肩に背負って森の方へと運びます。


「な!? まずい、逃げろ!!」


 次に霧の中から飛び出したのは、矢ではなく巨大な岩石でした。

 大きさはおよそ馬車一つ分。空気を押し退ける音が、びりびりと肌を通して伝わってきます。


 岩石の落下点に立っているのは私でした。

 回避することは簡単です。しかし、その為には助け出した冒険者の男性を見捨てなければなりません。

 けれど、このままでは私まで命を落としてしまう。

 死んでしまっては、家族の無念を晴らせない。

 私は――。




――――――――――――――――




 ヘリコプターほどある大鷲に乗って、森を迂回すること一時間。

 地上に降り立ち、その惨状を見て俺は絶句した。


 砦より向こうの木々は死にかけていた。

 鳥や猪、鹿や虫の死骸がそこら中に横たわっており、まるでゴミ捨て場みたいに腐乱し、コバエがたかっている。

 それもこれも、多分この目の前に聳える亜族の拠点が原因なのだろう。

 護衛としてついてきてくれた若いエルフの青年は、そんな森の惨状を見て悔しそうな表情を浮かべる。

 俺はゆっくり、霧へと歩み寄る。

 寸でのところで立ち止まり、両目を瞑る。

 不安はぬぐい切れていない。疑問もある。

 でも、昨日の夜、あのエルフの王女様はできると言い切った。

 やって駄目ならその時はその時だ。

 思い切って両手を霧の中に突っ込む。


 直後、指先から頭の先、足のつま先まで全てを何かが満たした。

 声にならない悲鳴を上げる。

 亜族の死体処理の時とも、ドールの首輪の呪術を解いた時とも比べものにならない程の感覚が駆け巡る。


『あなたの力はとても強い。呪いの力を自分の力に変えてしまう、非常に強力な能力です』


 全身に走った切り傷へ芋虫が入り込み、立った鳥肌から無数のウジ虫が噴き出してくるような、形容し難い強烈な悪寒。

 皮膚の上を何百匹もの毛虫が這い、その裏でヒルが傷口を貪るように駆け回る。


『しかし、その力はあなたの心を欲します。多用すれば精神が摩耗し、いずれあなたは自分のことすら分からなくなってしまう……』


 視界がチカチカと明滅し、俺はその場で膝をついた。

 まだ震えが止まらない。何もかもが怖くて、目を開くことすらできない。


『それを分かっていながら、あなたに力を使うことを求めてしまう、我々を許してください、リア……』


 俺がやらないと、誰かが犠牲になる。

 この世界にも、守りたいと思える者はもういる。

 ドールには平和に暮らしてほしい。リーナちゃんは、もう危険な目に遭わせたくない。エミリーさんには、気ままな生活を送っていてほしい。

 俺を助けてくれた人、俺のせいで不幸になってしまった人を、俺は守りたい。

 なら、俺がやるしかないんだ。


「大丈夫か……?」


 エルフの青年が尋ねてくる。

 俺はすぐに頷いた。


「ええ。行きましょう、霧は晴れました」




――――――――――――――――




 防御系統の魔法は得意中の得意だった。

 勿論、生まれつき身に着いていた技術ではない。

 守るという騎士の特性上、必要であると自分で判断し、騎士として働く以前から積んできた長い鍛錬の賜物だ。

 しかし、その苦労が認められなかったことが原因で、結局騎士という立場を捨てることになった。

 後悔はしていない。人を守ることに変わりはない。

 今もこうして、私は人を、


(守れる!!)


 眼前の岩石が、綺麗に真っ二つに割れた。

 壁の形を変えればこういう事も出来るのか。

 一つ勉強になった。


 そして、私が防御壁を解除した直後。

 先程まで渦巻いていた霧が突如消滅し、砦の姿が露わになった。

 それはまるで一つの城だった。

 高い城壁と周囲には堀が敷かれており、壁を越えた所には背の高い塔が天に伸びていた。

 城壁の上には弓を構えるオークや、トロルが支える巨大な投石器が見える。

 

 突然砦を守る障壁が消え、亜族たちが動揺している間にそれは一斉に放たれた。


「撃てえ!!」


 声の主は、私の背後に立っていた神聖教会の制服を着た少女だった。

 髪の色は金。眼は碧と、中々の美少女で、私の守備範囲で軽々と捉えられる容姿をしていた。

 そんな彼女の号令と共に、立ち上がった神聖教会と冒険者の魔法使いが一斉に魔法を放つ。

 火球や稲妻であったりといった様々な属性の魔法が城壁に直撃し、穴を空ける。

 そこから溢れだしてくるオークとゴブリンの大群を見て、私は剣を構える。


「魔法で城壁の上にいる弓兵と投石器を狙って下さい! それ以外の歩兵は――」


「戦え!!」


 そしてようやく、私たちと亜族の戦いは始まった。



2016/03/17 リアの護衛としてついてきたエルフを一人にしました。

2016/03/26 リアの移動方法を大鷲によるものに説明をいれました。後付けごめんなさい。

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