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 斬る、斬る、斬る。

 オークを、ゴブリンを、トロルでさえ私はひたすら斬り捨てる。

 私の斬撃を受けた亜族は驚愕の表情を浮かべながら地に伏せる。

 鎧も盾もすり抜け、肉体だけが破壊されるなど、彼らは想像もしなかっただろう。


 状況は劣勢だったが、エルフ達による襲撃が即座に始まった為、亜族側に混乱が生まれ始めていた。

 ただでさえ絶対の防壁であった呪いの霧が打ち破られてしまったのだ。

 おまけに別方向からの攻撃が始まったとあれば狼狽えもする。


 断続的な魔法による砲撃が砦を直接破壊し、私たちは更に前進していく。

 頭上に迫るトロルの大斧を躱し、その喉元目掛けて剣を突き刺す。

 群がるオークやゴブリンの首を跳ね、直立した死体を蹴り飛ばしながら走る。

 敵の撤退など待たない。視界に映る敵は倒す。

 それが、私が今は亡き家族に出来る唯一の手向けだから。




――――――――――――――――




 敵の減った砦の内部を走る。

 城壁の内部は底深く大地が掘り抜かれており、石や木で出来た足場が蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。

 立ちはだかる亜族たちは全て先行するエルフが剣と弓で、三秒とかからずにその首を跳ねられていく。

 彼のこなしは軽やかで、見た目以上に力強い。

 俺の出る幕などある訳がなかった。


「エルフというのは、皆あなたのように戦い慣れしているんですか?」


 オークの胸部に剣を突き刺し、そのまま床の上に蹴り倒す青年エルフに尋ねる。

 すると、彼は意外そうな顔をしながら笑顔をつくる。


「人間というのは不思議なものだ。こんな場所で雑談をする度胸があるとはな」


「いや、ただ単に気になっただけで」


 青年エルフは首を横に振った。


「勿論戦うのが得意でない者もいる。戦いを好まない者もいる。エルフが皆、私のように剣や弓を扱えるわけではない。君達人間もそうだろう?」


「……そうですね」


「それと、私の名前はガルドだ、リア」


「あ、え、ええ。よろしくお願いします、ガルド」


 岩や投げ捨てられたトロッコなどの物陰に隠れながら進んでいく。

 段差や梯子を下り、いつの間にか狭い洞窟の中を進んでいると、不意にガルドが立ち止まった。


「あれが更に地下へ続く階段だろう」


 岩陰から覗きこむと、ドーム状の部屋の中心で、大きな暗い闇の穴が口を開いているのが見えた。

 周囲には鎧と槍で装備を固めたオークが二匹と、トロルが一匹、番兵として守りについている。

 天井から吊るされた小さなランプが、トロルの足音によって微かに揺れていた。


 彼は暫し奥の様子を伺うと剣を鞘に戻し、どういうつもりか両目を閉じてしまう。

 考え事でもしているのだろうか、と俺も部屋の中を観察する。

 トロルは頭部に大きな兜をかぶっており、右手に巨大な鉄の槌を握っている。

 オークたちは関節部意外に鎧の隙間がない。

 その隙間も、鎧の構造によって上手くカバーされており、今まで遭遇してきた敵のようにはいかないだろう。


「どうするんですか?」


「……」


 沈黙するガルド。

 どうしたものかと頭を悩ませる。

 すると、突然彼は矢を一本矢筒が抜いたかと思うと、部屋の中に飛び出した。

 当然オークとトロルの注目を集めてしまう。

 しかし、彼は両目を閉じたまま、すぐさま素早い動作で矢を射った。

 がしゃん、という何かが壊れる音と共に、部屋の灯りが消える。


「ウゴッ!」


「ガ!?」


「ボガッ」


 更に弓を引く音が三つ連続し、金属が地面を叩く音が響く。

 俺がぼうっと立ち尽くしていると、不意に部屋の中に光が生まれた。

 小型のランプをこちらへ翳し、顔を上げるのは、長い金髪を揺らす青年エルフ、ガルドだった。

 周りにはオークとトロルの身体が床の上に転がっている。


「行こう、目的地はすぐそこだ」




――――――――――――――――




 亜族の勢いが一気に衰え、我々冒険者の一団も城壁を乗り越えて砦の奥へと進撃を始めた。

 迫りくる亜族に、鍔迫り合いを繰り返しながら、隙を見て鎧の隙間へ刃を差し込む。

 時には上空から放たれた矢を防壁の魔法を使って防ぎながら、投げナイフを使用して射手を仕留める。


 かつて村だった名残からか、城壁の向こうは石造りの建造物が乱雑に並んでおり、まるで一つの町のようになっていた。

 石畳の通路を流れ込みながら亜族を切り捨て、混戦の中を前進する。

 暫くそうやって最前線で戦闘を続けていると、いつの間にか噴水のある大きな広場に出ていた。

 私は敵のいないそのがらんとした景色を見て、咄嗟に振り返り叫んだ。


「……ま、まずい! 来るな!!」


 私の声を受けた者達が足を止める。

 しかし間に合わず、私の後ろに続いていたその殆どが通路から流れ込んできた。

 直後のことだ。突然通路と広場の境目の地面が隆起し、石の壁となって塞いでしまう。

 蓋をされたそこに閉じ込められる私たちはまるで袋の鼠だ。


「伏せろ!!」


 建物の屋根の上にオークとゴブリンが現れ、弓を構えた。

 ドーム状に防壁を張り、放たれた矢を防ぐ。


「ど、どうすんだよこれ!!」


 冒険者の一人が叫んだ。

 防ぐことは出来ても、魔法の性質上こちらからも攻撃することができない。

 それに加えて、私の魔力も無限ではない。

 城壁前の応酬で消耗もしている。長くは続かない筈だ。


 不安と焦燥が私の思考の邪魔をする。

 このままでは全滅してしまう。

 矢の雨が休む様子はない。連続的に降り注ぐそれらが、しかし突然勢いを止めた。


 屋根の上に立っていたオークやゴブリンが、次々と地面に落下する。

 その頭に刺さっているのは、鋭い鏃を備えた見慣れない形の矢。


「エルフ共ガ来タゾ!!」


 オークの一人が叫んだ。

 すると、今度は屋根の上で戦闘が始まった。私は魔法を解き、その様子を眺める。

 突如として現れたエルフたちは、瞬く間に屋上の亜族たちを蹴散らすと、更に砦の奥へと走り去っていく。

 呆然としていると、見覚えのある男のエルフが一人、屋根の上からこちらを見下ろしていた。

 道中、伝令兵として駆け回っていたエルフだ。


「狙うはあの塔にいる呪術師だ! 進め!!」


 そんな彼の号令に、冒険者たちは雄叫びをあげた。




――――――――――――――――




 階段を下っていくにつれて、俺はそれを感じ始めていた。

 まるで常に指先で静電気を撫でているみたいだ。


 階段が終わると、先に続いていたのは昏いじとじとした岩の道だった。

 小下左右を岩の壁にはさまれ、馬車の一つも通れなさそうな狭い通路。


「この先に待っている、王女様が言っていた魔物っていうのは、どんな生物なんですか?」


 先導するガルドに尋ねる。

 すると、彼は足を止めずこう答えた。


「旧時代の遺物と言っても良い。かつて我々と敵対していた種族が作り出した生体兵器だ」


 背景にそぐわないSFチックな言葉が帰ってきて、少しだけ驚く。

 まあ、銃が存在するならそれくらいの文明があると言われても不思議ではないか。


「かつて、ということは亜族ではないんですね」


「ああ。亜族はその種族によって生み出された存在だ。私たちがこれから破壊する生物は、つまるところ亜族と同じ生まれの生物でもある」


 彼は曲がり角の奥を覗きこみ安全を確認すると、さらに説明を続けた。


「決定的に異なるのは、個体ごとのもつ能力だろう。亜族は群として力を持つのに対し、それは個の力が強い」


「具体的にいうと?」


 そうだな、と彼はちらりとこちらを振り返った。


「亜族の死骸を放置していると、森が死んでしまうのは知っているか?」


「いえ、初耳です。死体なのに、そんな事が起きるんですか?」


「ああ。亜族の肉体には、呪いが血液のように流れている。奴らは呪いによって生きている」


 呪いって一体なんなんだ。

 この世界に来て一月と経っていないが、魔法の一種であるという事以外にはさっぱり分からない。


「しかし、それはあくまで生物として生きているに過ぎない。呪いを原動力に、我々と同じく動物として。だが、これから相対するのは違う」


「というと?」


「それは、自我を持つ呪術として生きる怪物だ。呪いの塊と言ってもいい。多くの生物を圧倒し、死に至らしめる悪意の権化」


 どんどんイメージが曖昧になっていく。

 なんとなく分かるのは、これから俺が相手にするのはとんでもなく強い魔物であるということ。

 しかし、どういう訳か恐怖はなかった。死の危険があるのは自覚しているが、森を走っている間には確かにあった不安が、綺麗さっぱり消えていた。

 それでも、そんな相手に勝てるとは思えない。

 そう伝えると、ガルドは首を横に振った。


「我々の女王が君に託したんだ。出来ない筈がない。それに、奴はまだ眠っている。亜族たちは奴の目覚めを邪魔されない為に、ここに砦を作った」


「その、それに名前とか、ないんですか?」


 俺がそう訊くと、ガルドは足をぴたりと止めた。

 目の前には鉄製の両開きの扉が佇んでいる。

 そして、ゆっくり振り返りながら彼はこう返した。


「スライムだ」



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