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「眠い……」


 重い瞼を必死になって持ち上げながら、俺は情けない声で悲鳴をあげた。

 馬車の揺れが余計に眠気を刺激し、激しい睡魔が襲ってくる。


「頑張れリア。もう少しでキャンプ地に到着だ」


「なんで寝たら駄目なんだよ、教会の奴らめ……」


 先程、座席眠りこけていると、後方の馬車の御者に寝るなと叩き起こされた。

 お蔭で一時間と休眠を取ることができず、ひたすら隣のノルンに励まされている。


「自分が働いている間に、私たちが休んでいるのが気にくわないのだろう」


「こっちは連中の為に夜通し見張りをやってたのにか……」


「まあ、納得がいかないのも分かる。どうしてもというのなら、私が陰になって隠そう。ついでに肩も貸すぞ」


「い、いいのか? じゃあ、ちょっとだけ……」


 俺は身を小さくして、後ろから見えないようにノルンの方に寄りかかる。


「うへ」


「ん? なんか言った?」


「い、いや、なんでもないぞ。ゆっくり休んでくれ」


「あ、ああ……」


 慌てて否定するノルンに疑念を抱いていたものの、今の俺にそんな事を思考する余裕など残っていなかった。


(ノルン、良い匂いがするなあ。女にしか見えないっていうのも、たまには役に……)


 暫くそんなことを考えながら、ようやく意識を手放そうとしたその時だった。


「うへへ、リア、良い匂いがするなあ。これが役得というものか……」


 俺は思わず身体を起こした。

 そして、咄嗟に彼女と距離をとる。


「あ!?」


「ノルン、お前……」


「りりり、リア、その、違うんだこれは」


「お、おいお嬢ちゃん、そんなにひっつかれると……」


「あ、すみません」


 反対側の男性に軽く頭を下げて、とりあえず元の位置へ戻る。


「今のは違うんだ。そう、亜族の呪いだ。私は小さい頃、亜族に森の中で襲われて」


「あ、そろそろテントが見えて来たぞ」


「リア、聞いてくれ。お願いだ頼む」


 巨大な山と樹海の手前にテントの群れが横長に広がっている。

 ノルンの弁解を聞き流しながら、ガタゴト馬車に揺られることおよそ五分弱。

 俺達を迎えてくれたのは、長い耳に美しい金髪と翠色の瞳を持つ人々だった。

 先頭集団の中から一人の青年が馬車から現れ、その耳の長い彼らと握手を交わす。

 よく見ると、昨晩俺に毛布を貸してくれた青年だった。

 俺を含む冒険者は早々に馬車から降ろされ、そんな教会と連中のやり取りを見守っていた。


「遠方から遥々ご苦労だった。これでようやく戦力が整った」


「出迎え感謝する。しかし、なぜあなた方エルフが? 神聖教会の師団長は……」


 暫くすると、テントの方から見覚えのある少女が姿を見せた。

 ミックさんだ。

 しかし、どこか表情が暗く、ぴりぴりした刃物のような鋭い雰囲気を感じる。


「私を含め、教会の魔法使いは十と残ってはいません。殆どがオークの襲撃に負傷し、また亡くなりました」


「なっ!? ほ、報告では三十名近くはまだ戦力があると聞いたぞ!?」


「この数日で、多くの者が命を落としたのです。襲撃の際に受けた傷は、我々の力ではどうにもならず……」


 ミックさんは悔しそうにそう答えながら、強く拳を握りしめていた。

 青年は腕を組みながら考え込む。

 

「し、しかし、ではどうする? このまま引き返すのか? 我々だけでは恐らく数が不足しているぞ」


 すると、エルフの男性が一歩前に出て即答した。


「いや、その点は問題ない」


 言いながら、彼はちらりと視線を逸らす。

 ほんの一瞬、彼が俺の姿を捉えた。


「我々がなんとかしよう。上手くいけば、君達の手を煩わせることなく障壁を取り除ける筈だ」


「はあ?」


 そんなエルフの返答に、青年はどこか間の抜けた声を発した。

 その場にいる全員が、エルフの台詞に同じような反応を見せる。

 ミックさんも同様で、すぐ隣に立っているノルンでさえ首を傾げていた。


「あの、それは一体どういう……?」


 ミックさんがエルフの男性に尋ねる。


「言葉通りの意味だ。我々にはその手立てがある」


「手立てとは?」


「それは言えない決まりになっている」


「な……」


 更に困惑は広がった。

 これにはミックさんも眉をひそめる。


「あの、作戦の内容を教えて暮れなければ、こちらも信用して戦うことができません」


「その場合は我々だけでも戦おう。しかし、君たちの中には、亜族を倒すことによって得る物があるという者らもいるのだろう?」


 煽るように言うエルフ。

 確かに、俺達冒険者は倒した亜族の種類と数によって、金銭が手に入る。

 それを目的に、こんな遠方まで長い時間をかけて来た。

 

「確か、冒険者といったか。もし神聖教会と騎士団が我々を信用できない、町へ引き返すというのなら、君達の面倒はエルフがみよう。食事や寝床も用意する。勿論、町まで馬車も出す」


「おいおい、マジかよ……」


「なんか凄いことになってきたぞ」


 ざわついているのは冒険者だけではない。

 騎士も、教会の人達も同じように困惑している。

 すると、突然馬車の方から突然ローブ姿の集団が現れた。

 彼らは青年とエルフの間に入るように前に出ると、すぐに口を開く。


「我々の力もなしに、冒険者を使って亜族を倒すというのか?」


「エルフが求めるのは霧を払う魔法使いではなく、亜族と戦うための戦力だ」


「歩兵だけであの砦を落とすつもりか? 無理だ。そもそも、冒険者などは統率もとれない烏合の衆。そんな輩をいくら集めた所で、戦力とはいえない」


 周囲の男共がむっと眉を傾けた。

 まあ、あんな言い方をすれば気分も悪くなる。

 ノルンが「言いたい放題だな」と呟いたと同時に、エルフが教会の魔法使いに向かって答えた。


「注意を引いてくれさえすればそれで良い。我々が後方から霧を払い、君達が前方から注意をひく。その間に私たちエルフが強襲する」


「……我々抜きで上手くいく訳がない」


「私は参加します」


 ミックさんが口を開く。

 先程までエルフと会話していた魔法使いは、怪訝そうな表情で彼女へ視線を向けた。


「どうであれ、参加するか否かは個人で決定してくれ。片道くらいの食糧なら提供しよう」





「今度こそ寝る」


 そう意気込みながら、俺は狭いテントの天井を見上げるように仰向けに転がった。

 出発は五時間後に訪れる日の境目。つまり深夜だ。

 それまでに睡眠時間を取っておかなければ、確実に戦闘に集中できない。


「リア、どうにか私の話を……」


「俺は他人の性癖には口を出さないよ」


「そ、そんな性癖などと。私はただ、可愛いものが好きなだけだ。リアも女ならこの気持ちがわかるだろう?」


「分からん。だって俺男だし」


 いいから寝かせてくれ。

 そんな切実な願いを無視して、彼女は弁明を続ける。


「やっと、やっとなんだ。騎士団をやめて、冒険者になって、いくら女の子と懇意にしようと思っても、周りには私のことを知っている子ばかりだから……。だったら他の町へ行って、まだ見ぬ可愛いを探すしかないじゃないか!!」


「開き直ってる……」


 可愛いを探すってなんだよ……。

 そんな会話をしていると、突然テントの幕が開かれる。

 外から覗きこんでいるのは、先程教会の人達と話していたエルフの男性だった。


「すまない、リアという冒険者はいるか?」


「俺ですけど」


 身体を起こしながら返事をする。


「我々の指揮者が呼んでいる。ついてきてくれ」


「……わかりました。すぐに向かいます」


 結局また眠れなかった。

 若干の不満を頭の中で呟きつつ、テントの出入り口をくぐる。


「ああ、頼む。それはそうと、彼女はなぜ土下座をしているんだ?」


 

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