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 それは、我々亜族討伐隊が町を発って、二日が経った日の事でした。

 町を出た神聖教会、騎士団、冒険者ギルドの集団は、標的である亜族の砦が存在する、森の周辺にキャンプを作っていました。

 目的の砦は森中心にある山の麓に設けられており、まだその姿は見えないものの、もう目と鼻の先と言って良いでしょう。


「攻撃は明日、エルフの遠征隊が到着次第行う! 騎士団の騎士たちはその使命を全うしてくれ。ギルドの諸君は一体でも多くの亜族を討ち、用意された褒賞金を是非ともわが物にしてくれ! そして、ここにいる全員が生きて、無事に我が家へ辿り着けることを願う!」


 神聖教会の現場指揮官が、見張り台の上から高らかにそう宣言しました。

 整列した鎧姿の騎士たちは胸に手を当て、煽られた冒険者の面々は吠えるように声をあげながら腕を天に突き上げます。

 そんな雄々しい者達の儀式を、私、ミックはひっそりとテントの陰から覗いていました。

 皆、とても活力に溢れていて、今の私とはまるで違っていました。


「み、皆さん、盛り上がってるみたいですね、ミックさん!」


 ぼんやりと彼らを眺めていると、不意に背後からそんな風に声をかけられます。

 そこに立っていたのは、私より数センチ身長の高い茶髪の青年でした。

 彼はどこか照れたような面持ちでこちらへ歩み寄ってきます。

 

「そうですね、ライン」


 彼は同じ神聖教会所属の魔法使いであり、私が小隊長を務める魔法師団の隊員です。

 そして、私が若干苦手に思っている相手でもありました。

 理由はそう深い物ではなく、彼が私に特別な感情を向けていると、知ってしまったからです。

 それ自体は人伝に聞いたことなので確証はありませんが、それでも仕草や反応の節々からも、簡単に読み取れてしまいます。


「み、ミックさん、どちらへ行かれるんですか?」


「向こうのテントの方へ。夕飯の準備に、何か手伝えることがあればと……」


 苦笑いと一緒に、私はそう返しました。

 勿論、これは彼と別れて作業をする言い訳です。

 好意は有難いのですが、今の私にそういった相手を持つ余裕はありません。


「なら、僕も行きますよ! こう見えて僕、料理得意なんです!」


 意気揚々とそう答える彼を見て、私は断るわけにもいかず、彼に気付かれぬよう密かに溜息を漏らしました。



 教会の魔法師団に配られた夕食はシチューでした。

 私はキャンプの隅の方で、木の器を木のスプーンでつつきながら夜空を眺めていました。

 その日は特に雲が多く、月ですら見えている時間よりもそうでない時間の方が長いくらいです。


「……」


 無言のまま、スプーンを器と口の間で往復させます。

 私の胸には、少し前にとある少女から言われた言葉が、碇のように深々と突き刺さっていました。


『敵討ちをしたいから、強くなりたいって思うのは、悪いことなんですか?』


『悪くはありません。でも、そんな風に考えて戦うのは、それは悲しいことだと個人的には思います』


 私は悩みます。

 今まで、私が自ら自身の戦う理由を明かしたことはありませんでした。

 無論、彼女が特異な相手だったという訳ではなく、状況が偶々嵌まっていたに過ぎません。

 しかし、面と向かって意見されることが、これほどまでに自分を苛ませるとは、私は思ってもみませんでした。

 亜族は敵です。それはゆるぎない事実であり、誰もが首を縦に振る共通の認識でしょう。

 恐らく、彼もそれを理解した上で、先の様な言葉を口にしたに違いありません。

 彼女の言う悲しいとはどういう意味なのか。いくら考えても私にはそれが分かりませんでした。


「ミックさん!」


 背後からの声は、また彼です。

 振り返ると、やはりラインの笑顔がありました。


「隣、良いですか?」


「ええ、どうぞ」


 彼は一人分の間隔を空けてその場に腰を下ろすと、笑顔のまま食事を始めます。


「どうしてこんな、皆と離れた場所で食べてるんです?」


「ちょっと考え事をしていて……」


「あ……もしかして、僕、いない方が良いですか」


「いえ、どうせ考えたところで答えが出るとは思っていませんでしたから」


「ミックさんをそんなに悩ませている事って……何かあったんですか?」


 こうやって他人のテリトリーに容赦なく入ってくるのは、彼の良い所であり悪い所でもあります。

 でも、長旅で疲れていたためか、それとも考え事のし過ぎで感覚が麻痺していたのか、私は普段なら絶対にしないであろう相談を彼に対し行っていました。


「私の友人に、亜族達に家族を殺されてしまった方がいらっしゃるんです。彼女は両親と弟の無念を晴らす為に、今日まで精進して生きてきました。でも、ある人が彼女に言ったんです。そんな風に考えて戦うのは、それは悲しい事だと……」


「うーん……」


 彼は考え込むように頭を捻ります。

 やはり、戦の前にこんな話をするのは良くなかったでしょうか。

 忘れて下さい、と謝ろうとした直前に、彼は口を開きました。


「その人が言っていること、分かる気がします。僕も、その御友人と似た境遇にあるんです。小さい頃に両親が亜族のせいで命を落としてしまって」


 ぽつりぽつりと、彼は自分について話します。


「でも、違うのは多分、僕には妹がいたってことだと思います。だから、両親の敵を取ろう、なんてことは考えませんでした」


「……なぜ? 肉親を殺されて、怒りはなかったんですか?」


「それは多分、自分で答えを見つけた良いと思いますよ」


 そう言って微笑む彼の瞳は、どこか相手を見透かしているような意思を持っていました。

 私は慌てながら、


「わ、私のことだとは言っていませんよ! あくまで友人について、です!」


「あはは、先輩が慌てる姿もめずら――あれ?」


 そんな時でした。

 辺りが突然、白い光に照らされました。

 月が雲から顔を出したのかとも思いましたが、それにしては明る過ぎます。

 そして反対側の空を見て、私はようやくそれに気づきました。

 キャンプ地のほぼ真上に、青白く輝く光の球体が浮かんでいました。

 皆呆然とそれを眺めていて、直後、球体は弾けて光の矢となって地上に降り注ぎます。

 咄嗟に立ち上がろうとした私に、何かが覆いかぶさりました。

 ラインでした。


「あ……」


 光は彼の腹部を貫くと、私の眼前で停止し、ガラス細工のように砕け散りました。

 彼は一瞬ふらりと倒れそうになりましたが、なんとか持ちこたえます。


「大丈夫ですか、ライン!?」


「え、ええ。それより……」


 光の次は炎の矢が、放物線を描きながら空を舞っていました。

 一斉に振って来た矢群はそこら中のテントに突き刺さると、明らかに異常な速度で燃え広がります。


「亜族だー!!」


 声がすぐに続いて、黒い猪の魔物、ブラガーに乗ったオークの群れがキャンプに迫ってくるのが見えました。

 私は膝をついて腹部を抑えているラインに向かって告げます。


「ラインは隠れていてください。すぐに戻って、治癒を行いますから」


「いえ、僕も、戦います!」


 彼は覇気のある声で、しかし青ざめた表情のまま立ち上がってみせました。

 ここで彼を制止している暇はありません。

 勿論、台詞を考える時間も。

 だから、私は不安に思いながらも、彼の言葉に頷きキャンプを襲うオークの群れへと向かいました。


「教会の魔法使いが殆どやられた!」


「怪我人が出た! 治癒を頼む!」


「あのテントにはまだ食糧が……」


 キャンプは大混乱でした。

 私とラインは剣と魔法を使ってオークとブラガーを蹴散らしながら、彼らに向かって指示を出します。


「教会の者達は怪我人を診てあげてください! 冒険者と騎士団の方々はオークの対応を! ライン、頼みます」


「任されました!」


 怪我人はどこだ、と呼びかけながらテントを当たるライン。



 そんな彼の元気な背中にほっと安心しながら、私は剣の刃を左手で優しく撫でる。

 すると刀身が淡い金色を纏い、迫りくる鎧姿のオークに向かって、思い切り横薙ぎにその剣を振るった。

 刃は鎧をすり抜け、その内側の肉体だけを切り裂く。

 瞬間、鎧の隙間から黒い液体が噴き出し、オークはそのまま力尽きた。


「教会の魔法使イダ、殺セ!」


「アイツダ! アイツヲ狙エ!」


 そんな声と共に、私の存在に気付いたオークたちが次々と群がってくる。

 私はそんな亜族たちを、ひたすら斬った。

 時には火炎の魔法で燃やし、時には鎧抜けの斬撃をお見舞いしてやった。

 そして、それは倒した数が二十を越えた頃だった。


「ドケ、俺ガヤル」


 周囲で円を描くオークたちの中から、一際巨大な個体が姿を見せた。

 身長は優に二メートルを超え、丸太みたいな剛腕で馬の首すら落とせそうな大剣を担ぐ。


「フンッ!!」


 大剣が振り下ろされる様は、さながら空から壁が降りてくるようだった。

 私は右へ身体を滑らせ、それを躱す。

 抉れた地面から見て、あれは斬られるというより叩き潰されるといった方が正しい。

 長期戦は得策でないと考えた私は、すぐさま間合いを詰め、剣を握る両手目掛けて刃を走らせた。

 しかし、ここで私はとんでもない失態を冒してしまった。


(剣が、通らない……!?)


 魔力切れだった。

 少々切れ味が良い程度の剣では、呪いによって強化された亜族の鎧は破壊できない。


「ツカマエタ」


 急いで距離をとったものの、想定外の出来事に注意を行ってしまい、別のオークに背後から羽交い絞めにされてしまう。


「は、放し――」


 直後、腹部に衝撃が走った。

 それがオークによる殴打から来るものだと認識するのに、数秒要した。

 先程口にしたシチューが逆流するのを感じる。

 次、殴られたら、確実に嘔吐してしまうだろう。

 そして、私はそれらを全て地面の上に撒き散らした。


「オーオー、キタネエナア」


「教会ノ魔法使イ様トモアロウ方ガ」


「ヨクモマアコンダケ殺シテクレタモンダ」


 痛みに意識が朦朧として、上手く聞き取れない。

 だけど、何を言っているのかは何となくわかった。


「イタブルノモ良イガ、魔法使イハ出来ルダケ殺セッテ命令ダ」


「勿体ナイ。デモ、コイツ喰ッタラ美味ソウダモンナ」


「マ、トリアエズ死ンデモラウゼ、オ嬢チャン」


 巨大オークが剣を振り上げる。

 こんな所で、私は終わってしまう。

 悩みの答えも出せないまま、家族の仇であるオークの手によって。


 悲しいって、結局どういう意味だったのでしょう。

 瀬戸際に立っても、まだ分かりません。


 その時、目の前に立っている巨大オークが激しく炎上し始めました。

 オレンジ色の炎がごうごうと音を立てながら、オークは地面の上でもだえ苦しみながら雄叫びをあげ、しばらくして息絶えました。


「ミック、さん……」


 オークが絶命したその先に立っていたのは、ラインでした。

 彼は片腕をあげたまま、焦点の定まっていない目で私の方をじっと見つめると、すぐにその場で膝をついてうつ伏せになりながら倒れてしまいます。


「ラインッ!」


 目の前を矢が横切ったのと、私が彼の名を呼んだのはほぼ同時でした。

 何本もの矢が風を切り、次々とオークの頭部を射抜いていきます。

 そして、それに馬の足音が続き、銀色の鎧に身を包んだ集団が現れました。

 私はそんな彼らを無視して、ラインの下へ駆け寄ります。

 地に伏せた彼はぐったりとしていて、まるで糸の切れた人形のようでした。


「ライン、しっかりして下さい。今、治癒魔法を……」


 そこで私はハッと気付きました。

 自分が、オークを倒すことに魔力を使い果たしてしまっていたことを。


「……」


「ミック、さん」


 微かに持ち上がる彼の手を、私は両手でしっかりと握りしめます。

 指先は氷のように冷たく、腕全体が石みたいに硬直していました。


「私はここにいますよ、ライン」


「一つだけ、どうしても……あなたに……」


「はい……なんですか?」


「僕……あなたの、こと……――」


 言葉は、そこで途切れてしまいました。

 手ははらりと抜け落ち、二つの眼は虚空を見つめています。

 そんな彼の瞼を、私は右手でそっと撫でるように閉じました。



2016/03/09 ラストのミックの反応を大幅修正しました。

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