09
ガタゴトと揺れる馬車の上で、嫌なことを思い出す。
そういえば、ドールは元気にしているだろうか。
家族と再会して、物騒なこととは無縁な、平和な時間を過ごしていると嬉しい。
「おい、そこの女」
「……」
大剣を背負った冒険者の男が、こちらを向いて呼びかける。
「お前だ、黒髪の」
「俺は男だぞ」
半分やけくそになりながらそう答えると、男は呆れたような表情で、
「おいおい、別に下の世話しろって言う訳じゃねえんだぞ」
「冗談じゃない」
周囲の男がげらげら高笑いをする。
所属ごとに馬車が分けられているので、俺の周囲に座っているのは全員冒険者だ。
殆どの者が、他所の町から小遣い稼ぎのために来たのだと言っていた。
「ああいう輩は相手にしない方がいい。体力の無駄だ」
そう言うのは、真向いに座っていた、切れ長な目を持った少女。
夕日を思わせる茜色の、セミロングの髪がとても印象的な女の子で、腰には鞘に入った剣を一本吊るしている。
下は外套のついたズボンを履いており、装飾のない簡素なジャケットを羽織っていた。
「本当に男だってのに、誰も信じやしない」
「その外見では、そう思われて当然だろう」
「やっぱり?」
「ああ。せめて男装をすることだな」
がくりと肩を落とす。
どうやら彼女も俺を男だと信じてくれていないらしかった。
現在、馬車は亜族の砦手前にある討伐隊キャンプを目指して、林の中を進んでいる。
予定では明後日の昼までには到着するとのこと。
空を見上げると既に太陽は西へ沈もうとしており、木々の隙間を縫うようにオレンジ色の光が射していた。
暫くすると林を抜け、広い草原に出た。
「今日はここでキャンプを作る! 出発は明朝だ!」
馬車を降りてすぐ、食事が全員に配られた。
といっても、勿論所属によって格差はある。
騎士団は干し肉とウィンナーを挟んだ、ホットドッグのようなパンが一人三本。
教会信者は温かいスープ一杯と簡素な長いパンが一本。
冒険者には粘土みたいなブロック型の携帯食料が配られた。
大きさは大体、親指二本分くらいだろうか。
「これだけですか?」
「ええ、これだけです」
思わずそう訊き返してしまう程、あまりにもあんまりだった。
因みに、食糧は神聖教会からの提供らしい。
これでは戦う前に飢え死にしてしまいそうだが、先に向かった討伐隊でも同じような差別があったのだろうか。
時間が過ぎて、ようやく就寝時間になった。
因みに、教会側と騎士団にはテントと寝袋が配られた。
勿論冒険者にそんな物はない。何人かは持参した寝袋に入っていた。
腹が減って仕方がないので、さっさと寝て気分を紛らわせよう。
そんなことを考えていた俺の元に、更に追い打ちをかけるような伝令が舞い込んだ。
「夜の見張りは冒険者ギルドの連中がやれだとよ」
という訳で、徹夜を強いられる人間が二名選び抜かれることになった。
勝負はコインの裏表で行う。
まあ、妥当だと思うが、こういう勝負事にとことん弱いのが俺だ。
案の定裏表の掛けには一瞬で敗北し、不安定な高台に昇る羽目になった。
「おう嬢ちゃん、夜の相手してくれるんなら、入れてやってもいいぜ」
テントから頭を出した騎士団の男連中が、下品な笑い声と共にそんなことを言ってくる。
俺はそれら全てを無視して、目的地へと向かった。
「寒すぎない?」
高台の上でそんな独り言を呟いていると、不意に両肩にそっと毛布が掛けられた。
驚いて咄嗟に後ろを振り向く。
「二枚あるんだ。使ってくれ」
そう微笑むのは、馬車で向かいに座っていた茜色の髪の少女だった。
「あ、ありがとう」
「礼などいらないよ」
彼女は俺に背を向ける形で腰を下ろすと、自らも毛布に包まる。
どうやら彼女が二人目の見張り役らしかった。
「三時間後に、交代が来る予定だ。それまで頑張ろう」
「了解」
俺はそう返事をして、暇つぶしにと、持ってきた鞄の中身の確認を始めた。
ナイフが三本と、町周辺の地図。
それと緊急用の携帯食料が幾つか入っていて、加えて魔法の水筒も。
ポーチの方にもナイフを二本入れており、銃弾も仕舞ってある。
エルフの剣は鞘ごとベルトから吊るしてある。
銃は細いベルトを改造した自作のホルスターを膝に巻いて、そこに収納していた。
と、こんな物だ。
荷物の再確認など、十分もかからず終わってしまう。
本でもあればまた違うのだろうが、まさか長時間の暇つぶしを要されるとは完全に想定外だった。
「君、名前はなんていうんだ?」
「へ?」
唐突な質問に、変な声が出てしまう。
俺はすぐに咳ばらいをして、自らの名前を口にした。
「そうか、リアというのか。良い名前だな」
「お、おう」
「私はノルン。これから暫くよろしくな」
馬車にいた時は他人を寄せ付けないオーラを纏っているように見えたが、まさか向こうから話しかけられるとは。
そんな風に驚きながら、周囲を見渡す。
騎士団の方ではまだ明るいテントが幾つかあり、酒瓶片手に騒いでいる者まで見える。
「リアはあの町の人間らしいな。なぜ、この作戦に参加を?」
「懐が淋しいからかな。あとはいい経験が積めると思ったから。そういうノルンは? やっぱり、報酬目当て?」
「まあそんな所さ。リアと殆ど同じ理由だ。まだ、冒険者になって日が浅いからな」
意外だった。
彼女の佇まいは、まるで歴戦の戦士といったような雰囲気を漂わせていた。
振り返りながらそう言ってやると、彼女は何かを嘲るように笑った。
「少し前まで騎士団員として働いていたんだ」
「へえ、それは大層御立派な。でも、なんで冒険者に?」
彼女の口ぶりだと、今は違うと言っているように聞こえる。
「男女の差が、私をそうさせたんだ。どれだけ鍛錬を積もうと、女というだけで侮られる。私にはそれが耐えられなかった」
「ははあ……」
「それに、あそこには――が……」
「……? 今なんと?」
「いや、何でもない」
男じゃないと舐められる、という訳か。
女騎士なんてフィクションの世界じゃよく聞く言葉だけど、やっぱり性別の壁は厚いらしい。
「幸い、剣と魔法の才は持ち合わせていたのでな。食べていく分には十分稼ぐことができた」
「でも、男女差別は冒険者間にもあるよな」
「連中のように、堂々と本人の前で言ってくれる方が気が楽だよ」
「ああ、なるほど」
俺はそんな彼女の言葉に、頷きながら納得していた。
翌朝。
結局見張り番の交代はやって来ず、俺とノルンは夜通し高台の上に座っていた。
予定では次の見張り役は騎士団の方で用意される筈だったのだが、まああれだけ酒瓶を消費しておいて夜中に起きられる訳がない。
という訳で、馬車の中での移動時間は殆ど眠っていた。
起きると既に四時か五時は回っているような空模様。
キャンプを作るという合図が先頭から伝わってきて、俺は皆と一緒に馬車を降りた。
今日は森の中にある湖の畔だ。
妙な味がする携帯食料を二本頬張り、寝起き眼を擦りながら岸辺に腰を下ろす。
すると、背後からこんな声が飛んでくる。
「おいそこの冒険者! サボっていないでこっちのテント設営を手伝え!」
くるりと振り返ると、制服姿の教会員らしき金髪の青年が、俺の方に向かって鋭い眼差しを向けていた。
俺が青年を見上げると、彼はなぜか驚いたような顔をしながら目を見開いていた。
「あなた方の使うテントでしょう。我々には関係ないと思うんですが」
「う……そ、その食糧は誰が提供していると思っている! 馬車も、我々神聖教会の物だぞ!」
確かに、彼の言う通りだ。
しかし、こちとら昨夜は徹夜、おまけに寝起きで虫の居所が悪いのだ。
こう突っかかられると少々苛立ちがこみ上げる。
が、今はぐっと怒りを抑え、仕方なく腰を持ち上げた。
「分かりましたよ。手伝えばいいんでしょう」
「あ、ああ……」
あれこれしている内に時間はあっという間に過ぎ、就寝時間がやってきた。
今日も今日とて俺は高台に向かって歩いている。
この世界の能力値表記に運の値があったとしたら、俺はきっと最低クラスの数字を叩きだしているに違いない。
「あ、あの、君!」
不意に、神聖教会のテント群の方から、俺を呼び止める声がした。
先程、俺をテント作りをしろと命じた青年だった。
彼はどこかぎこちない動きでこちらえ歩み寄ってくると、こんな事を言い出した。
「そ、その、あの」
「何ですか?」
「き、君達冒険者にはテントが用意されていないだろう? それで、もしよかったらわ、私の寝床を使わないか?」
なんだこいつ。
「いえ、結構です。あそこで見張りをしていないといけないので」
高台を指さしながらそう返すと、彼はどこかがっくりしながら「そうか」と答えた。
すると、何か閃いた様子で俺にここで待っているように告げ、テントの方へ引き返す。
戻って来た彼の手には、一枚の毛布が。
「寒いだろうから、これを使ってくれ」
「……何か、企みでもあるのでしょうか?」
「そんなことはない。善意のつもりでやっている」
俺は警戒しつつも、その毛布を彼から受け取った。
町を出てからここに至るまで神聖教会のイメージがそこ知らずに下がり続けていたが、こういう人もいるんだな。
そんな事を考えながら、怪しみつつも笑顔を添えて頭を下げた。
「ありがとうございます。おやすみなさい」
「あ、ああ。おやすみ……」
高台に上がって五分ほど経つと、梯子を誰かが昇ってくる音が聞こえてきた。
下からひょこりと覗かせたのは、昨晩と同じ顔だった。
彼女は俺の顔を見て、少し驚いたような表情を浮かべていた。
「やあ、ノルン。お互い運がないな」
「いや、今晩は自分から立候補したんだ」
「そりゃまたどうして」
「私も、移動中はリアと同じように眠っていたから、眼が冴えていたんだ。どうせなら、そんな私が務めた方が効率的だろう。それより……」
彼女は俺が肩にかけている毛布を指さす。
「それは?」
「ああ、教会の人から借りたんだ。嫌な連中だと考えていたけど、皆が皆そうじゃないって思い出したよ」
「そ、そうか。じゃあ、折角持ってきたこれも、必要ないな」
どうやら今日も俺に毛布を貸してくれるつもりだったらしい。
なんだかんだ言って、色んな人から施しを受けているな、俺は。
これもAPPがマックスなお蔭なのだろうか。
なんて、そんな訳ないか。
その日は昨日の夜と比べて少し暖かくて、頬を撫でるそよ風が気持ちいいくらいだった。
しかし、居心地が良いというのは、それだけ睡眠に適しているということでもある。
うつらうつらと抵抗はしてみたものの、重い瞼はゆっくりと視界の全てを覆ってしまうのであった。
うへ――なあ――――。
声が聞こえる。
ちょ、ちょっと――だろう。いや――。
女性の浮かれたような声が、耳元をかすめていく。
ハッと目を覚ます。
すると、自分が何かに寄りかかっていることに気付いた。
どうやら寝てしまっていたらしい。
見える景色が変わっていないことにホッとする。
ふと左に首を向けた。
いつの間にか、ノルンがすぐ隣に移動している。
彼女は俺のいる反対側に顔を向けながら、服の袖で口元を擦っていた。
「ああ、起きたのか、リア。眠っていたみたいだから、肩を貸してやっていたんだ」
「そうだったのか。ごめんな、昼間あれだけ寝たのに、どうにも瞼が重くなっちゃって」
「いや、気にする必要はない。がんぷ……わ、私も悪い気はしなかったからな」
「? は、はあ……」
いまいち彼女が言っている言葉の意味が分からなかった。
まあ、気にするなと言われたのだから、あまり深く考える必要もないのだろう。
俺は大きく伸びをした後に、自分の両頬を強く叩いた。




