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【完結】妹に聖女の座を奪われ塔に幽閉されましたが、封印された王弟殿下が私の手を離してくれません  作者: フトダマノミコト


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第12話 奪われかけた祈りの石


「宰相閣下の配下が、昼過ぎにはここへ着くそうだ。森の入口の村から、早馬で知らせが来た」


 トマスさんの言葉に、部屋の空気が凍りついた。


「……目的は」


 殿下の声が、低く響く。


「分かりません。ただ、お嬢さんに用があると」


 私は、殿下の手を握りしめた。


 ここにいることが知られたら、殿下の呪いが解けかけていることも、すべて明るみに出てしまう。


 それだけは、避けなければならなかった。


「私、三階の部屋に戻ります」


「フィリア」


 殿下が、私の手を引いた。


「私が離れたら、茨が戻ってしまう。それは分かっています。でも、ここで見つかるわけにはいきません」


 青い瞳が、まっすぐに私を見つめる。


 何かを言いかけて、殿下は唇を引き結んだ。


 それから、ゆっくりと、私の手を離した。


「……すぐに、戻ってきてくれ」


「はい。必ず」


 離れた瞬間、殿下の手首に、黒い影がにじむのが見えた。


 振り返りたい気持ちを押し殺して、私は階段を駆け下りた。





 昼過ぎ、塔の入口の扉が乱暴に開かれた。


 三階の部屋に上がってきたのは、宰相閣下の紋章をつけた男が二人。


 そして、その後ろに、見覚えのある顔があった。


 リディア付きの侍女、ベティだった。


 聖女認定の儀の日、私の手提げ袋のそばから、そそくさと離れていった侍女。


「あらあら。ずいぶんとみすぼらしくなりましたこと」


 ベティは、部屋を見回して鼻で笑った。


「……何のご用でしょうか」


「リディア様からのご伝言ですわ。お姉様が持っていた石を、すべて出しなさい、と」


「石……?」


 意味が分からず、私は首を傾げた。


 ベティは苛立ったように舌打ちをして、懐から何かを取り出した。


 それは、古い数珠だった。


 礼拝堂の裏庭で拾った白い小石を、八歳の私が糸でつないだもの。祈るときには、いつも手に握っていた。


 聖女認定の儀の日、手提げ袋ごと取り上げられた、あの数珠。


 けれど今、その石はどれも、灰色にくすんでいた。


「これと同じ石を、他にも隠し持っているのでしょう? 出しなさい」


「……それを、リディアが使っていたの?」


 ベティの目が、一瞬泳いだ。


 その表情で、すべてが分かった。


(そう……だったのね)


 十年間、毎晩握りしめて祈った石。私の祈りが、少しずつ染み込んでいたのかもしれない。


 リディアはそれを使って、聖女の力を装っていたのだ。


 そして今、石に染み込んだ祈りは、尽きかけている。


「リディアの癒やしが効かなくなったのは……その石の力がなくなったからなのね」


「う、うるさいわね! リディア様のお力は本物よ! ただ、少しお疲れなだけで……!」


 ベティの声が、上ずった。


「石なんて、他にはありません。それが、私の持っていたすべてです」


「嘘おっしゃい! 探しなさい!」


 男たちが、部屋を荒らし始めた。


 寝台の毛布を剥ぎ取り、床板を叩き、窓枠の隙間まで覗き込む。


 けれど、何も出てくるはずがなかった。


(早く……早く終わって)


 私は、天井を見上げた。


 この真上、さらに高い場所で、殿下が今、茨に苦しめられている。


 そう思うと、胸が張り裂けそうだった。





「……上は?」


 何も見つからず、苛立ったベティが、螺旋階段を見上げた。


「塔の上には何があるの?」


「やめておけ」


 戸口に立っていたトマスさんが、低い声で言った。


「最上階には、呪われた王弟殿下が封じられておる。近づけば、茨に喰われるぞ」


「そんなもの、迷信でしょう」


 ベティは鼻で笑い、階段に足をかけた。


「この女が石を隠すなら、誰も近づかない場所に決まっているわ」


「待って……!」


 思わず手を伸ばしかけて、私は唇を噛んだ。


 止めれば、かえって怪しまれる。


 ベティは男たちを従えて、螺旋階段を上っていく。私はトマスさんと顔を見合わせ、その後を追った。


 一段上るごとに、空気が重くなっていく。


 壁の茨が、ざわざわと蠢いていた。


 いつもより、ずっと激しく。


(殿下……)


 最上階が近づいたとき、ベティの足が止まった。


 扉が、見えなくなっていた。


 私が毎日通っていたはずの扉は、幾重にも重なった黒い茨に、すっかり埋もれていた。


 太い蔓が、まるで生き物のようにうねり、棘を逆立てている。ぎし、ぎし、と軋む音が、塔全体に響いていた。


 扉の向こうから、低い声が聞こえた。


 人の声とも、獣の唸りともつかない、ひどく苦しげな音。


「ひっ……!」


 ベティが、悲鳴を上げて後ずさった。


 その瞬間、茨の一本が、鞭のようにしなった。


 ベティの足元の石段を、棘が打ち砕く。


「きゃああっ!」


 ベティは転げるように階段を駆け下りていった。男たちも、顔を引きつらせてその後を追う。


 塔の入口の扉が乱暴に閉まる音が、遠くで響いた。


 馬の蹄の音が、森の奥へ遠ざかっていく。





 私は、茨に埋もれた扉へと駆け寄った。


 両手で触れると、荒れ狂っていた茨が、すうっと身を引いていく。


 扉を押し開けた。


「殿下!」


 殿下は、椅子の上でぐったりと身を沈めていた。


 ほどけたはずの両腕に、黒い茨が再び絡みついている。胸元まで這い上がった紋様が、ひびのように肌を覆っていた。


 額には、びっしりと汗が浮かんでいた。


「殿下……っ、申し訳ありません、私……」


 駆け寄って、殿下の手を両手で握る。


 光が溢れ出し、茨がぱらぱらと崩れ落ちていく。


 殿下が、ゆっくりと目を開けた。


 青い瞳が私をとらえ、それから、ふっと緩んだ。


「……遅い」


 かすれた声だった。


「君に近づこうとする者がいると思ったら……茨が、言うことを聞かなかった」


「え……?」


「怪我は、ないか」


 殿下の手が、私の頬に触れる。指先が、震えていた。


「私は大丈夫です。それより、殿下が」


「私のことはいい」


 殿下は、私を胸元へ引き寄せた。


 まだ力の入りきらない腕で、それでも、離すまいとするように。


「フィリア。もう、君を誰にも渡さない」


 殿下の心臓の音が、耳元で響いていた。


 速くて、強い音だった。


 私は殿下の胸に額を預けながら、ベティが持っていた灰色の数珠を思い出していた。


 十年間、私の祈りが染み込んでいた石。


 リディアは、それすら奪っていったのだ。


(……もう、奪わせない)


 初めて、そう思った。


 私の祈りは、もう誰にも渡さない。


 この祈りは、この人のためにある。

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