ちょっと昔の話
規衣ちゃんと薫ちゃんの昔の話です。薫ちゃん視点。大人びてるというか何と言うか……。子供らしくありません。それでもいい方だけ、どうぞ。
僕、峻岑薫は困ってます。なんでも幼なじみであり親友の兎廩規衣に好きな人ができたらしい。これは今まで16年(もうちょっとで17年)間なかったことだ。手に入れた写真を見てみても明らかに男。まぁ、男子校だから当たり前なんだけどね。
ところで、本編と一人称が違うのに気づいた?本編では『俺』、ここでは『僕』。ようするに、話すときは『俺』で心の中では『僕』なの。器用でしょ?
それは何故か?僕が勝てないと思ってる人物が僕って言ってるからだよ。同じ一人称を口に出して言うのはどうかなぁ…と思ったの。さて、これからちょっと昔話をしようか。
それは僕らが初等部に入って数年したころ。
季節は冬。俗にいうクリスマスイブ。珍しくホワイトクリスマスになったこの日の夜、
バーン!!!!
なんとも相応しくない、近所迷惑な音が響いた。
これはサンタが来たんじゃない。僕の幼なじみが来た音だ。
「かおるー!!行くよ〜!!」
なんでも規衣はサンタが見たいらしく、夜中こっそり抜け出してサンタが入ろうとしているところを捕まえたいらしい。なんでもサンタがいるかいないか論議になって規衣はいると言い張ったが、他は皆いないと言ったらしい。そこで証拠のためにサンタを捕まえよう大作戦に至ったというわけだ。そんな無茶なってかんじだけど、規衣はやると言ったらやるやつだしどんな風に捕まえようとしているのか興味があるからこの話に乗ってみた。
窓を開けると暖房のきいた部屋に冬の冷気が入り込み身震いする。窓から体を乗り出して下を見ると暖かそうなコートを着た規衣が大きく手を振っている。このままここにいたら叫びだしそうなので、仕方なく自分もコートを羽織り足音をたてないようゆっくりと階段をおり外に出る。
庭にまわると手を擦り合わせている規衣がいた。一度近くの公園に行き、作戦会議をする。荷物も作戦も全部規衣が決めるということなので僕は手ぶらだ。規衣は茂みの中に隠していたダンボール箱の中からいろいろ道具を取り出す。懐中電灯にヘルメット、スコップ…雲行きが怪しくなってきた。虫取り網と殺虫スプレーとチャッカマン。…キャンプにでも行くつもりか?その上背負っていたリュックからは大量のお菓子が出てきた。
「これでどうやってつかまえるの?」
「簡単だよ。まずは、かんきせんの前にお菓子をおいて、サンタさんが食べにきたところをこれでつかまえるの。」
これと言って虫取り網を差し出してくる。言いたいことはいっぱいあるが、これだけは確かめておかなければならない。
「なんで、かんきせん?」
「だって、ぼくの家にはえんとつがないでしょ?だからサンタさんはかんきせんから入ってくるんだよ。」
だれから聞いたのかは知らないが、人の言うことを何でも信じるのはやめたほうがいいと思う。
「で、なんでお菓子?」
「きっとサンタさんもお菓子大好きだよ!」
え、お菓子を餌にしてサンタを釣ろうってわけ?そんなのに引っ掛かるのって規衣くらいでしょ。
それに、そもそも…
「サンタが虫とりあみでつかまるとは思わない。」
「サンタさんを呼び捨てにするなっ!!」
つっこむのそこかよ。別に『さん』つけたからってサンタの価値は上がらないよ。むしろお菓子でサンタが捕まえられたらその方が価値下がる気がする。
そんなことを思っている間にさっさと規衣は換気扇のしたにお菓子をばらまいている。
「ちょっと、きい!?いくらなんでも直で置くのはどうなの!?せめてお皿の上にのせよう?きいだって、ゆかに落ちたの食べないでしょ?」
「3秒以内だったらダイジョウブ!!」
「3秒以内に来るわけないじゃん。」
「サンタさんだったら来てくれるもん!!」
「もう、10秒以上たったけど。」
「………。」
結局そのまま強行突破でお菓子をばらまき茂みに隠れる。…暗くて全然何も見えない。
腕と腕がくっついているから、すぐ隣に規衣がいるのはわかる。きっとこれで1人だったら心臓が潰れそうな思いをしたんだろう。1人は嫌いだ。自分が必要とされていないみたいだから。僕が初等部に上がるちょっと前に妹が生まれて、もともと女の子が欲しかった両親は妹に付きっきりになった。きっと家も妹が継ぐのだろう。
うちではメイドはとらないし、規衣の家みたいに弟子もいない。だからだから家の中には家族しかいない。だけどいつからだろう?家族の間に壁を感じたのは。家の中で1人でいることが多くなったのは。実際夜に家を抜け出しても、両親は気がつかない。僕が何をしたってあの人たちには興味がないんだ。
だから考えた。そして見つけた。『忍者になりたい』忍者は暗いところにいるでしょ?孤独に戦うんでしょ?自分を正当化しようとして絞り出した夢だった。そんな状況に耐えられるようなになりたい。
吐く息が白い。感傷的になり、じっと前を見ているとツンツンと服の袖を引っ張られた。ハッと隣を見ると規衣が上を指差し目を輝かせている。指先を追って上を見てみると、
「わぁ……、キレイ。」
空には一面に星が輝いている。
冬の澄んだ空気のためか都会の空でも、その輝きは届いていた。空を見上げるのは久しぶりな気がする。星座なんて全然わからないけどたまには星を見てみるのもいいかもしれない。うん、これを見れただけで今日出てきた意味はあるかな。
そのときにガサガサッと近くから音がした。誰かがやってきたらしい。
(きい、だれか来たよ。)
今だ上を向いている規衣の腕をひき、耳元で話す。
すると規衣は目を輝かせて飛び出そうとする。え、本気でサンタが来たと思ってるの?物音を立てればこんな夜中に人の庭に勝手に入ってきたやつに気づかれてしまう。本当にサンタだったら……いや、たとえ本物のサンタだとしても換気扇から入る姿は見たくない。サンタじゃなかったら…絶対に危ない人だ。
(やっぱりサンタさんはいたんだ!!)
悪いけどいないと思う。だって見たかんじ赤い服着てないし、むしろ黒いし。
(どうやってつかまえるの?虫とりあみじゃはいらないよ。)
(じゃあ、さっきの余りを使おう。)
そう言って規衣が取り出したのは爆竹。コイツを野放しにしていたら日本の将来は不安でいっぱいだ。もしあれが本物のサンタだったら全世界の子供達から命を狙われるぞ。
(わぁ、すごいじゃん!いいね、投げちゃお!!)
((そーれっ!!))
バーン!!!!
まぁ、相手は泥棒だからどうなってもいいんだけどね。(大変危険な行為です。人に爆竹を投げるのは絶対にやめましょう。)
わぁー、光ってキレイ。ってそれどころじゃない。今ので僕らの居場所がわかっちゃったかもしれない。
(きい、にげるよ。)
(え、ちょっと、サンタさんは?)
(いいから!)
コッソリと逃げている途中、後ろを振り返ると規衣の家の弟子達が男を取り押さえていた。意外と体力がある人達だな。これで無事に部屋に帰ったら一件落着になる……んだけどなぁ。それを許さないのがコイツだ。
「つれてっちゃダメー!!」
弟子達の方に走りながら叫んでいる規衣に頭が痛くなってくる。なんのために静かに退散しようとしてたんだよ。
「サンタさんは僕たちにプレゼントを持ってきてくれたの!!」
いや、絶対違うから。顔を真っ赤にして叫ぶ規衣を見ると、自分も乗ってやらなきゃいけない…と思う。ちゃんと僕はあれがサンタじゃないって知ってるんだけどなぁ。
「そうだよ。まだ、プレゼントもらってないもん!!」
一瞬困ったような顔をしたが、さすが規衣の家の人達だ。こういうことに慣れているんだろう。僕たちをアッサリと捕まえると部屋へと連れて行った。規衣が『はなせー!』と叫んでいるけど、無駄だって。
「サンタさんをかいほうしろー!!」
今だに叫んでいる規衣は椅子に縛りつけられている。そうしないと暴れるからだ。いくら暴れると言っても自分の先生の息子を縛りつけるとはすごい。だけど、そのとばっちりが僕にもきてるんですけど。
「いい子のところにしかサンタは着ません。あなたたちは屋敷を抜け出すといういけないことをしたのですよ?そんな子たちのところにサンタが来るはずがないじゃないですか。」
「サンタさんを呼び捨てにするなー!!」
やっぱりツッコムのはそこなんだ。とりあえず『そうだー!』と言っとくけど。そのあと説教を受け監視付きの部屋で寝かしつけられた。
目が覚めると外はすっかり明るくなっていて、晴れているのに雪が降っているという奇妙な状況になっていた。
「サンタさんだよ!サンタさんが雪をプレゼントしてくれたんだ!!」
いつの間にか隣に立っていた規衣が嬉しそうに空を見上げている。なんとも前向きなやつだ。
そのあと発見されたプレゼントの箱に『サンタさんはいっぱいプレゼントをくれるんだね!やっぱり、かんきせんから入ったんだ!!』などと力説しながら、チョコケーキをホールのまま食べていた。
数日後、ノックも無しに僕の部屋に入ってきた規衣はリュックを担ぎ虫とり網を持ち、麦藁帽子を被るという今の季節には合わない恰好をしていた。麦藁帽子と厚手のコートの組み合わせってこんなにあわないんだね。
「かおる!今からツチノコを探しに行こう!!」
ツチノコ…?それはちょっと古いんじゃない?けど、僕が行かないときっと規衣は1人で行って 行方不明になって僕が怒られるんだろいなぁ…。
「いいね!楽しそう。さっそく行こうか!!」
その後、2人して救助隊の世話になったのは言うまでもない。
パタン。
転校生を規衣の部屋に2ヶ月住まわせることを了承させるという任務を果たした皆は次々と部屋を出て行き、残ったのは僕と規衣だけだ。
「薫ー。これは一目惚れだね。一生こと人と一緒に暮らす。」
その台詞はすでに5回聞いた。その言葉を聞く度に悲しいっていうより、淋しい気持ちが沸き上がってくる。ちっちゃいときから、ずっと一緒にいたんだから、これからもそうなのかなって思ってた。でも、これからはその子と一緒に人生を歩むんだね?僕とじゃなくて。
これがあれか、娘を送り出す父親の気持ちってやつ?そう考えると全てになっとくがいく。そうか、規衣は僕のおてんば娘だったのか。
「でもさ、薫……。」
部屋を出ようとしていた僕を規衣が引き止める。
「薫は僕の親友だから、薫も僕と一生ずーっと一緒だからねっ!!」
やっと子育てから解放されると思ったのに、その言葉を待っている自分がいた。このおてんば娘はどうも婿養子を連れて来るつもりらしい。
規衣の屈託のない笑顔を見ると、嫌と言えなくなる。本当にこれからもずっと一緒なんだろうな。規衣の連れてきた婿養子と一緒に酒が飲めるのを楽しみにしてるよ。
だから、ニッコリ笑って言ってやる。
「当たり前でしょ。」
ほら、やっぱり君には敵わない。
fin.
結局、薫ちゃんは規衣ちゃんに対して恋愛感情はもっていません。薫ちゃんの恋ばなは、いつか書ければなぁと思っています。