68・保科勝丸、千徳の実家に謝罪に行くこと《四》
「まったく……お前らってこいつのこととなると気忙しくて嫌だなあ」
火車が付喪神たちを眺めてのんびりと言った。
「何言ってんだ、火車。人間なんてのはすぐにおっちんじまうんだから、こういうのは思い立った時にすぐやるもんだぜ。ただでさえ今の主上はこんな有様なんだし……」
「死ぬなんて縁起でもない!」
近習に怖い顔でぴしゃりと言われて、上座の付喪神は「そうそう」と話題を無理やり変えた。
「御殿に現れた鬼はすべて始末したのかな。うちの化け物が木っ端微塵にしたと自慢していたが、鬼というのは厄介なんだぜ。僅かでも欠片が残っていたら、そこからまた邪気を撒き散らすんだから」
「ご心配には及びません。某が最後のひとかけらまで始末致し申した」
勝丸は頭を下げた。深く、深く。額を畳に付けるくらいに。
「おお! そいつは上々。お前さんはやっぱり相当腕が立つねえ。噂通りってわけだ。これで俺も主上も安心したよ」
軽い口調でそう喜ぶ付喪神――草間一文字はそのままの調子で隣の景勝に声を掛けた。
「宜しゅうございましたな。ご懸念がひとつなくなりました」
やや間があって、低い声で
「……そうだな」
と声がした。顔を上げて、しかし勝丸はすぐにそれを後悔した。
ぎろりと鋭い眼光が突き刺さるーー勝丸は再び額を畳にこすりつけた。
「北の御殿、鶴寮の主務を拝命しております……此度の一件は護衛役足る某の管理不行き届きによるもの。伏してお詫び致します」
我ながら声が震えていると思う。
それはそうだ。
上杉家の上屋敷から千徳を江戸の城へ連れて行ったのがついひと月前のこと。
この屋敷に彼を迎えにやってきたのが、他でもない自分である。
屋敷の人間は皆自分のことを親の仇のような眼差しで睨みつけていた。
殊更千徳の育て親ーー直江山城守はひどかった。
出立前の勝丸にねちねちと延々嫌味を言い、挙げ句鱗屋敷とかいう自分の江戸屋敷へ呼び、誓詞を出せと言われたほどである。
それはそうだろう。無理もない。
五十になるという当主にようやく出来た一人息子の跡取りだ。大事があったら名家の存亡に関わる事態である。
自分の生き死にはどうでもいいが、自分をここへ推薦してくれた保科の家に障りがあってはいけない。
しかしーー
不意に再び軽い口調が部屋に響いて、勝丸は顔を上げた。
「お前さんは呪詛のまじないを掛けているね?」
「は?」
「我ら、そういうのはわかるんだよ。そいつは呪詛返しのまじないだ。しかも一つじゃないな。二つ、三つ……呪詛返しを一度にそんなにというのはあまり聞かん話だぜ。幽世で会ったときから不思議だった。どういうわけだか、酒の魚にぜひ聞きたいもんだと主上とも話をしたんだ」
景勝へ目をやって、適当に言い逃れることは出来そうもないとわかる。強い眼差しだった。それこそ、何か吸い込まれるような力を感じる。
「……古い馴染みに、飯綱権現のまじないを使う奴がおるのです。手前は護衛役だ……護衛する生徒らに万が一のことがないよう、呪い返しのまじないを掛けています。そいつらの身に大事があればわかるようにしている」
勝丸は聞き手を見せた。不思議な彫り物に縁取られた三本の指の付け根を見て、忠郷も総次郎も目を丸くする。
「……縁のまじないか」
そうです、と返事をしながら勝丸は驚いた。人に見破られるのは初めてである。
「はああ……なるほどねえ。それで生徒の人数分呪詛返しのまじないを掛けている……生徒が怪我でもすりゃあ自分にも傷が出来てそうとわかる……考えたもんだ!」
「なるほど……自分の落ち度で生徒に不幸があっても、自分も被害を被っているなら多少は同情されるし、情状酌量の余地もありそうだね」
(そこまで計算しとらんわい!)
「あんなものは苦しみを共有すれば縁は強くなると信じてる奴が好む、気色の悪いまじないだとばかり思っていたよ。災いを横取りしようって呪いだろ?」
草間一文字が景勝に顔を寄せる。
「……呪詛返しの術なら跳ね返す割合を調節出来るはずだ。被害を分散させるために使うまじないだからな」
忠郷が総次郎に顔を寄せて小声で言った。
(挨拶くらいはしたことがあるけど……あんなに喋るところは初めて見るわ)




