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67・保科勝丸、千徳の実家に謝罪に行くこと《参》

「へーえ……なるほどね。問答無用で連れてきた客人相手にずいぶん手荒なこった……これが上杉のやり方かい」


「そりゃあお互い様ってもんだ。一人息子を一人で江戸のお城へ向かわせたら、たった一月で鬼に食われそうになってる……これが徳川という天下人のやり方なわけ?」


 勝丸はぐうの音も出なかった。およそ自分も想定していた問答ではあるが、まさか保護者に会うよりも先にこれを言われるとは思わなかった。


「徳川のせいだとお前さんたちは仰るか? こいつは俺たちも想定外の事件さな。誰かのせいと言うなら、そいつはあの鬼が生まれた元凶のブツこそがそうだろうよ」


 すると水神切り兼光がもう一つ、別の紙切れを懐から取り出した。


「な、何よ……それ」


 水神切りは勝丸を見てニヤリと笑った。


「お城の中で何があったかはさておき……お忘れになってはいないでしょうねえ? 若さまに万が一ということがあったら、あなたは腹をお召にならないといけないんですよ? あなたは僕の主人とそう誓詞を交わして、若さまをあすこへ連れて行きなすったんだから」


「な、何なのよ……一体どういうことよ?」


 忠郷が勝丸の顔を覗き込む。

 その表情がこれまで見たことがないほどに暗いもので、総次郎も事態の深刻さを感じた。


「まあ……その通りのことさな。お前さんらにはおよそ関係のねえことだよ。面倒な生徒の保護者がやいのやいの騒ぎ立てる……よくあることだ」


「あなたより永く生きた経験から申し上げますと……容易に血判なんか押して誓詞なんて交わさない方がいいですよ。人間てのはすぐに約束を破るけど、本来約束や契約というのは呪詛のことであって、必ず履行されます。あなたも呪詛のまじないをお使いになるなら、覚えておいた方がいいですね。それに、約束を破る男はおなごにも嫌われます」


「じゅそ?」


 すると部屋の戸が開いて人が一人入ってきた。じっと見つめて今度はそれが人間だとわかる。


 しかし、人の目を惹く存在である。

 それは勝丸が見たこともない程に綺麗な、整った顔をした人間だった。とても男には思えない。


「――どうぞ、お会いになります」


「具合は大丈夫なの?」


「我慢強いので大丈夫そうには見えますが……傷は酷いものですよ。見ているこちらが辛くって涙が出そう」


「そうだろうね。直江の奴もあれを見た途端、卒倒して鱗屋敷で臥せっちまったよ。ほんと、あいつは主上がいないとてんで駄目なんだからさあ……」


 聞き耳を立てていた総次郎と忠郷に水神切り兼光が


「あれは二代目さまの近習ですね。一人で身の回りの世話をしておるのです。うちのご当主に会う時はあれがぜんぶ執り成しをするんですよ」


 と説明をした。


 美しい近習が隣の部屋へ声を掛ける。


 返事は何もない。


 しかし彼は音もなく戸を開けて、勝丸ら三人を促した。


 部屋には既に灯りが入っていた。ぼんやりとした人影と、質感を伴う人の姿が在る。


 長い刀を置いた床の間を背後に、千徳の父親ーー上杉景勝が座っていた。膝の上に火車を乗せて毛並みを撫でている。


「ささ、どうぞお客人方。本来ならこちらからお城に出向くところを、わざわざ手荒に呼び立ててしまって申し訳なかった。なにせ気が短いもんだからね。こういうのは思い立ったらすぐやっちまわないとすまない性分なんだ、俺が」


 勝丸は思い出した。声の調子が軽いーーこいつも付喪神である。夢の中で宴会場にいた付喪神たちに号令を掛けていた。


「あの付喪神……夢の中にもいたわ」


 勝丸の背後に隠れるように座っていた忠郷が小声で総次郎に言った。総次郎も頷いて言う。


「ああ。たぶん、後ろの……あれだろ。床の間に置いてある刀……」


 けれども二人は千徳の父親へと視線を移して驚いた。 

 思わず声を上げそうになって、忠郷は口元を抑える。総次郎はすぐに目を反らして、しかし我が目に映った光景を疑った。


(これは……一体……どうしたことなの?)


 忠郷はこんな人間はみたことがない。

 総次郎も初めて見る。


 見間違いなどではない。


 暗さのせいではないーー千徳の父親は顔が半分黒く変色していた。


 黒くただれたような酷い火傷のような状態が片方の瞼さえ覆い尽くしている。

 彼のすぐ隣には桶が置かれ、水と手ぬぐいが入っていた。

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