39・若さま二人、早口な客間用人頭を買収するのこと 《弐》
総次郎が投げた銀の粒で買収された客間用人頭は、益々調子良く喋り出したよ。客間係の頭がこんな調子で学寮は大丈夫なんだろうか……。
「フランシスコ殿の兄貴が藤や梅の寮の生徒と面会しに来たんだろ?」
「そうです。帳簿を見れば全部記してあるんですが……生憎と今貸し出しちまってるからねえ」
僕には思い当たる節があるよーー長真が見ていたあの分厚い書物のようなもの!
「ああ、なるほど……今は義真が持ってるんだ……さっき客間でそれを見たよ」
「この馬鹿!! それがありゃあ一発で解決したじゃねえか!」
総次郎が非難めいた声を上げる。客間係を指しているのは、銀の粒を支払ったことが惜しいんだろう。
「まあまあ、そう騒ぎなさんなよ御曹司様方。俺も貰えるものが貰えるなら少しばかりお喋りをしたって構いませんからね」
「そんなことをしていいの? あなたは大丈夫なの?」
「いいわけないでしょうよ。だから方々には黙っててもらわねえと困ります」
僕はしばらく考えてから頷いたよ。
客間係を買収したのは総次郎だし、彼も自らの危険を承知で喋るというのだから……僕としたら別に問題はないかもしれない。無理矢理口を割らせたわけでもないんだし。
「フランシスコ殿の兄上様は梅と藤の寮に面会に来たんだ……当然蟹の寮にも面会を申し入れていますよ。ところが、そいつは本人らの希望で延ばし延ばしにされていた。理由はわかりませんがね」
「蟹の寮の生徒たちが面会を断ったってことか」
「そうらしいですね。まあ……同寮の生徒が突然死んだと聞かされて、その身内が突然自分らに会いたいとやって来たんだ。動揺していなすったんだろ。南の御殿の生徒らは全員そんな風だったらしいですよ。どいつもこいつもフランシスコをいじめてたもんだから、兄貴にその責めを受けるとでも思ったんだろ」
一体何がそんなに楽しいのかーー客間用人頭の新井新五郎は、にやにやしながら僕らにそう言った。彼は恐ろしく早口だ。得意げに言葉を続けたよ。
「南の御殿の生徒らは、藤も、梅も、寮の全員が一度に呼び出されてフランシスコの兄貴と面会していたね。だからその時控えの間に待機していた客間係は大変だったと零していましたよ。何せ控えの間に就いたら客間の会話は全部聞いていなけりゃならないんだ。お客人が帰った後でそいつを記録して残しておくのが学寮の決まり。藤の寮は四人も生徒がいるし、梅の寮も三人いる。そいつらが代わる代わるお客人と会話をするってんだから、そりゃあ難儀したに違いねえのさ」
「どんなことを話していたの?」
「主には学寮での弟の暮らしぶりを尋ねてきなすったらしいね。どんな風だったのかとか、何をしていたか……とか。梅の寮の生徒も藤の寮の生徒もフランシスコのことはキリシタンだからってんでやいのやいのイジメていたもんだから、とにかくそれを一方的に非難したんだ。特に藤の寮の生徒は強い調子でフランシスコの兄上様まで責めたらしいですよ。つまり、弟があんな風にキリシタンなのはお前にも原因の一端があるじゃろうとね」
「藤の寮の儂らが一体なんだって!?」
不意に背後から声が聞こえて僕も総次郎も振り返った。
そこには四人の生徒がいたよ。
前に三人、背後に大柄な身体の生徒が一人いて、僕らをじっと見つめている……この間僕が声を掛けた市の兄上ーー鍋島元茂だ!
一番中央にいる生徒は両腕を組んでこちらをじっと僕らを睨み付けている。
「ええっと……何かご用ですか?」
「ふざけたこと抜かしよんな! お前らが南の御殿の連中にいらんことさしとるっちゅう北の御殿の生徒じゃろ!?」
腕組みをして僕らを睨み付けている生徒の右脇の生徒がそう叫んで僕を指した。そうして次に口を開いたのは左脇に立っている生徒だ。
「お前らが蟹や梅の寮の生徒らに勝手なことをしとること、ぬしさまが気付いとらんとでも思うたかよ!」
「ぬし?」
僕がそう繰り返すと、中央で偉そうにしている彼の両脇の生徒が勢いよく彼を指した。
「忠長様は福岡藩四十七万石を治める黒田家の跡取り! 大御所様の姪の母上様を持つ、南の御殿のぬしさまじゃぞ!!」
「そうじゃそうじゃ! 伏してご挨拶せんかい、お前ら!」
「黒田……忠長さま? 南の御殿のぬし?」
僕と総次郎は顔を見合わせた。客間係の新五郎だけが「こらあ……どうも、ぬしさま」と頭を下げた。
「俺の許可も得ず、ずいぶん勝手なことをしとるじゃねえか」
「じゃあ、俺はこのへんで仕事に戻りますんで」
場の空気の悪さを察知したのだろう。新五郎が退散するとわかって、僕は咄嗟に彼の腕を掴んだ。
「ええ!? ちょ、ちょっと待って……」
「待つのはお前じゃど阿呆! 儂らお前らに用があるんじゃとさっきから言っとろうが!」
「ええ? だって僕たち、今ちょっと立て込んでいるというか……すごく忙しいので、何の用事かわかりませんけど出来れば後にしてほしいんですけど」
すると南の御殿の生徒らは目をむいて喚き散らした。
「南の御殿のぬしさまがわざわざ出向いとるんじゃぞ!」
「それなのにお前……なんじゃその態度は!」
元茂だけが一人くたびれたような表情でじっと黙って立っている。彼は無言のまま何も言わない。
すると、小さく腕を引っ張られる感覚があって僕は顔を上げた。新五郎が小声で僕と総次郎に言う。
「フランシスコの兄上は蟹の寮の生徒に何度も面会を申し入れてる。近い内に折れて面会に応じるよ。まだ領国には戻っていないらしいし、江戸へやってきなすった大御所さまのご家来に呼び出されているのさ。それと……」
「それと?」
「死んだフランシスコ殿には定期的に会いに来る御仁がいましたよ」
僕と総次郎は顔を見合わせた。新五郎が得意げに笑う。
「いつも彼の母親の名前で面会を入れていたが……実際に母親がここへ来たことはただの一度もないね。いつも理由は同じーー具合が優れなくなったから。代わりに使いのじいさまが一人、母親からの文を持参して客間で面会していた。面会時間はほんの僅かさ。母親からの文を渡すだけのほんの数分」
新五郎の話を忘れないように、聞き漏らさないようにと僕はしっかり彼の唇を凝視していた。
「母親? フランシスコの母親か」
新五郎は頷いた。僕も総次郎に頷いたよ。彼の母親はフランシスコ同様に彼の兄に殺されたはずだった。
「控えの間に待機していた者の話じゃあ、そのじいさまのお使いはフランシスコ殿からは《べんとう》なんておかしな名で呼ばれていたんだそうだ」
「弁当!? それって……名前なの? べんとう!?」
すると、新五郎は指で宙に十字を切った。
「キリシタンですよ。十字の飾りの付いたものを首から下げているのを、客間へ案内したうちの人間がちらりと見たことがあると言っていた。受け取った文をその生徒は一体どうしただろうなあ……部屋を探せばそいつが持参した文が見つかるかもしれんねえ?」
早口で駆け抜けるようにそう言うと、新五郎は手に入れた銀の粒をひょいと放り上げながら、
「いやあ、金になるもんだねえ……タダで口を割らず、黙ってて良かったですよ。御用があればまたどうぞ」
とーーものすごい言葉を残してさっさと廊下を歩いて行ってしまったよ。
「べんとう、だって……べんとう……本当に名前かな?」
「……キリシタンならわからんぜ。連中が貰い受ける名前なんて俺達には意味なんかわかりゃしねえんだ」
べんとう……ベントー? まったくわけがわからない。
「だけど、いい手がかりを見つけたよ! ほら、早速蟹の寮の部屋へ……」
僕はそう言い掛けた時、それを許さない連中が怖い顔で僕と総次郎とを取り囲んだ。
忘れてた……南の御殿の藤の寮の生徒たちだ。




