37・わかさま、情報収集するのこと《弐》
「それより総次郎? 僕、すごい情報を手に入れたんだよ」
その言葉に反応してか総次郎がこちらに目をやったので、僕は足を止めて小声で彼に囁いた。彼もまた周囲を伺い、顔を寄せる。
「死んだフランシスコの兄上って、フランシスコが死んだ後に何度も学寮へ来てるんだって。南の御殿の生徒たちと面会までしていたらしいよ」
「フランシスコに面会じゃなくて……他の生徒に? 何のためにそんなことを?」
「なんか……死んだ弟が学寮でどんな風だったのかとか聞きたいって、学寮の上役たちに頼み込んだらしいよ。フランシスコの兄上は大御所さまにも信頼されているお人らしいから、それできっと学寮の上役たちも許可を出したんだ」
総次郎はどこか遠くを見つめていたけれど、「なるほどな」と呟いて頷いていた。
「……学寮の上役どもは全員大御所様のご家来だ。それで融通が利くのか……」
僕も強く頷いた。長員と義真を目の当たりにして僕もそれを実感したよ。
学寮内でちっとも自由が利かずろくに情報も集まらない長員と、学寮内で好きに調べ物を許されて、おまけに資料まで貸し出されている義真。想像以上に両者の派閥は根深い問題なのかもしれない。
「それに、フランシスコの実家が起こしたっていう事件のことも聞いたんだよ。禁教令が出される原因になったっていう事件のこと!」
「ああ……マカオの船が沈められたってやつか?」
「なんだ、総次郎も知ってたの?」
僕がそう尋ねると、総次郎は不機嫌そうに顔を歪めて
「……うちの親父もあちらこちらから情報を仕入れているからな。南蛮の国には興味があるし、南蛮人が関わってる事件のことなら知らねえはずもねえから聞いてみたんだよ」
と、言った。
「それよりも、フランシスコだ。あいつ……屋敷で自害したなんてとんでもねえぜ。実の兄貴に殺されたんだ!」
総次郎がいよいよ小声で言った。僕も頷いたよ。
「さっき……義真から僕も聞いたよ」
総次郎は少しだけ落胆したような表情をしたけれど、すぐに言葉を続けた。
「あいつの兄貴が実の弟二人と弟の母親をぶっ殺したんだって……親父の奴はそう言ってた。親父が江戸へ来たのは将軍様からの急な呼び出しを受けたかららしい。どうせお前の親父も同じだろうぜ。将軍様が諸大名らを江戸の城へ集めて、死んだそいつらの首を見せた……警告だよ。キリシタンは許されないってな」
「く、首を……」
「ああ。フランシスコの兄貴は日野江藩の藩主をやってて、要するに大御所様には信頼されてんだ。耶蘇教が禁教になったのに、弟やその母親らが熱心な信者なもんだからずっと改宗させようとしてたらしい。それが上手くいかないもんだから、早まってぶっ殺しちまったんだと。そんな人間が……南の御殿の他の生徒に会いに来る理由って一体なんなんだ?」
「さあ……義真が学寮の人達から話を聞いた限りじゃあ、弟が学寮でどんな風に過ごしていたのか知りたいからって面会を希望していたらしいけど……」
それはつまり、裏を返せばフランシスコが学寮でもキリシタンとして過ごしていたのかどうか確認するためだったのかもしれない。
学寮では自由に出来て嬉しかったと笑っていた彼の顔が思い起こされて、なんだか僕はやりきれなくなった。
「フランシスコと同じ寮のあいつらだってろくでもねえぞ。親父の話じゃあ、寺沢や毛利なんて自分の身内にキリシタンがいる。フランシスコのことなんざ非難出来るような立場じゃねえじゃねえか」
「ええ!? そ、そうなの?」
総次郎は羽織の袂から紙切れを取り出して僕に見せた。そこには南の御殿の生徒の名前が書いてあったよ。
「ああ。鍋島って奴はともかく、寺沢や毛利なんて藩主をしてる自分の親父が揃ってキリシタンだったらしい。今じゃどちらも棄教したらしいが……どこまで本当かなんてわかりゃしねえぜ。とにかくキリシタンってのは信仰心が強いんだからな」
紙に記された名前を見つめていたら、僕の脳裏に不安そうな蟹の寮の三名の面影が浮かんで来た。どこか迷いのある悲しげな瞳で僕らを見つめる彼らの表情は、僕らに何かを訴えているようにも感じられたよ。
「彼らが例の噂を流したって言ってたよね? フランシスコは自害したんだ、って……どうしてそんなことをしたんだろう……」
フランシスコは信仰が元で実の兄に殺されたのだーー蟹の寮の三人はそれを知っているんだろうか。
「こいつは……蟹の寮だけじゃなく、他にもまだ話を聞かなきゃならねえ奴らがいるな……」
僕と総次郎は頷いて、来た道を引き返した。
僕らはそれぞれ同じことを考えていたよ。
そうーーフランシスコの兄上だって学寮に面会にやって来ていたのだ。客間係にはもっとちゃんと話を聞いてみる必要がある。




