8話『ある特別な依頼』
ここから第2章の開幕です! 念願のベッドで熟睡し、すっきりと目覚めたハヤテ。さっそく異世界での生活基盤を整えようと動き出しますが、やはり何をするにも「お金」が必要なわけで……。そんな金欠気味のハヤテの元に、ミーシャさんからとんでもない依頼が舞い込みます!
異世界転生三日目の朝。
清潔なベッドから起き上がった俺は、最高の気分で宿屋を後にした。
昨日手に入れたのは、大金である銀貨5枚。
俺はこれを使って、まずは「人間らしい生活」の基盤を完璧に整えることにした。
仕立て屋に寄ってボロボロだった服を丈夫で動きやすい装備へと新調し、靴を買い替え、歯ブラシ代わりの道具や石鹸、ちょっとした日用品を買い揃える。らに宿屋の連泊手続きをして、数日分の部屋代を前払いした。
結果。
「……嘘だろ。もうこれしか残ってないのかよ……」
冒険者ギルドへ向かう道中、財布の中身を確認した俺は絶望した。
手元に残ったのは、寂しげに転がる数枚の銅貨のみ。
(おいおい、この中世ヨーロッパ風の異世界、思った以上に物価が高い……!)
歩きながら、俺は冷や汗をかいた。図書館の本で予習はしていたが、実際に買い物をして身に染みた。この世界は現代日本と違って工場による大量生産なんて存在しない、ゴリゴリの中世ヨーロッパの社会だ。
職人が一つ一つ手作りする品物や衣服、頑丈な革靴はそれだけで大金が飛ぶ。
さらに、石鹸などの衛生用品や日用品にいたっては、この時代では一種の高級品扱いだ。まともな宿の宿泊費も含め、文明的できれいな生活水準を維持しようとすると、お金が恐ろしい勢いで跳んでいく仕組みになっていたのだ。
(異世界の初期費用を完全にナメていた。服や宿代、生活必需品をゼロから一気に揃えたら、銀貨5枚なんて一瞬で消し飛ぶわけだ……)
またあのスッカラカンの状態に逆戻りか…あああ…
(今日もせっせと草原で薬草むしりでもするか? いや、前世のラノベの知識だと、こういう金欠でピンチの時に限ってギルドからどでかい依頼が舞い込んできたりするものだけどな……まあ、現実はそんな都合よくフラグなんて立たないか)
そんなことを考えながらギルドの扉をくぐると、受付カウンターの奥からミーシャさんがぶんぶんと激しく俺に手を振っていた。
「ハヤテさん! お待ちしていました! ちょうどあなたに、確認してほしい特別な依頼があるんです!」
「俺に、特別な依頼?」
(……待て、まさか本当にデカい依頼が?)
カウンターへ近づくと、ミーシャさんは周囲を気にするように少し声を潜め、一枚の紙を取り出した。そこには、勇ましい紋章とともにターゲットの手配書のようなものが描かれている。
「はい。実は、街の近くの旧鉱山跡に、魔王軍の残党が潜伏しているという情報が入りまして……。その指揮を執っているのが、魔王軍四天王の一人、バトラスの配下である『ヒュール』という魔物なんです。四天王直属の配下は世界に全部で16体いると言われていて、どれも町や国の平和を脅かすレベルの精鋭幹部なのですが……」
「……は?」
俺は思わず、驚きの声を上げてしまった。
(おいおいおい! ラノベのフラグ回収が早すぎるだろ!! デカい依頼って言っても、限度ってものがあるぞ!? しかも全部で16体しかいない、ヤバい幹部連中の一体じゃねえか!)
「ギルドとしては、昨日のあなたの実力(ボーンウルフ瞬殺)を見て、ぜひこのヒュールの討伐をハヤテさんに依頼したいな、と!」
「いやいやいや、ちょっと待ってくれミーシャさん」
俺は慌てて両手を振って拒絶した。
(何を言い出すんだこの受付嬢は!? 魔王軍四天王の配下ぁ!?)
俺の最終目標が魔王討伐なのは間違いない。だけど、それはあくまで「いつか」の話だ。
昨日の今日で、やっと4つの『初級魔法』を覚えたばかりの、自称・全属性マスター(ひよっこ)だぞ?
RPGで言えば、まだ最初の街の周辺でレベル上げを始めたばかりの段階だ。いくらなんでも16体の一角を担う四天王のガチ配下と戦うなんて、まだ早すぎる。命がいくつあっても足りない。
「無理無理、まだ早いです。俺はただの新人ですよ? 他の高ランクの冒険者に頼んでください」
「そこをなんとかお願いできませんか……!? 実はこれ、このシルバアインが属する『カスティリア王国』から直々にギルドへ降りてきた最重要依頼なんです!国の威信がかかっているため他都市の腕利きにも声をかけているのですが、遠征中などの理由で誰も捕まらなくて……」
ミーシャさんはすがるような目で俺を見つめ、言葉を続けた。
「ですが、ハヤテさんお一人だけではありません! 今回はギルド側で、もう一人同行者を手配しています。ハヤテさんと同じレベルの、凄腕の新人女騎士さんです!」
「俺と同じレベルの、女騎士……?」
その言葉に俺が首を傾げた瞬間、背後から重みのある金属音が響いた。
「――待たせたな、ギルド職員。私が今回の依頼に同行する騎士、エレノアだ」
振り返ると、そこには凛とした佇まいの美少女が立っていた。
美しい銀髪をポニーテールにまとめ、白銀の鎧に身を包んだ彼女は、腰に立派な大剣を差している。
整った顔立ちは息を呑むほど綺麗だったが、その表情は徹底的に冷たく、不愛想そのものだった。
歓迎する気など微塵もないといった鋭い眼光で、俺をジロリと観察するように睨みつけてくる。
(なるほど、俺と同じレベルってのはそういう意味か。愛想は最悪だけど、顔はめちゃくちゃ綺麗だな……)
そこで俺の脳裏に、この世界で一刻も早く再会したいと願っている最愛の少女――ユイの顔がふと浮かんだ。
俺は無意識のうちに、目の前で冷たいオーラを放つエレノアと、記憶の中にあるユイの容姿を頭の中で並べて比較していた。
(……うわ、断定しづらい、ユイは可憐で保護欲をそそる可愛さだけど、このエレノアは凛とした氷の美形って感じだ。
ジャンルは完全に真逆だけど、純粋な顔面の完成度だけで言ったら……ぶっちゃけどっちも同じくらい超絶美少女だわ。異世界のポテンシャル、高すぎだろ)
心の中でそんな冷静な分析をしながらも、前衛・後衛としてのパーティーのバランス自体は悪くないなと思い直す。
それでも、相手は四天王の配下だ。まだリスクが高すぎる。俺が再び断ろうと口を開きかけた、その時。
「ハヤテさん、どうかお願いします……! この依頼、成功すれば報酬として『金貨1枚』が国から直接支払われるんですよ?」
ピクッ、と俺の身体が完全に硬直した。
「……いま、なんつった? カスティリア王国から、金貨、何枚?」
「え? ですから、報酬は金貨1枚です。王宮からの直々の依頼なので、これでもかなり破格の条件でして……」
カスティリア王国直々の依頼、そして金貨、1枚……!!
それは、中世の物価の高さに殴られ、さっき財布がすっからかんになったばかりの今の俺にとって、一撃必殺の破壊力を持つワードだった。
金貨1枚。この世界のレートでは、銀貨50枚分に相当する超高額紙幣……ならぬ、超高額硬貨だ。
初クエスト(銀貨5枚)の実に10倍。これだけあれば、中世のクソ高い物価なんて気にする必要すらなくなる。一般の平民が一生のうちに数回拝めるかどうかという本物の「ゴールド硬貨」だ。
(これ一枚で小さな家が買えるレベルだし、冒険者という超絶金のかかる仕事でも当分金の心配はせずにすむ!)
そんな大金が、いま目の前にぶら下がっている。
(……いや、待て落ち着け。相手は四天王の配下、全世界にわずか16体しかいない精鋭の一角。国が金貨を出すレベルのヤバい奴だ。だけど、隣にいるこの不愛想な女騎士の剣技と、俺の『魔法の設計図』による無詠唱魔法を組み合わせれば……いける、か?)
脳内の計算盤が、高速で弾き出される。
リスクとリターン。環境分析。そして、何より現在の圧倒的な金欠と、金貨の輝き。
結論は、一瞬で出た。
「……まあ、カスティリア王国直々の依頼で、ギルドの看板娘にそこまで頼まれちゃあ、男として断るわけにはいかないな。よろしくな、エレノア」
俺はさも「仕方のない善良な冒険者」という雰囲気を醸し出し、その依頼書をガシッと掴み取った。もちろん、頭の中は金貨1枚の輝きでいっぱいだったが、そこは徹底的な演技で覆い隠す。
「ふん、足だけは引っ張るなよ、魔法使い」
エレノアはやはり不愛想な態度を崩さず、ツンとした声を鼻で鳴らして俺を権勢してきた。
が、その青い瞳には強い闘志が宿っている。
(ユイと同じくらい可愛いんだ、このツンツン女騎士も、いつか俺の魅力でデレさせてハーレムに引き込んでやりてえな……)
そんな男としての真っ当な(?)野望を胸の内で燃やしていると、ミーシャさんが嬉しそうに声を弾ませた。
「 ありがとうございます、ハヤテさん、エレノアさん!それでは、お気をつけて!」
ギルドの看板娘に見送られながら、俺たちは扉を押し開けた。
(よし、そうと決まればさっそく準備だ。16体のうちの1体か……魔王軍の配下とやら、俺の今後の生活基盤の肥やしになってもらうぞ……!)
こうして、国家規模のクエストの破格な「金貨1枚」の誘惑にまんまと釣られた俺と、同じく規格外に不愛想な新人女騎士エレノアによる、初めての本格的な魔物討伐クエストが始まったのだった。
第8話いかがでしたでしょうか!全世界に16体しかいない四天王バトラスの配下という強敵ですが、カスティリア王国からの「金貨1枚」という圧倒的な大金にハヤテは負けてしまいました。
次回第9話、ハヤテとエレノアは旧鉱山跡へと向かいます。そしてその旧鉱山跡はすでにダンジョンとなっていて……….二人はどんな戦いを見せるのか!? ハヤテとエレノアの剣技のコンビネーション、そして不愛想な彼女の反応をお楽しみに!




