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同接一万でダンジョンが確定する世界で、炎上した元トップ配信者が観測を操る  作者: 海狼ゆうき
観測の暴走

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配信者の答え

 空洞は静かだった。


 さっきまで響いていた竜の咆哮は消え、

 残っているのは水滴の音だけだ。


 ポタ……

 ポタ……


 天井の岩の隙間から落ちた水が、

 床の石を叩いている。


 その音がやけに大きく聞こえる。


 俺は石の椅子の前に立っていた。


 手は、肘掛けに触れている。


 冷たい。


 古い石だ。


 長い年月をここで過ごしてきた石。


 削り跡がある。


 誰かが作った。


 誰かが座った。


 そして、誰かが去った。


 俺の視界の端で、数字が光っている。


 視聴者数 412,000


 チャットはゆっくり流れている。


〈座るの?〉

〈どうする〉

〈主人公の選択〉


 俺は画面を見た。


 コメント。


 この配信を見ている人間。


 四十二万人。


 知らない顔だ。


 どこに住んでいるのかも知らない。


 年齢も。


 名前も。


 ただ。


 観ている。


 それだけだ。


 影の俺が言った。


「決めろ」


 声は静かだった。


 急かすような響きはない。


 ただ事実を置く声。


「椅子に座れば」


「世界はお前の配信になる」


 俺は椅子を見た。


 背もたれ。


 肘掛け。


 座面。


 普通の椅子と変わらない。


 だが。


 ここに座れば。


 俺は。


 世界の配信者になる。


 影の俺が続けた。


「災害」


「戦争」


「発見」


「恋」


「奇跡」


「全部」


「お前が見せる」


 チャットがざわつく。


〈神の椅子〉

〈世界配信〉


 俺は小さく笑った。


「責任重すぎだろ」


 影の俺も笑う。


「人気職だぞ」


 そして少し間を置いて言った。


「同接は」


「人類全員」


 俺は息を吐いた。


 同接。


 配信者にとって一番甘い数字。


 俺も追いかけてきた。


 一万。


 五万。


 十万。


 百万人。


 それが配信者の夢だ。


 数字が大きくなるほど。


 自分が大きくなった気がする。


 世界の中心にいる気がする。


 だが。


 俺は知っている。


 その裏側を。


 炎上。


 事故。


 そして。


 死。


 胸の奥が少しだけ重くなる。


 あの日のニュースが浮かぶ。


 配信を真似した視聴者。


 ダンジョンに入って。


 帰らなかった。


 影の俺が言った。


「気にしてるのか」


 俺は答える。


「少し」


 影の俺は肩をすくめた。


「配信はそういうもんだ」


「誰かが観て」


「誰かが真似する」


「それで世界が動く」


 沈黙。


 俺はチャットを見る。


 コメントが流れている。


〈座れ〉

〈座ってほしい〉

〈世界配信みたい〉


 軽い。


 とても軽い。


 四十二万人。


 それぞれの人生があるはずなのに。


 この瞬間。


 ただのコメントだ。


 文字。


 流れるだけの文字。


 俺はふと思った。


 もし。


 この椅子に座れば。


 俺は。


 この四十二万人を。


 もっと増やす。


 百万。


 一千万。


 十億。


 人類全部。


 世界最大の配信。


 それはきっと。


 面白い。


 すごく。


 とても。


 ……でも。


 俺はゆっくり口を開いた。


「質問」


 影の俺が顔を上げる。


「なんだ」


 俺は椅子を指した。


「これ」


「なんで空席なんだ」


 影の俺は少しだけ黙った。


 そして。


 答えた。


「壊れた」


 俺は眉をひそめる。


「椅子が?」


 影の俺は首を振る。


「配信者が」


 沈黙。


 影の俺は静かに続ける。


「人類全部を観ると」


「頭がおかしくなる」


 チャットが止まる。


 影の俺は言った。


「戦争」


「殺人」


「事故」


「飢え」


「毎秒」


「どこかで起きてる」


 俺は黙って聞く。


 影の俺は続けた。


「それを全部観る」


「全部演出する」


「全部数字にする」


「人間には重すぎる」


 空洞が静まり返る。


 水滴の音だけが響く。


 ポタ……


 俺は椅子を見た。


 石の椅子。


 ただの石。


 でも。


 ここに座れば。


 俺は。


 世界を配信する。


 俺はゆっくり手を離した。


 椅子から。


 一歩。


 後ろに下がる。


 チャットが爆発した。


〈え〉

〈座らない?〉

〈マジ?〉


 影の俺が目を細める。


「……そうか」


 俺は言った。


「配信は好きだ」


「面白い」


「最高だ」


「でも」


 俺は空洞を見上げる。


 暗い天井。


 水滴。


 冷たい空気。


 そして言った。


「世界は」


「コンテンツじゃない」


 チャットが止まる。


 完全な沈黙。


 影の俺が笑った。


「……つまらない答えだな」


 俺も笑う。


「そうかもな」


 影の俺は椅子を見る。


 少しだけ寂しそうに。


 そして言った。


「じゃあ」


「配信は終わりだ」


 その瞬間。


 空中に文字が浮かぶ。


【観測終了】


 視聴者数が揺れる。


 412,000


 そして。


 急速に減り始めた。


 399,000

 372,000

 310,000


 チャットが流れる。


〈終わる?〉

〈マジか〉

〈神回だった〉


 俺はカメラを見る。


 最後に。


 言った。


「配信」


「ここまで」


 そして。


 手を伸ばす。


 カメラに。


 画面が揺れる。


 チャットが流れる。


〈ありがとう〉

〈また配信して〉


 俺は小さく笑った。


 そして。


 配信を切った。


 画面が暗くなる。


 空洞に静けさが戻る。


 本当の静けさ。


 誰も観ていない世界。


 影の俺が言った。


「終わりか」


 俺は頷く。


「終わりだ」


 その瞬間。


 空洞が揺れた。


 小さく。


 ほんの少し。


 まるで。


 世界が。


 一度。


 息を吐いたように。


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