観測の王座
竜の体が崩れていく。
黒い粒子。
砂のように空中へ溶ける。
空洞の天井へ吸い込まれていく。
さっきまで響いていた咆哮が、嘘のように消えた。
残ったのは。
静けさ。
そして。
石の椅子。
視聴者数。
412,000
チャットはまだ流れている。
〈神回〉
〈ラスボス倒した〉
〈座るの?〉
俺は椅子を見ている。
ただの石。
古い。
削り出された跡。
背もたれ。
肘掛け。
人間のための形だ。
だが。
空気が違う。
ここだけ重い。
影の俺が、隣に立つ。
もう戦う気配はない。
静かな声で言った。
「それが」
「王座だ」
俺は聞く。
「王?」
影の俺は首を振る。
「違う」
「配信者」
沈黙。
チャットがゆっくり流れる。
〈どういうこと〉
〈説明回〉
影の俺は椅子を見つめる。
「世界ってのはな」
「観測で固まる」
俺は小さく笑った。
「量子力学か」
影の俺は肩をすくめる。
「そういう理屈もある」
「だが」
「ここはもっと単純だ」
指を上に向ける。
空中。
視聴者数が光る。
412,000
影の俺が言う。
「観てる奴が多いほど」
「現実は強くなる」
俺は椅子を見る。
「それを操作できる?」
影の俺は頷いた。
「座ればな」
「お前が」
「世界の配信者になる」
チャットがざわつく。
〈世界配信?〉
〈神?〉
影の俺は笑う。
「神じゃない」
「演出家だ」
空洞がわずかに震える。
まるで。
巨大な舞台のように。
影の俺は続ける。
「災害」
「事件」
「戦争」
「奇跡」
「全部」
「見られる形に調整する」
俺は眉をひそめた。
「それが配信?」
影の俺は言う。
「人間は」
「見ないものを信じない」
「だから」
「世界は」
「見せる必要がある」
チャットが止まる。
重い空気。
俺は言った。
「つまり」
「俺が世界を盛り上げる?」
影の俺が笑った。
「言い方は軽いが」
「そういうことだ」
「人類史」
「全部」
「コンテンツ」
俺は黙る。
頭の中に。
過去の配信が浮かぶ。
ダンジョン。
事故。
死。
炎上。
数字。
コメント。
「……」
俺は言う。
「視聴者が死んだ」
影の俺は頷く。
「知ってる」
「ニュースになった」
胸が少し重くなる。
俺は言う。
「俺のせいだ」
影の俺は首を振った。
「違う」
「配信のせいだ」
沈黙。
影の俺は続ける。
「人間は」
「危険を観たい」
「悲劇を観たい」
「奇跡を観たい」
「だから」
「配信が生まれた」
俺は椅子を見つめる。
石の表面。
古い傷。
長い年月。
影の俺が言った。
「歴代の配信者」
「何人かここに座った」
俺は聞く。
「今は?」
影の俺が答える。
「空席」
チャットがざわつく。
〈マジか〉
〈世界空席?〉
影の俺は笑う。
「だから」
「最近世界が荒れてる」
「演出不足」
俺は苦笑した。
「世界情勢の理由それ?」
影の俺は真顔で言う。
「わりと」
沈黙。
空洞が静かだ。
遠くで水滴が落ちる音。
俺は聞く。
「座ったら」
「俺はどうなる」
影の俺は答える。
「降りられない」
「一生」
「ここで配信する」
俺は眉をひそめる。
「ここで?」
影の俺が頷く。
「肉体はな」
「意識は」
「世界中」
「全部のカメラ」
「全部の視点」
「全部の事件」
チャットが震える。
〈やばい役職〉
〈神じゃん〉
影の俺は小さく笑った。
「人気出るぞ」
「同接」
「桁違いだ」
空中の数字が光る。
412,000
影の俺が言う。
「座った瞬間」
「億いく」
俺は息を吐いた。
静かに。
椅子へ手を伸ばす。
石の冷たい感触。
その瞬間。
空中の文字が浮かぶ。
【最終確認】
観測を支配しますか?
チャットが止まる。
完全な沈黙。
影の俺が言う。
「配信者」
「決めろ」
俺は。
椅子を見つめる。
長く。
長く。
そして。
口を開いた




