止まった時間
死亡症例は二件。
どちらも公式発表では「術中合併症」。
製品名は出ていない。
だが内部ログには、共通点があった。
回転遅延 0.8秒。
---
接触
匿名告発者から、暗号化されたデータが届く。
《症例A:男性 72歳
CABG(冠動脈バイパス術)
術中血圧低下 → RX9起動
回転安定まで0.8秒遅延》
さらに。
《術後 心停止
死亡確認》
七瀬は画面を閉じる。
重い。
数字ではない。
人だ。
零が低く言う。
「遺族、接触するのか」
「慎重に」
国家の男も同席する。
「感情を利用する構図にしてはいけない」
「分かってる」
---
遺族
地方都市。
静かな住宅街。
症例Aの遺族宅。
インターホンを押す前、七瀬は手を止める。
零が横で言う。
「無理なら俺が話す」
「いや」
深呼吸。
チャイム。
出てきたのは、五十代の女性。
妻だ。
七瀬は名乗る。
裁判の件で知っていたらしい。
目に警戒はあるが、拒絶はない。
「主人の件で、何かあるんですか」
居間に通される。
仏壇がある。
写真。
穏やかな笑顔。
---
証言
「手術は成功するって言われてたんです」
静かな声。
「途中で機械を使うって説明はあったけど」
一拍。
「危険があるとは聞いてない」
七瀬は言葉を選ぶ。
「術中ログを確認したいんです」
妻は首を振る。
「全部、病院が管理してます」
「開示請求は?」
「“医療上問題なし”の一点張り」
目が揺れる。
「本当に、機械なんですか?」
その問いが重い。
七瀬は即答しない。
「可能性がある、段階です」
断定しない。
それが今の限界。
---
病院
正式な取材依頼。
回答は早い。
《当院の医療行為に問題はない。個別症例については回答不可》
想定内。
だが次の一文が引っかかる。
《使用機器は適正に作動》
トウマが言う。
「“適正”の定義が曖昧」
七瀬は内部ログを見返す。
回転指示 → 実回転開始。
確かに0.8秒遅い。
だが仕様書にはこうある。
《許容遅延:1.0秒以内》
零が眉をひそめる。
「じゃあ問題ないんじゃ?」
そこが罠だ。
医師の言葉がよみがえる。
“状況次第で致命的”。
---
専門家解析
心臓外科医と、臨床工学技士。
オンライン会議。
データを共有する。
工学技士が言う。
「仕様上は基準内」
七瀬の胸が沈む。
だが医師が続ける。
「問題は、低血圧状態での遅延」
画面にグラフを表示。
「この症例、血圧が危険域に入っている」
ポンプ起動が遅れれば。
脳虚血のリスクが跳ね上がる。
「0.8秒は“安全域”ではない」
一拍。
「ただし、因果関係の断定はできません」
その言葉が現実。
黒ではない。
だが、白でもない。
---
内部メール
告発者から追加資料。
《安全マージン再計算案 却下》
《低血圧時補正プログラム 開発コスト増》
会議メモ。
〈世界展開優先〉
〈現行仕様で問題なし〉
七瀬の背筋が冷える。
前回と似ている。
コスト。
市場。
優先順位。
---
企業の反応
東和メディカル広報。
記者会見を発表。
《当社製品の安全性に問題はありません》
タイミングが早い。
七瀬の予告配信から三日。
零が言う。
「潰しにきた」
記者会見で、こう言った。
「死亡事例との因果関係は確認されていない」
事実だ。
だが、全てではない。
---
遺族、再訪
七瀬は再び妻に会う。
「ログの存在を知っていましたか」
「いいえ」
沈黙。
「もし遅延があったとしたら?」
妻はしばらく何も言わない。
仏壇を見る。
「主人は実験台じゃない」
その一言が刺さる。
「でも、証明できないなら」
目を伏せる。
「どうしようもないんでしょう?」
七瀬は答えられない。
今は、まだ。
---
決断前夜
部屋。
資料が山積み。
零が言う。
「出すなら慎重にだ」
「断定はしない」
「炎上するぞ」
「分かってる」
七瀬はホワイトボードに書く。
・仕様内遅延
・低血圧時リスク増大
・内部で補正案却下
・死亡事例との直接因果は未確定
「これを全部出す」
零がうなずく。
「グレーをグレーのまま出すか」
「それしかない」
---
深夜
七瀬は仏壇の写真を思い出す。
穏やかな笑顔。
0.8秒。
画面では一瞬。
だが、手術室では長い。
自分が間違えれば。
企業は傷つく。
遺族も、また傷つく。
それでも。
「確認する」
小さく呟く。
スマホが震える。
告発者から。
《内部で改良版RX9-IIが開発中》
《遅延補正0.2秒に短縮》
七瀬の目が止まる。
「認めてるってことか」
零が低く言う。
「現行が最適じゃないってな」
空気が変わる。
これはただの事故ではない。
改良前提の“暫定安全”。
七瀬はカメラを見つめる。
まだ配信ボタンは押さない。
だが、指は近い。
---
第七十八話。
告発動画公開。
医療業界の反発。
そして、0.8秒が社会問題へと拡大する。
【第七十七話 終】
--------------------------------




