表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同接一万でダンジョンが確定する世界で、炎上した元トップ配信者が観測を操る  作者: 海狼ゆうき
観測の暴走

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/74

動機

 法廷は、前回とは違う緊張を帯びていた。

 前回は“数字”だった。

 今日は“心”だ。


 七瀬が証言台に立つ。

 宣誓。

 傍聴席の視線が刺さる。


 原告側代理人がゆっくり立ち上がる。

 整ったスーツ。

 抑制された笑み。


「七瀬さん」


 柔らかい声。


「あなたは人気動画配信者ですね」


「はい」


「登録者数は現在、何人ですか」


「約二百四十万人です」


 ざわめき。


「本件動画公開後、増えましたね」


「増えました」


「何人ほど?」


「三十万人ほどです」


 代理人が頷く。


「再生回数も伸びました」


「はい」


「収益は?」


 一瞬、空気が固まる。


 国家の男が立ち上がる。


「異議あり。関連性が薄い」


「却下します」


 裁判官の声は淡々。


 七瀬は正面を向く。


「増えました」


「具体的には」


 七瀬は一瞬、迷う。

 だが隠さない。


「通常の約四倍です」


 傍聴席がざわつく。


 代理人が一歩踏み込む。


「つまりあなたは、この騒動で大きな利益を得た」


「結果的には」


「狙っていたのでは?」


 沈黙。


 七瀬はゆっくり答える。


「違います」


「本当に?」


 柔らかい声のまま、刃を向ける。


「炎上は再生数を生む。あなたはそれを知っている」


「知っています」


「では、企業を強い言葉で批判すれば伸びると理解していた」


「理解していました」


「それでもやった」


「はい」


 代理人が微笑む。


「伸びると分かっていたから、では?」


「違います」


「証明できますか」


 七瀬の喉が鳴る。

 “証明”。

 動機を、どうやって。


「質問を変えます」


 代理人が資料をめくる。


「あなたは過去にも企業批判動画を出していますね」


「はい」


「その多くが高再生数」


「はい」


「批判は、あなたの“武器”では?」


 七瀬は答える。


「事実を出すのが仕事です」


「仕事?」


「はい」


「では、これは仕事としての選択だった?」


「公益のための発信です」


 代理人の声が少しだけ強まる。


「公益、と言いますが」


 一拍。


「あなたは専門家ですか」


「いいえ」


「内部監査の資格は?」


「ありません」


「品質管理の実務経験は?」


「ありません」


 傍聴席がざわめく。


「つまりあなたは、専門知識のないまま企業を断罪した」


「断罪はしていません」


「では何を」


「事実を提示しました」


「断定的な言葉を使っています」


「その時点の資料に基づいています」


 代理人が一枚のプリントを掲げる。


「“企業は消費者を軽視している可能性が高い”」


「はい」


「可能性、と言いながら強い印象を与える」


 一歩踏み込む。


「視聴者の怒りを煽る表現では?」


 七瀬の胸が重くなる。

 確かに、強い言葉は使った。

 再生数が伸びることも、知っていた。


 だが。


「怒りを煽る意図はありません」


「結果的に怒りは広がった」


「それは事実が持つ力です」


 代理人の目が細くなる。


「便利な言葉ですね」


 法廷の空気が冷える。


 国家の男がメモを書く。

 まだ動かない。


 七瀬は一人で立っている。


「あなたは動画内で“これは許されない”と言いましたね」


「はい」


「その時点で、社内承認の詳細を把握していましたか」


「いいえ」


「つまり推測です」


「不具合予測値と非公表事実からの合理的判断です」


「推測ですね?」


 圧が強まる。


「……はい」


 その一言が、重く落ちる。


 傍聴席がざわつく。


 代理人が畳みかける。


「推測で企業の信用を傷つけた」


「異議あり」


 国家の男が立つ。


「断定的表現です」


「却下します」


 裁判官の声は変わらない。


 七瀬の喉が乾く。

 ここが山だ。


「七瀬さん」


 代理人の声が低くなる。


「あなたは正義感で動いたと主張する」


「はい」


「では、収益を全額寄付しましたか」


 空気が止まる。


「していません」


「なぜ」


 沈黙。


 七瀬は目を閉じる。

 正直に。


「活動を続けるためです」


「自分のためでは?」


「自分も含みます」


 ざわめき。


 代理人が小さく笑う。


「つまりあなたは、正義と利益を両立させている」


「そうです」


「都合が良い」


 七瀬は、そこで初めて強く言う。


「現実です」


 空気が変わる。


「僕はボランティアではない」


 一拍。


「でも、嘘もついていない」


 法廷が静まる。


「利益が出るから黙る、という選択もできた」


 代理人が目を上げる。


「でもしなかった」


 七瀬は続ける。


「伸びると分かっていた。でも、炎上で全て失う可能性もあった」


 一瞬、視線が社長に向く。


「それでも出した」


 声は震えていない。


「八万件を、見なかったことにできなかった」


 沈黙。

 重い沈黙。


 代理人が資料を閉じる。


「以上です」


 短い。

 だが、深く刺した。


 国家の男が立つ。

 再主尋問。


「七瀬さん」


 穏やかな声。


「あなたは動画で、何度“確認してください”と言いましたか」


「何度も」


「視聴者に対し、企業側の発表も確認するよう促しましたね」


「はい」


「断定しましたか」


「いいえ。資料に基づく推測と明示しました」


「隠した事実はありますか」


「ありません」


「以上です」


 短い。

 だが軸を戻す。


 閉廷。


 外は雨。

 記者が待ち構える。


「動機についてどう思いますか」


 七瀬は足を止める。


「疑われるのは当然です」


 一拍。


「だから全部出す」


 零が横で言う。


「家計簿まで出すか?」


 七瀬は小さく笑う。


「必要なら」


 夜。

 七瀬は一人、部屋で配信画面を見つめる。


 今日は配信しない。


 コメント欄は荒れている。


《結局金?》

《正直でいい》

《迷う》


 信用は、揺れている。

 だが崩れてはいない。


 スマホに通知。


 高坂から。


《社内で追加資料が見つかりました》


 短い。


《社長のメモです》


 七瀬の心臓が跳ねる。


「まだあるのか」


 零が振り向く。


「何が」


「最後の一枚かもしれない」


 動機の争いは続く。

 だが、もし“意図”を示す証拠が出れば。


 戦局は、再び動く。


 第七十二話。

 社長の手書きメモ。

 そこに書かれていた一文。

 そして裁判の行方が決まる。


【第七十一話 終】


------------------------------------

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ