動機
法廷は、前回とは違う緊張を帯びていた。
前回は“数字”だった。
今日は“心”だ。
七瀬が証言台に立つ。
宣誓。
傍聴席の視線が刺さる。
原告側代理人がゆっくり立ち上がる。
整ったスーツ。
抑制された笑み。
「七瀬さん」
柔らかい声。
「あなたは人気動画配信者ですね」
「はい」
「登録者数は現在、何人ですか」
「約二百四十万人です」
ざわめき。
「本件動画公開後、増えましたね」
「増えました」
「何人ほど?」
「三十万人ほどです」
代理人が頷く。
「再生回数も伸びました」
「はい」
「収益は?」
一瞬、空気が固まる。
国家の男が立ち上がる。
「異議あり。関連性が薄い」
「却下します」
裁判官の声は淡々。
七瀬は正面を向く。
「増えました」
「具体的には」
七瀬は一瞬、迷う。
だが隠さない。
「通常の約四倍です」
傍聴席がざわつく。
代理人が一歩踏み込む。
「つまりあなたは、この騒動で大きな利益を得た」
「結果的には」
「狙っていたのでは?」
沈黙。
七瀬はゆっくり答える。
「違います」
「本当に?」
柔らかい声のまま、刃を向ける。
「炎上は再生数を生む。あなたはそれを知っている」
「知っています」
「では、企業を強い言葉で批判すれば伸びると理解していた」
「理解していました」
「それでもやった」
「はい」
代理人が微笑む。
「伸びると分かっていたから、では?」
「違います」
「証明できますか」
七瀬の喉が鳴る。
“証明”。
動機を、どうやって。
「質問を変えます」
代理人が資料をめくる。
「あなたは過去にも企業批判動画を出していますね」
「はい」
「その多くが高再生数」
「はい」
「批判は、あなたの“武器”では?」
七瀬は答える。
「事実を出すのが仕事です」
「仕事?」
「はい」
「では、これは仕事としての選択だった?」
「公益のための発信です」
代理人の声が少しだけ強まる。
「公益、と言いますが」
一拍。
「あなたは専門家ですか」
「いいえ」
「内部監査の資格は?」
「ありません」
「品質管理の実務経験は?」
「ありません」
傍聴席がざわめく。
「つまりあなたは、専門知識のないまま企業を断罪した」
「断罪はしていません」
「では何を」
「事実を提示しました」
「断定的な言葉を使っています」
「その時点の資料に基づいています」
代理人が一枚のプリントを掲げる。
「“企業は消費者を軽視している可能性が高い”」
「はい」
「可能性、と言いながら強い印象を与える」
一歩踏み込む。
「視聴者の怒りを煽る表現では?」
七瀬の胸が重くなる。
確かに、強い言葉は使った。
再生数が伸びることも、知っていた。
だが。
「怒りを煽る意図はありません」
「結果的に怒りは広がった」
「それは事実が持つ力です」
代理人の目が細くなる。
「便利な言葉ですね」
法廷の空気が冷える。
国家の男がメモを書く。
まだ動かない。
七瀬は一人で立っている。
「あなたは動画内で“これは許されない”と言いましたね」
「はい」
「その時点で、社内承認の詳細を把握していましたか」
「いいえ」
「つまり推測です」
「不具合予測値と非公表事実からの合理的判断です」
「推測ですね?」
圧が強まる。
「……はい」
その一言が、重く落ちる。
傍聴席がざわつく。
代理人が畳みかける。
「推測で企業の信用を傷つけた」
「異議あり」
国家の男が立つ。
「断定的表現です」
「却下します」
裁判官の声は変わらない。
七瀬の喉が乾く。
ここが山だ。
「七瀬さん」
代理人の声が低くなる。
「あなたは正義感で動いたと主張する」
「はい」
「では、収益を全額寄付しましたか」
空気が止まる。
「していません」
「なぜ」
沈黙。
七瀬は目を閉じる。
正直に。
「活動を続けるためです」
「自分のためでは?」
「自分も含みます」
ざわめき。
代理人が小さく笑う。
「つまりあなたは、正義と利益を両立させている」
「そうです」
「都合が良い」
七瀬は、そこで初めて強く言う。
「現実です」
空気が変わる。
「僕はボランティアではない」
一拍。
「でも、嘘もついていない」
法廷が静まる。
「利益が出るから黙る、という選択もできた」
代理人が目を上げる。
「でもしなかった」
七瀬は続ける。
「伸びると分かっていた。でも、炎上で全て失う可能性もあった」
一瞬、視線が社長に向く。
「それでも出した」
声は震えていない。
「八万件を、見なかったことにできなかった」
沈黙。
重い沈黙。
代理人が資料を閉じる。
「以上です」
短い。
だが、深く刺した。
国家の男が立つ。
再主尋問。
「七瀬さん」
穏やかな声。
「あなたは動画で、何度“確認してください”と言いましたか」
「何度も」
「視聴者に対し、企業側の発表も確認するよう促しましたね」
「はい」
「断定しましたか」
「いいえ。資料に基づく推測と明示しました」
「隠した事実はありますか」
「ありません」
「以上です」
短い。
だが軸を戻す。
閉廷。
外は雨。
記者が待ち構える。
「動機についてどう思いますか」
七瀬は足を止める。
「疑われるのは当然です」
一拍。
「だから全部出す」
零が横で言う。
「家計簿まで出すか?」
七瀬は小さく笑う。
「必要なら」
夜。
七瀬は一人、部屋で配信画面を見つめる。
今日は配信しない。
コメント欄は荒れている。
《結局金?》
《正直でいい》
《迷う》
信用は、揺れている。
だが崩れてはいない。
スマホに通知。
高坂から。
《社内で追加資料が見つかりました》
短い。
《社長のメモです》
七瀬の心臓が跳ねる。
「まだあるのか」
零が振り向く。
「何が」
「最後の一枚かもしれない」
動機の争いは続く。
だが、もし“意図”を示す証拠が出れば。
戦局は、再び動く。
第七十二話。
社長の手書きメモ。
そこに書かれていた一文。
そして裁判の行方が決まる。
【第七十一話 終】
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