3.2%
法廷は、異様な緊張に包まれていた。
傍聴席は満席。
記者の列。
カメラは入らないが、空気は完全に“公開裁判”だった。
七瀬は被告席に座る。
手のひらが汗ばむ。
零が小さく囁く。
「呼吸」
ゆっくり吸って、吐く。
正面の証言台。
企業社長が立つ。
完璧なスーツ。
だが顔色は、わずかに硬い。
宣誓。
着席。
国家の男が立ち上がる。
「証人に確認します」
静かな声。
「市場出荷優先計画・改訂版。これはあなたの承認ですか」
一拍。
「はい」
ざわめき。
社長は続ける。
「ただし、前提があります」
「その前提とは」
「検査不合格率3.2%は、統計上の予測値です」
国家の男は資料を掲げる。
「この3.2%は“許容範囲”と明記されています」
「はい」
「なぜ許容したのですか」
沈黙が落ちる。
社長はゆっくり言葉を選ぶ。
「全数検査は現実的ではありません」
「コストの問題ですか」
「それもあります」
一拍。
「製品の特性上、一定の誤差は避けられない」
国家の男が間髪入れずに言う。
「誤差と、不具合は別です」
空気が張り詰める。
「3.2%は不具合予測です」
社長の指が、わずかに動く。
「……結果的にはそうです」
「“炎上しても持つ”という内部チャットについては?」
傍聴席がざわつく。
社長の目が一瞬だけ泳ぐ。
「不適切な表現です」
「否定はしませんか」
「……はい」
七瀬の胸が強く鳴る。
ここまでは想定内。
だが次が本丸だ。
「質問を変えます」
国家の男の声が低くなる。
「あなたは、リコールより炎上の方が安いと判断しましたか」
完全な静寂。
時計の秒針が聞こえそうなほど。
社長は前を向いたまま答える。
「総合的な経営判断です」
それは、肯定だった。
傍聴席から小さな息が漏れる。
原告側代理人が立ち上がる。
「異議あり。誘導です」
裁判官が淡々と告げる。
「却下します」
社長の額に汗がにじむ。
国家の男が続ける。
「3.2%は、何件の不具合を想定していましたか」
社長は資料を見る。
「約八万件」
ざわめきが広がる。
八万。
数字が、重く響く。
「その八万件の消費者に対し、事前通知は?」
「ありません」
「公表は?」
「ありません」
七瀬の拳が白くなる。
零が小さく押さえる。
「今は聞け」
国家の男が最後の問いを投げる。
「では確認します」
一拍。
「あなたは、八万人の不具合リスクを把握しながら、発売を優先した」
社長は目を閉じる。
ほんの数秒。
だが永遠のように長い。
「……はい」
法廷が揺れた。
声は小さい。
だが明確だった。
休廷。
廊下は騒然。
記者が走る。
マイクを向けられる七瀬。
「どう受け止めますか」
七瀬は静かに言う。
「事実が、出ただけです」
それ以上は言わない。
企業控室。
社長は椅子に沈み込む。
「想定より早く認めましたね」
弁護士が言う。
「隠せなかった」
低い声。
「数字が出てしまった以上、否定は無理だ」
「世論は厳しくなります」
「分かっている」
一拍。
「だが、まだ負けていない」
弁護士が目を上げる。
「何を」
社長の目が鋭くなる。
「公益性だ」
夕方。
ニュース速報。
《社長、8万件不具合リスク認識》
SNSが爆発する。
怒り。
驚き。
失望。
だが同時に。
《経営判断として理解できる部分もある》
《企業は利益を出すもの》
意見は割れる。
夜。
七瀬の部屋。
配信準備。
「今日はやる?」
零が聞く。
「やる」
短く答える。
ライブ開始。
同時接続は過去最高。
七瀬はカメラを見つめる。
「今日、社長が証言しました」
一拍。
「八万件のリスクを認識していた、と」
コメントが流れる。
《最低》
《よく引き出した》
《でも企業は悪だけ?》
七瀬は言う。
「企業は悪じゃない」
空気が一瞬止まる。
「利益を出すのは当然」
一拍。
「でも、命や安全と天秤にかけるなら、話は別だ」
静かな声。
怒鳴らない。
煽らない。
ただ事実を置く。
「今日の証言は、僕の勝ちじゃない」
一瞬、目が揺れる。
「消費者が知るべき事実が出ただけ」
コメントが変わる。
《冷静》
《だから信じられる》
《最後まで見届ける》
配信後。
国家の男が言う。
「流れは来ています」
「でも?」
「原告側は次で“あなたの動機”を突いてくる」
七瀬が眉を上げる。
「動機?」
「再生数。収益。名声」
零が舌打ちする。
「来るな」
国家の男が静かに頷く。
「あなたが公益のためか、金のためか」
一拍。
「そこが次の戦場です」
七瀬は少し笑う。
「両方じゃダメ?」
「法廷では、曖昧は弱い」
窓の外に夜景が広がる。
戦いは、数字の次へ。
“意図”の争いへ。
第七十一話。
反対尋問。
「あなたは再生数を稼ぎたかっただけでは?」
動機が問われる。
【第七十話 終】
-----------------------------------




