証拠
東京地方裁判所。
曇天。
報道陣は予想より多かった。
七瀬はスーツ姿で立つ。
フラッシュ。
《今の心境は?》
《後悔は?》
答えない。
零が横で小声。
「顔に出すな」
「出てる?」
「少し」
国家の男が先に入廷。
トウマは傍聴席。
内部告発者の姿はない。
守秘のため、出廷しない。
法廷。
静かで、冷たい。
開始。
形式的な確認の後、企業側代理人が立つ。
声は穏やか。
だが刃がある。
「被告七瀬氏は、当社が不当な削除圧力を行ったと断定的に発信しました」
一拍。
「しかし」
モニターに資料が映る。
《削除要請一覧》
その中に、七瀬の動画。
理由欄。
《事実誤認の可能性》
企業側弁護士が続ける。
「削除は、外部専門機関の審査を経た適法な措置です」
ざわめき。
七瀬の背中に冷たい汗。
外部機関?
そんな話は出ていなかった。
零が小さく呟く。
「初出しだ」
国家の男は無表情。
企業側は続ける。
「さらに」
次のスライド。
《第三者評価レポート》
七瀬の動画の一部が、“誤解を招く構成”と評価されている。
トウマの眉が動く。
七瀬の胸がざわつく。
企業は、“削除は恣意的ではない”と主張している。
しかも証拠付き。
世論が揺れる構図。
企業側弁護士が言う。
「被告は、内部資料と称するデータを保持していると示唆しています」
一拍。
「しかし、その出所は不明」
空気が重くなる。
「違法取得の疑いも否定できません」
刺す。
告発者へ。
七瀬の指先が白くなる。
国家の男が立つ。
反論。
「当該動画は公益目的での論評」
「削除基準の透明性に関する問題提起は、社会的関心事」
冷静。
理路整然。
だが。
企業側がもう一枚出す。
音声。
法廷に流れる。
七瀬の声。
《企業は都合の悪いものを消している》
一拍。
《圧力です》
編集はない。
そのまま。
企業側弁護士。
「断定的表現です」
一拍。
「事実確認を尽くさず、圧力と決めつけた」
七瀬の胸が強く打つ。
あのとき。
確信はあった。
だが裏付けは、まだ薄かった。
トウマが目を閉じる。
零が唇を噛む。
国家の男は淡々と。
「意見論評の範囲内」
だが裁判官の視線は動かない。
企業側はさらに畳みかける。
「被告は、過去にも炎上商法的手法を取っていた」
スクリーンに、例の三年前の動画。
ざわめき。
七瀬の呼吸が浅くなる。
人格攻撃。
だが法廷では“信用性”という名で通る。
企業側弁護士。
「社会的評価の低下は、被告自身の発信態度にも起因」
冷たい。
だが論理的。
七瀬は、初めて揺らぐ。
自分の言葉が、武器になって突き刺さる感覚。
休廷。
控室。
沈黙。
零が口を開く。
「想定より強い」
国家の男は淡々。
「外部審査機関の存在は厄介」
「本物?」
「調べる」
トウマが七瀬を見る。
「大丈夫ですか」
七瀬は椅子に座ったまま。
「……わかんない」
正直な声。
「私、早かった?」
一拍。
「圧力って言い切るの」
零が即答。
「本質は間違ってない」
「でも証拠は薄かった」
国家の男が冷静に言う。
「そこを突かれている」
七瀬は俯く。
守ると決めた。
戦うと決めた。
だが。
法廷は感情では動かない。
後半。
国家の男が反撃に出る。
「外部審査機関の選定基準は?」
企業側、やや間。
「守秘義務が」
「公開できない?」
「契約上」
国家の男。
「では、その独立性はどう担保される?」
一瞬、空気が変わる。
企業側弁護士が応じる。
「専門家による評価」
「具体的な氏名は?」
「……非公開」
弱い。
だが決定打にはならない。
法廷は静かに進む。
最後。
裁判官。
「次回、外部審査機関に関する詳細資料を提出してください」
企業側がわずかに動く。
宿題。
完全勝利でも、完全敗北でもない。
だが。
七瀬は、明確に追い込まれている感覚を持っていた。
外。
報道陣。
《劣勢では?》
《証拠不足との指摘については?》
七瀬は足を止める。
一瞬、迷う。
だがマイクを見て言う。
「法廷で話します」
一拍。
「私は逃げません」
それだけ。
車に乗り込む。
ドアが閉まる。
零が言う。
「今日は負け寄りのドロー」
国家の男が訂正。
「まだ序盤」
トウマが静かに言う。
「企業は本気です」
「うん」
七瀬は窓の外を見る。
灰色の空。
「なら、こっちも本気になるだけ」
だが心の奥。
小さな不安。
もし外部審査機関が本当に独立していたら?
もし自分の判断が、早計だったら?
守ると決めた告発者は?
夜。
告発者からメッセージ。
《社内で“裏切り者探し”が本格化》
一拍。
《私、時間がないかもしれません》
七瀬の心臓が強く打つ。
法廷の外でも、崖が崩れている。
戦いは、同時進行。
どちらかを誤れば、全部落ちる。
第五十七話。
外部審査機関の正体。
独立か、癒着か。
そして――告発者、決断。
【第五十六話 終】




