掘削
最初は、小さな投稿だった。
《七瀬さんって昔こんなこと言ってなかった?》
添付は、三年前の切り抜き動画。
再生数は少ない。
当時は誰も気にしなかった一言。
《炎上って、まあ自業自得な部分もあるよね》
文脈は、誹謗中傷被害の話の途中。
だが切り取られたそこだけが拡散する。
零がモニターを睨む。
「始まったな」
七瀬は無言で画面を見る。
リプライが積み上がる。
《今は被害者ヅラ?》
《ブーメラン》
《ダブスタ》
国家の男が淡々と告げる。
「典型的な信用削り」
一拍。
「論点から個人へ」
トウマが低く言う。
「告発者の保護申請、効いています」
「だから私に来た」
七瀬は小さく笑う。
守ると決めた瞬間から、想定はしていた。
だが、実際に浴びると違う。
昼。
第二弾。
《七瀬、過去に企業案件を受けていた》
事実だ。
駆け出しの頃、小規模なPRを数件。
今争っている企業とは無関係。
だが並べられる。
《結局ビジネス?》
零が舌打ちする。
「汚しに来てる」
国家の男が補足。
「完璧な人間はいない」
「だから掘る」
七瀬は深呼吸する。
「反応しない」
「全部?」
「今は」
だが夕方。
決定打が来る。
《七瀬、高校時代の同級生証言》
匿名掲示板のスクショ。
《目立ちたがりだった》
《正義感ぶってた》
笑い声の絵文字。
零が声を低くする。
「これ、企業案件じゃない」
一拍。
「外注」
国家の男が頷く。
「世論操作専門の業者の可能性」
七瀬の指先が冷える。
論点は、削除基準でも訴訟でもない。
“七瀬という人間”そのもの。
トウマが静かに言う。
「耐えられますか」
七瀬は一瞬、言葉を失う。
強いはずだった。
炎上慣れしていると笑っていた。
だが。
過去を、人格を、切り刻まれる感覚は別物だ。
夜。
ライブはしないと決めていた。
だが通知は止まらない。
DM。
《裏切られた》
《応援やめる》
《大丈夫?》
振れ幅が激しい。
零が言う。
「今出ると燃料になる」
「わかってる」
七瀬はスマホを置く。
沈黙。
部屋が静かすぎる。
トウマが口を開く。
「戦術的には、説明動画を一本出すのが最適です」
「今?」
「タイミングは明朝」
国家の男が補足。
「感情ではなく、整理して」
一拍。
「謝罪が必要なら、限定的に」
七瀬は苦笑する。
「謝ること、ある?」
「表現の未熟さ」
トウマの視線は厳しい。
「あなたは正しいかもしれない」
一拍。
「でも傷ついた人がいる可能性は否定できない」
七瀬は目を閉じる。
三年前の自分。
軽かった。
想像力が足りなかった。
「……あるね」
零が意外そうに見る。
「認める?」
「認めるのと、折れるのは違う」
一拍。
「そこは間違えない」
深夜。
一人で過去動画を見返す。
若い。
勢い任せ。
正義感は強いが、言葉が荒い。
七瀬は小さく呟く。
「未熟だった」
否定はしない。
だが今の戦いとは別だ。
スマホが震える。
告発者から。
《社内で、七瀬さんの話題が増えています》
一拍。
《個人攻撃は効いていると上が判断しているようです》
七瀬の胸が締め付けられる。
やはり。
狙いは揺さぶり。
「保護申請は?」
《受理されたようです》
わずかな安堵。
だが企業は止まらない。
守る選択は、確実に圧力を増やす。
翌朝。
七瀬はカメラの前に座る。
台本はない。
だが整理はした。
配信開始。
同接は通常より多い。
緊張が伝わる。
「過去の発言について」
一拍。
「未熟でした」
チャットがざわつく。
「炎上は自業自得、という言い方」
「傷ついた人がいるなら謝ります」
零が裏で小さく頷く。
だが七瀬は続ける。
「でも」
一拍。
「だから今の訴訟が正しいとは思わない」
空気が変わる。
「私が未熟だったことと」
「企業の削除基準が不透明なことは、別問題です」
論点を戻す。
逃げない。
責任は取る。
だが戦いはやめない。
「私は完璧じゃない」
一拍。
「でも、間違ってると思うことは言う」
チャットが流れる。
《それでいい》
《応援する》
《強い》
もちろん、否定もある。
だが空気は崩れない。
零が呟く。
「踏みとどまったな」
国家の男も頷く。
「支持層は維持」
配信後。
七瀬は深く息を吐く。
「削られるね」
「想定内だろ」
「うん」
一拍。
「でも痛い」
トウマが静かに言う。
「それでいい」
「え?」
「痛みを感じなくなったら、終わりです」
七瀬は小さく笑う。
まだ痛い。
だから、まだ人間だ。
だが戦いは終わらない。
夕方。
新たなリーク記事。
《企業、法廷戦略を強化へ》
次は、さらに強い圧力。
零が言う。
「次、来るぞ」
七瀬は窓の外を見る。
雲は厚い。
だが崩れてはいない。
「いいよ」
一拍。
「全部、受ける」
守ると決めた。
ならば、自分が削られるのは当然だ。
それでも。
まだ立っている。
第五十六話。
企業、決定的な証拠を提示。
逆転か、追い詰めか。
法廷での初対峙。
【第五十五話 終】
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