逆提案
討論翌朝。
空気は、妙に静かだった。
爆発の後の、真空。
七瀬は目覚めてすぐ、スマホを開く。
トレンド。
《#公開討論》
《#七瀬》
《#企業広報》
炎上はしていない。
だが熱は残っている。
動画切り抜きが無数に拡散。
七瀬が「切り取られてますか?」と返した場面は、既にミーム化していた。
零から通話。
「世論、五分」
一拍。
「昨日の時点では上出来」
七瀬は息を吐く。
「負けてないだけで十分」
トウマからメッセージ。
《大学内の反応は悪くない》
《説明は通った》
少しだけ、肩の力が抜ける。
だが。
戦いは終わっていない。
午前十時。
国家の男から連絡。
「企業側から接触」
短い。
だが重い。
「内容は?」
「非公式」
一拍。
「和解案」
七瀬は無言になる。
零が横で呟く。
「早いな」
国家の男が続ける。
「削除要請を取り下げる」
「訴訟も?」
「条件付きで」
七瀬が低く言う。
「条件は?」
「動画の一部非公開」
一拍。
「企業名を直接出した部分の削除」
静寂。
零が笑う。
「なるほど」
一拍。
「喉元過ぎればってやつか」
国家の男は淡々と。
「さらに」
「さらに?」
「共同声明」
七瀬の眉が動く。
「対話の重要性を確認した、という内容」
印象操作。
戦って、握手。
美談化。
トウマが通話に入る。
「企業側の損失は?」
「株価は横ばい」
「炎上回避が目的か」
国家の男。
「長期化を避けたい」
一拍。
「世論が固定化する前に」
七瀬は椅子に座る。
頭が静かに回る。
勝ったわけではない。
だが、相手が“終わらせたがっている”。
零が言う。
「受ける?」
単純な問い。
だが重い。
トウマが言う。
「七瀬さんの目的は?」
原点。
七瀬は目を閉じる。
最初は、削除要請への反発。
その後、言論の透明性。
企業の圧力構造。
「私の目的は」
一拍。
「消さないこと」
零が頷く。
「動画が残るなら?」
国家の男が補足。
「企業名の明示を外せば、内容自体は維持可能」
七瀬は考える。
企業名が消えれば、拡散力は落ちる。
だが、構造の話は残る。
トウマが言う。
「戦い続ければ、勝てる保証は?」
国家の男。
「ない」
即答。
「裁判は長期化」
「費用も?」
「相当」
零が言う。
「消耗戦」
七瀬は小さく笑う。
「それ、相手の得意分野でしょ」
国家の男は否定しない。
企業は体力がある。
こちらは、個人。
スポンサーもいない。
七瀬はゆっくり言う。
「共同声明の文面は?」
国家の男が共有する。
《誤解を招く表現があったことを双方確認》
《今後は建設的対話を継続》
七瀬の目が止まる。
「“誤解を招く表現”」
一拍。
「私が悪いって言ってる?」
「曖昧」
零が吐く。
「逃げ道ワード」
トウマが静かに言う。
「企業は負けを認めない」
一拍。
「でも、引き分けにはしたい」
七瀬は立ち上がる。
窓の外を見る。
街はいつも通り。
昨日の討論など関係ない顔をしている。
「受けたら、どう見える?」
零が答える。
「大人の対応」
一拍。
「でも、牙は抜ける」
国家の男。
「支持層の一部は離れる可能性」
トウマ。
「逆に中間層は増える」
分岐。
理念か、現実か。
七瀬は振り返る。
「もし断ったら?」
「企業は訴訟継続」
「音声の件も再燃?」
「可能性高」
沈黙。
長い沈黙。
七瀬が言う。
「一つ条件を足せる?」
国家の男が見る。
「内容次第」
「企業側も、削除要請の基準を公開」
一拍。
「透明化」
零が笑う。
「刺すなぁ」
国家の男は計算する。
「通る可能性は低い」
「でも、出す」
七瀬の声は揺れない。
「対話なら、対等に」
トウマが静かに言う。
「あなたは、どこまで戦う覚悟ですか」
七瀬は答える。
「折れるのはいい」
一拍。
「でも、曲がるのは嫌」
その違い。
零が頷く。
「わかった」
国家の男が言う。
「条件付き受諾案を提示します」
数時間後。
企業側へ送付。
回答は夕方。
午後五時。
返答。
短い。
《基準公開は困難》
《その他条件は受諾可能》
予想通り。
核心は拒否。
七瀬は小さく息を吐く。
「やっぱり」
零が言う。
「どうする?」
トウマが見る。
国家の男は待つ。
決めるのは七瀬。
七瀬はゆっくり言う。
「断る」
静かだが、迷いはない。
「動画は消さない」
一拍。
「基準を出さないなら、共同声明もいらない」
零が笑う。
「また燃えるぞ」
「いい」
トウマが目を細める。
「覚悟は?」
「もう炎上慣れしてる」
前にも言った言葉。
だが今は重みが違う。
国家の男が頷く。
「了解」
「訴訟は続く?」
「おそらく」
七瀬はスマホを手に取る。
投稿画面。
《和解案をいただきました》
《動画削除と引き換えでした》
《私は受けません》
一拍。
《基準の公開こそ必要だと思うから》
送信。
数秒。
通知が爆発する。
《かっこいい》
《無謀》
《応援する》
《やりすぎ》
分断。
だが、立場は明確。
零が呟く。
「これで完全に第二章だな」
トウマが言う。
「引き返せません」
七瀬は笑う。
「最初から」
国家の男が最後に言う。
「企業側、法務部が本格的に動きます」
一拍。
「次は法廷」
窓の外。
夕焼けが赤い。
炎の色に似ている。
七瀬はそれを見つめる。
守るべきものは増えた。
仲間。
信頼。
言葉。
そして。
自分の選択。
第五十二話。
訴状、正式提出。
法廷の外で、もう一つの戦場が始まる。
【第五十一話 終】
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