揺れの二次拡散
討論翌朝。
トレンド一位。
《怖かった》
誰の言葉かは、曖昧だ。
七瀬の「怖い」か。
トウマの「怖かった」か。
両方だ。
同時接続アーカイブ再生数、一晩で四千万。
切り抜きが乱立。
《トウマ初涙寸前》 《七瀬、勝利?》 《管理崩壊の瞬間》
零がスマホを放る。
「バカみたいに燃えてるな」
七瀬はソファに沈み、ぼんやり画面を見る。
コメント欄は混沌。
《救われた》 《やっぱ管理必要》 《どっちも正しい》
揃わない。
国家の男が低く言う。
「分断指数、急上昇しています」
七瀬が顔を上げる。
「え」
「中央値が崩れた反動です」
スクリーンに波形。
討論後、意見クラスタが拡散。
極端化が進む領域も出現。
「揺れは伝染しました」
零が笑う。
「望み通りじゃねえか」
「問題は速度です」
国家の男が操作する。
“揺れ肯定”ハッシュタグが爆発的拡散。
同時に。
“管理再強化”を訴える署名も増加。
トウマのフォロワーも増えている。
「両極が肥大しています」
七瀬は息を吐く。
「揺れって、こうなるんだ」
国家の男は淡々。
「あなたは臨界点を越えました」
七瀬は笑う。
「悪い?」
「評価不能です」
その時。
画面が切り替わる。
凪原トウマの緊急配信。
同接、三百万。
七瀬と零、国家の男が見る。
トウマは静かに座っている。
スーツではない。
シャツ姿。
「昨日はありがとうございました」
落ち着いている。
だが、以前とは違う。
「私は揺れました」
コメントが流れる。
《見た》 《正直だった》
「管理は必要です」
一拍。
「しかし、管理する側も人間です」
七瀬が小さく笑う。
トウマは続ける。
「完璧な中央値は存在しません」
コメントが割れる。
《裏切り?》 《進化》
主体化成功率 65 → 68。
わずかに回復。
だが、もう90台には戻らない。
彼は言う。
「私は効率を信じます。
しかし、恐怖も否定しません」
七瀬の胸が少し温かくなる。
零が呟く。
「変わったな」
国家の男が低く言う。
「問題はここからです」
画面に新しい通知。
《社会安定局 緊急声明》
七瀬の空気が変わる。
声明文。
「感情拡散による社会不安の増大を懸念し、
影響力アカウントへの指針強化を検討」
零が舌打ち。
「来たな」
七瀬は目を細める。
「指針強化って?」
「事実上の制限です」
国家の男は続ける。
「あなたの発信は、今後アルゴリズム審査対象になります」
静寂。
七瀬は笑う。
「遅いね」
だが、心臓は速い。
通知が止まらない。
スポンサーからの連絡。
「慎重な姿勢を求めます」
「ブランドリスクを再評価します」
零が言う。
「金が逃げるぞ」
「うん」
七瀬はスマホを置く。
「でも、昨日のあれは嘘じゃない」
国家の男が問う。
「覚悟はありますか」
「何の」
「収益減少、炎上、規制」
一拍。
七瀬は笑う。
「もう炎上慣れた」
だが。
通知が一つ、目に入る。
DM。
《昨日、泣けました。
でも今日、会社で“揺れすぎ”って言われました。
怖いです》
七瀬の喉が詰まる。
揺れは、誰かの現実に刺さっている。
零が言う。
「どうする」
七瀬は立ち上がる。
「配信する」
国家の男が止める。
「今は控えるべきです」
「今だから」
七瀬はカメラをセットする。
同接、開始三分で五百万。
コメントは荒れている。
《責任取れ》 《ありがとう》 《管理必要》
七瀬は静かに言う。
「昨日、怖いって言った」
一拍。
「今日も、ちょっと怖い」
コメントが止まる。
「揺れは、楽じゃない」
DMの内容を伏せて話す。
「でも、揺れた人が一人で怒られるのは違う」
国家の男が小さく呟く。
「拡散リスク上昇」
七瀬は続ける。
「私は万能じゃない。
間違う。
影響も出る」
一拍。
「でも、管理されるだけの社会は嫌だ」
コメントが割れる。
否定も増える。
《無責任》 《理想論》
七瀬は頷く。
「うん、理想論かも」
一拍。
「でも、理想がゼロになったら終わりじゃない?」
同接、八百万。
アルゴリズム警告が画面端に表示される。
「感情誘導スコア上昇」
零が小声で言う。
「来てるぞ」
七瀬はカメラを見る。
「揺れは広がる」
静かに。
「でも、揺れた先で誰かが一人なら、意味ない」
その時。
コメント欄に見慣れた名前。
《凪原トウマ》
《視聴中》
空気が変わる。
七瀬は笑う。
「こんばんは」
数秒後。
《一人にはさせません》
短いコメント。
だが。
爆発的に拡散。
揺れ肯定と管理派の両方が反応する。
国家の男が息を呑む。
「連携…?」
零が笑う。
「共犯だな」
七瀬は小さく頷く。
「管理と揺れ、両方いる」
同接、九百五十万。
アルゴリズム警告が一瞬赤く光る。
だが、止まらない。
揺れは二次拡散する。
個人から個人へ。
管理は追いつけない。
完全制御は、不可能。
その事実が、静かに広がる。
国家の男はモニターを見つめる。
「……予測モデル、崩壊しました」
零が肩をすくめる。
「人間はグラフにならねえ」
七瀬はカメラに向かって言う。
「怖いままでいい」
一拍。
「揺れたままでいい」
コメントは揃わない。
均されない。
だが。
消えない。
管理は次の手を打つ。
揺れは止まらない。
戦いは、構造そのものへ移る。
【第三十五話 終】
--------------------------------




