幕間 ハインリヒ・フォッケ
(そんな気まずそうな顔をせんでもよいのに)
フォッケ博士は気まずそうな顔をするタンク博士を見てそう思った。
その名から推測される通り、フォッケ博士はフォッケウルフ社と深い関係をもっている。
フォッケ博士はフォッケウルフ社の創業者の一人なのだ。
だが、紆余曲折とちょび髭党の干渉がありフォッケ博士は自らの会社を追い出されフォッケ・アハゲリス社というヘリコプター専門の会社を立ち上げる事になった。
別にタンク博士がフォッケ博士の追い出しに協力したなどということはないのだが、元社長の前で自らがちょび髭党の親玉に褒められるという状況にタンク博士は居心地の悪さを覚えたようだった。
「で、どうだね?フォッケ博士。試作ヘリコプターの具合は?」
そんなフォッケ博士とタンク博士の微妙な空気を知ってか知らずか、ちょび髭総統が重ねてたずねてきた。
「はい、閣下。今2タイプの機体を試しております。両方とも順調です。」
「そうか、博士。それでどちらの方が先に量産化できる?」
フォッケ博士は出来るだけ無難な返事を返すが、ちょび髭総統はさらにつっこんで訊いてくる。
「それは・・・閣下のスケッチのほうかと」
問い詰められた博士はしぶしぶ言葉を絞り出す。
これが忖度から出た言葉ではないというのが博士を複雑な気持ちにさせた。
博士、ちょび髭総統の目の前には2種類のヘリコプターが並んでいた。
一つは博士が一から開発したサイドバイサイド(ローターが並列している)型のもの。
博士がフォッケウルフ時代に開発したFw61に酷似したデザインである。
800馬力級空冷エンジンのBMW132を搭載し機体規模もそれなりに大きくなっているが、ほぼほぼFw61だ。
それに対してもう一機はまるで違ったデザインである。
きっかけはちょび髭総統がフォッケ博士に渡した一枚のメモだった。
3年前ちょび髭総統が各主要航空機メーカーを呼び出し大ナタをふるったのち、フォッケ博士はちょび髭総統に直接呼び出された。
『こんどはいったんなんなのだ?』とやや辟易とした気持ちで総統官邸に赴いた博士はある意味において予想通り、ある意味においては予想の斜め上のことを告げられたのだ。
開口一番、総統はフォッケ博士の研究を褒めちぎったのだ。
『本当に役に立つのか?』と懐疑的な意見が多く、なんなら『こんな危なっかしいのには乗れない』と言ってテストパイロット達すら搭乗を拒むヘリコプターを褒めちぎったのだ。
なにしろ後で聞いた話しでは操縦の困難さ、速度の遅さなどあげつらい批判的な面々を総統自ら説得してまわっていたらしい。
新しもの好きのちょび髭総統がヘリコプターを気にいるのは分からないでもないが、ルフトバッフェの大拡大を進める中で余裕がないはずの航空機エンジンの優先供給まで約束してくれたのだ。
(それに対してはゲーリング大臣もギョッとしていたな)
モノになるかどうか分からない開発に対して異例の好遇だった。
そしてちょび髭総統はその約束を口だけでなくキチンと守った。
経済省が資材割り当てを絞ろうとした時も総統命令で直ぐに資材が届いたのだった。
そしてその異様に前のめりな総統は1枚のスケッチをフォッケ博士にその時渡してきた。
そのスケッチこそもう一機の設計のもととなっている。
そのスケッチに描かれていたのは揚力発生用の大型ローターとトルク打ち消し用の小型ローターを備えた全くFw61と異なるデザインだった。
普通なら『素人の妄想スケッチ』と内心鼻で笑ってしまうところだったが、不思議と機能美に溢れたそのデザインに博士は刹那心を奪われた。
あくまでスケッチの中にあるだけで、空を飛んだ事はおろかモックアップすら存在した事は無いはずだ。
だというのに無数の試行錯誤の果てに完成したとすら錯覚してしまうほどの機能美がそこにあった。
開発を始めてしまえばあとはなし崩しだった。
2枚のローターの役割を明確に分けることのメリットが明確化。
もちろんサイドバイサイド型のメリットがないわけではない。
トクル打ち消し用のローターの駆動にパワーを割かれる分、ペイロードはサイドバイサイド型の方が優れていたが信頼性・操縦安定性など他の主だった項目ではシングルローター型に軍配が上がった。
重量物搬送用としてサイドバイサイド型の研究は続けていたが、ちょび髭総統に言われずとも『本命はシングルローター型』という結論がフォッケ博士の中でも固まってしまっていたのだった。
「それは素晴らしい!博士!実用化までどの程度かかりそうだね?」
興奮した声色でちょび髭総統が声を上げる。
対照的にトート軍需庁長官は『また機種が増える』とでも言いたげに顔を顰めていた。
「まだまだ粗削りですので・・・。そうですね後一年。あと一年ください。」
複雑なローター周りの接続部品などまだまだ解決すべき問題は多く、試験飛行ももっと多くの条件で行う必要がある。
「そうか、まぁ仕方あるまい。ヘリコプターは全くの新技術だ。必要なものがあればトートに言うように」
「・・・お手柔らかにお願いしますよ、博士」
嫌に理解がいいちょび髭総統に博士は目を白黒させる。
「ではそういう事だ博士。何か他にあるかね?」
『なければ他のプロジェクトの査察に行く』とちょび髭総統が取り巻きを連れて踵を返そうとする。
「あ、あの閣下一つだけおききしたいのですがよろしいでしょうか?」
「ん?なんだね?」
ちょび髭総統が足をとめる。
話を終わらせ次に移ろうとした総統を呼び止めたことに取り巻き達の温度が下がる。
そのことをヒリヒリと感じつつも博士は3年来の疑問を解消すべく口を開いた。
「ヘリコプターとはなんなのでしょうか?ラテン語ですか?」
「「「え?」」」
その場にいた全員の声が裏返るのであった。




