幕間 フォッケウルフ
少し時は遡る
「閣下いかがですか!これが我が軍の新鋭機です!」
ゲーリングが突き出た腹をさらに突き出しふんぞり返りながらそう言う。
もはや腹の方が本体じゃないのか?と思ってしまう程の堂々たる腹だ。
「うむ、素晴らしいぞゲーリング!タンク博士もよくやってくれた!これぞ正に軍馬のごとき戦闘機だ!」
そう絶賛する俺の目の前に鎮座するのはFw190の最終試作機だ。
ほぼ史実通りの姿をしているその機体はこれまでのHe112やBf109とも似つかないがっしりとしたシルエットをしている。
いうまでもなく空冷星形14気筒エンジンを採用しているからだ。
そしてタンク博士がプレゼンするところによると、史実通り整備性・量産性に配慮した理想的な兵器に仕上がっているようだ。
大まかな仕様を伝えたのみで後の細かい所は口出ししなかったが流石はご本人とだけあって、史実のFw190とほぼ完全一致している。
俺はベルリン郊外のシュレースヴィヒ空軍基地に来ている。
いよいよ開戦が秒読みの時期(そう確信している者はまだ少ないが)となってきている今、自軍の兵器開発の進捗を確かめたかったからだ。
(我ながらこの辺はアマチュアっぽいがな)
あまりに俗な自らの動きに内心苦笑する。
俺は軍のことが分からない。
前世でも今世でも従軍した事などないし、ましてや戦争など参加した事がない。
一応俺の中にはちょび髭総統の前大戦での記憶があるにはあるが、それは単純に俺の中の記憶という名の情報であり体験ではない。
そういう意味で言うと俺はちょび髭総統以上に軍のことをまるで知らない。
国家方針レベルの軍の大戦略ならまだしも、軍の戦略・戦術レベルでの作戦に関しては基本ノータッチでいかざるを得ない。
(まぁライヒ軍人は優秀だ。仔細は任せておけば大丈夫だろう)
そうは思うものの基本ただの元サラリーマンの俺としては開戦間近で不安になる。
ある意味その不安解消も兼ねて新兵器の視察をしている次第だ。
「それでトート!いつ量産開始出来るのだ?!ゲーリング!実戦投入可能となるのはいつだ!」
俺はゲーリングとトートに核心の質問をぶつける。
いくら高性能な兵器でも必要な時に必要な数が揃わないと意味がない。
「Fw190は生産容易な構造をとっているので、今年中には量産を開始できます。」
俺の問にトートが簡潔かつ的確に答える。
(流石はライヒ至宝のテクノクラートだな)
史実では十分な権力を与えられず苦労したトートもこの世界線では違う。
俺はトートに軍需庁長官としての立場を与え、各省を横断的に差配する権力を与えている。
『軍需庁長官』という立場なのだが実質は大臣と等しい、場合によっては上回る権力をもつ。
肩書と権力の大きさが釣り合っておらず、無用な軋轢も生んではいるがあえてその肩書にしている。
なぜなら『軍需省』という名が英仏などを不用意に刺激しかねないからだ。
仮想敵国が『軍需省』だとか『戦争省』だとかを創設しだしたら、『じゃぁうちも作るか』と全くライヒにとって望ましくないドミノがおきる可能性がる。
だからこそあえての『長官』という立場でトートには動いてもらっている。
「ありがとう長官。閣下、来年半ばには本機を装備した戦闘機飛行隊が慣熟訓練を完了し実戦投入可能になります。Fw190がHe112、Bf109を補完すれば、いよいよルフトバッフェは世界最強になりますぞ!」
若干嫌味ったらしくトートに礼をいったのちゲーリングが答える。
この様子ではトートに相当自分の領域に踏み込まれているのだろう。
かなりトートに対しては思うところがありそうな様子だ。
(まぁ、兎にも角にもFw190の実戦投入は1年早まりそうだな、それに・・・)
「ん?ゲーリング。お前は何か勘違いしてないか?」
「・・・と申しますと?」
俺の不穏な言葉に一転さっと表情を引き締めるゲーリング。
「Fw190は補助戦闘機ではないぞ。Fw190はライヒの主力戦闘機足りうると私は確信している。その為に開発を急がせたのだ!」
この時代、液冷エンジン搭載機体こそが優れており、空冷エンジンや空冷エンジン搭載機体は亜流という空気が軍用航空機業界には漂っていた。
空冷エンジン機体よりも液冷エンジン機体の方が流麗な線形の機体設計とでき、素人のパッと見でもなにか液冷エンジン機体の方が早そうで高性能そうというのも理由の一つだろう。
ライヒも例外ではなく。というよりライヒこそ液冷エンジン信仰のメッカとすら言える。
(凝り性のライヒ技術者には液冷エンジンが性分に合うのかもしれんしな)
何かと機構を複雑にしたがるライヒ技術者のことを思い出し、ふとそんな事を思った。
兎も角。
今回のFw190の開発にあたって少しでも量産開始を早めるべく俺はお節介をした。
大きな所で行くとエンジンの選定だ。
なぜか18気筒(この時期に18気筒空冷エンジンを試している辺りライヒ面を感じる)のBMW139を実用化しようとしているBMWに即刻の開発中止とブラノ社(BMWと同じく空冷星形エンジンを製造していた会社でありジーメンスの子会社、後にBMWに吸収合併される)との共同研究を命じた。
18気筒という5年以上先になってようやく日の目を見るエンジンではなく、素直に14気筒エンジンの開発とそれを前提とした機体開発行わせた。
研究開発において回り道というのは別に悪いことではない。
よしんば研究に失敗したとしても『失敗した』という知見を得ることができる。
とはいえライヒには時間がない。
He112とBf109でも当分は問題ないだろうが『約束された』本命の機体を早々に手に入れたいのだ。
その俺の要望にBMW・ブラモといったメーカー、タンク博士達技術者、トート達経済省の官僚に加えゲーリング、ミルヒ達ルフトバッフェの将校達もよく応えてくれた。
結果としてまだコマンドゲレートなど一部機構は未搭載であったり、過給機の熟成がイマイチだったりするものの量産可能なラインにまで漕ぎ着けたのだった。
「Fw190が主力戦闘機になる・・・そう閣下はおっしゃるのですか?」
トートが少し奥歯にものが挟まったような顔で口を開く。
「あぁ、トート。言いたいことはわかる。Bf109は軽量の迎撃機だから別として、He112とFw190は役割が被る。」
俺はトートが言いたいことを察した。
わざわざ役割が被る二種類の機体を生産するというのは非効率だ。
新大陸の超大国のように無限の国力があるなら話は別だが、ライヒとしては本来できるだけ生産機体の種類を抑えるべき。
そんな理屈は俺とて百も承知だが、それでもそうせざるを得ない事情があった。
「だがトート。生産能力拡大に投資しているが、DB601もJumo211も量産拡大には限界がある。その中で星形空冷エンジンの生産能力を活かすことが必要となってくることはお前も理解できているだろう」
液冷エンジンは構造が複雑である。
単純に空気でシリンダーを冷却する空冷エンジンには不要な、冷却システムを余分に搭載しているのだから当然と言える。
俺が前世で生きた20世紀後半から21世紀前半まで時代が進むと、様々な部品の工作精度があがったことや液漏れを防止するパッキンの進化なども相まって液冷エンジンの複雑さはそこまで問題にならなくなってくるが今の時代は違う。
東洋の島国など問題外だが、ライヒの産業基盤をもってしてもちょっと辛いところがあるのだ現実だ。
「それは理解できますが・・・」
トートは口ごもる。
(まぁ、軍需庁長官の立場としたらHe112の生産を止めてFw190 に注力して欲しいってのが本音だろうな)
He112はライヒ製戦闘機の中では珍しく低翼面荷重、つまるところ旋回性能・低速域での機動力に優れた機体だ。
武装も翼内に20㎜クラスの機関砲を搭載可能であり、将来的な能力向上の余地もある。
だが如何せんコストが高い。
優れた空力特性を発揮する楕円翼、流麗なフォルムを描く胴体。
その全てがコスト増の要因になってしまっている。
(だが・・・)
「それにだ、ハインケル社の生産能力を遊ばせるわけにもいくまい。He111の製造は終了しているのだ。彼らにも仕事を与えてやらねばならんだろ」
『機体性能に問題あるわけでもないしな』と付け加えながら俺はトートにHe112の必要性を説く。
この時期、ライヒの各航空機メーカーの生産状況は下記の通りになっていた。
バイエルン航空機製造社改めメッサーシュミット社 Bf109
ドルニエ社 Do17(双発高速爆撃機)Do20(4発大型爆撃機)
ユンカース社 Ju87(言わずと知れた急降下爆撃機)Do17(ライセンス生産)
フォッケウルフ社 Fw187(双発重戦闘機) Fw190(予定)
ハインケル社 He112 Do17(ライセンス生産)
生産機種統合のちょび髭大ナタをふるったため史実よりかなり機種は絞られており、またライセンス生産方式により他社の機体を生産する体制も取られていた。
当然メーカーからかなりの抵抗はあったが、トートが俺の権力を盾にとり強引に推進したのだ。
強引な指導ではあったがそれでも各社ともオリジナルの生産機体を持っており、一応バランスは取れている。
ここでHe112もしくはBf109の生産を取りやめるなどしたら、流石にメーカー側も黙ってはいないだろう。
その辺の政治的な事情もあって、『ただその方が効率的』という理由でHe112の生産を現段階で取り止める訳にもいかなかった。
「ただそうだな、優先順位をつけるのであればFw190の方が優先度がたかい。タンク博士。手配が必要なものがあれば遠慮なくトートにいいたまえ」
「・・ありがとうございます」
やや口ごもりながらそう答えるタンク博士。
ここまで自ら設計した機体が褒められて嬉しくないはずだが、どこか複雑な表情をタンク博士は浮かべていた。
「それで、ゲーリング。これがそうなのか?」
「はい、閣下。こちらがフォッケ博士が開発している試作ヘリコプターです」
俺は目の前のもう一つの機体に話題を移すのだった。




