ポーランド侵攻 5
「まだか、まだあの村は抜けんのかね?」
ポーランド軍所属キュリー少佐は師団司令部から叱咤を受けていた。
電話越しに将軍の声が野戦指揮所に響く。
さして音質が良い通信でもなんでも無いが、それでもがひび割れた音越しにも司令部の焦りが伝わって来る。
亡国の瀬戸際まで追い詰められつつあることを嫌でもキュリー少佐は感じた。
「将軍。とてもじゃないですが無理です。敵の火力は我が方より遥かに優勢であり、練度も優秀です」
少佐は司令部の将軍に率直に返事をするが、その返事に被せるように将軍が言い募る。
「相手は一個中隊規模ということでないのか?一個大隊で攻撃して何故抜けんのだ?」
(こんなことなら電話線を繋ぐんじゃなかったかもな)
そんな本末転倒なことを少佐は思わず思った。
無線での電信通信だと文でのやり取りで済んだはずであり、今のように将軍から叱咤を受けることもなかったはずだ。
だが一方で少佐は将軍が焦る気持ちも理解できた。
少佐の手元に戦況の全体像を掴めるだけの情報はなかったが、祖国が追い込まれていることくらいは分かる。
そして今回のこの反攻作戦がドイツ軍にガタガタにされた防衛線を引き直すための貴重な時間を稼ぐために実施されており、この作戦の成功の如何が祖国の存亡に直結しかねないこともよく分かっていた。
(だが事実どうしようもないのだ!)
作戦目的と意義を理解できているだけに少佐も現状の戦況には苛立ちを感じずにはいられない。
だが、前線指揮官として生の前線を見ている限り感じることは『とてもじゃないが突破できない』という絶望的な現状理解だった。
ダメ元で少佐は将軍に頼み込む。
「でしたら将軍。砲兵戦力をください。確かに我が方は大隊でありますが野戦砲を欠いており実質的には3個歩兵中隊の集まりに過ぎません。敵は異様に大量の機関銃を配備しており歩兵火力で我が軍は同等もしくは劣っております。一門でいいのです!野戦砲を頂きたい!」
「少佐、無理を言うな。野戦砲を送れないことは少佐も理解できているだろう。その代わりの戦車ではないか?」
(そうなるよな・・・)
ポーランド軍は致命的に野戦砲が不足していた。
工業基盤の貧弱さもあってもともとポーランド軍はそこまで火砲戦力が潤沢な軍隊ではなかったが、その貴重な戦力もルフトバッフェの執拗な攻撃により見る間にすり減らされていた。
そうやすやすと動くことが出来ない火砲戦力は、制空権を掌握したルフトバッフェのいい攻撃目標に成り下がっていたのだ。
この後首都防衛や第二防衛ラインの構築をする必要があるポーランド軍としては火砲戦力というものは易々と使える代物ではなくなっていた。
「戦車ですか・・・。7pt戦車は良い戦車ですが力不足です。いえ、正確に申し上げますと今回のような戦闘には向いておりません」
少佐は搾り出すようにして報告を続ける。
「向いていない?それはどういうことだ?」
相反する少佐の報告に将軍は訝し気に疑問を呈した。
「それはですね、かくかくしかじか」
少佐は将軍に対して報告をあげる。
確かに7pt戦車は優秀な戦車であった。
強力なボフォース製45口径37㎜戦車砲を装備しており、ドイツ国防軍の軽戦車である1号、2号戦車に対して火力面での優位性を確保。
装甲もまずまずの強度を誇っており、小銃弾などでは至近距離からAP弾で撃たれたとしても全く攻撃を受け付けなかったし、2号戦車の20㎜機関砲に対しても交戦距離によっては抗堪性を示した。
だが市街地戦となると話がかわってきた。
ボフォース製の37㎜砲は優秀な火砲ではあったが、高初速砲の宿命として砲弾の炸薬量は控えめなものだった。
敵軍の陣地に射撃してもいまいち制圧力不足であり、敵が籠る建物に射撃しても建物自体が吹き飛ぶということはまずなく、せいぜい建物に大き目の風穴をあけ風通りを良くするのが関の山であった。
7pt戦車の攻撃が上手く刺さらないのと反比例して敵の攻撃は7pt戦車を効果的に食い止めた。
だだっ広い草原などではなく、そこここに建物などの障害物が多く存在する戦場において交戦距離はつまりやすく、敵対戦車ライフル部隊の至近距離からの射撃を許すこととなった。
これが敵が運用しているという噂の大型の戦車であったり、英仏が保有しているらしい重装甲戦車なら問題なかっただろうが7pt戦車はあくまで軽戦車であった。
100mそこいらの交戦距離になってしまうと前面装甲すら敵対戦車ライフル弾が貫通。
側面などだと更に遠くからの貫通を許した。
少佐の手元には2両の7pt戦車が配備されていたがそのうち1両は早々に使い物にならなくなった。
こうなってしまうと後方から火力陣地として運用するほかなくなるのだが、ここでも高初速砲の弊害がでた。
曲射が出来ない為後方といいつつ、せいぜい前線から1000m以内から攻撃するのだが敵対戦車ライフルが容赦なく襲ってきたのだ。
どうも敵は対戦車ライフルを超大型の狙撃銃としても運用しているらしく、キューポラから身を乗り出していた車長が頭を吹き飛ばされていた。
(文字通り吹き飛んでいたな)
その時の凄惨な様子を思い出し、少佐は顔をゆがめる。
戦車の装甲を貫通する銃弾なのだ。
人の頭に当たればどうなるか?
誇張ではなく、文字通り車長の頭は跡形もなく消し飛んでしまっていた。
そして被害はそれだけじゃない。
敵対戦車ライフルは通常の狙撃銃をはるかに上回る射程をもっており、敵が支配する村から射線が通る位置に不用意に姿をさらした者は容赦なく吹き飛ばされた。
勿論こちらの歩兵部隊も反撃で撃ち返すが射的距離が違い過ぎてまったく話になっていない。
遥か彼方から一方的に狙われる恐怖は一時的に部隊を恐慌状態に陥れたほどだ。
(だが本当に厄介なのは対戦車ライフルじゃない)
脅威には間違いないものの敵対戦車ライフルはそこまで多くの数が配備されている訳でもないようで直接的な被害の数はそこまで多くない。
しかも射撃位置の露見を恐れているのか、ポーランド軍歩兵部隊が前進すると覿面に攻撃は鈍った。
となるとポーランド軍がとるべき戦略は歩兵部隊での攻略となるのだが、そこで立ちはだかるのは敵の異様な火力だ。
少佐自身、部下の『敵は全ての兵士が機関銃を装備している』などという報告を当初は眉唾と考えていた。
敵戦力を前線兵士が過大に評価してしまうのは戦場の常だ。
だがあまりにも同様の報告が多いため少佐も前線視察に赴いた結果、少佐も言葉を失うこととなった。
本当に敵兵全員が機関銃をもっているのだ。
そうなってくると機関銃の死角など存在しないことになってくる。
『とてもじゃないですが、敵陣地を歩兵で落とすのはむりです!』という部下たちの報告を少佐も受け入れるしかなかった。
「それほどまで・・・か」
少佐の報告を聞いた将軍がため息交じりに言葉を吐き出す。
「「・・・」」
電話越しに沈黙がしばし走る。
ドイツ軍の強大さを改めて実感し二の句がつげなくなってしまっていたのだ。
「だが、少佐。それでも我が軍は今回の作戦を完遂する必要があり、その為にはその村を攻略する必要がある。戦車を何両か送る。この際ある程度の損害は許容する。強攻で攻略せよ」
「・・・承知いたしました。援軍感謝します」
(これは・・・ひどい戦いになるな)
キュリー少佐は師団本隊からの貴重な機甲戦力の援軍に感謝しつつも、それと同時に『なんとしてでも攻略せよ』という本部の指令に目眩を覚えた。
異様に火力の高いドイツ軍陣地への数に任せた歩兵戦力主体での攻撃は甚大な被害をポーランド軍に強いることになるだろう。
そのほぼ確定的な未来予想図に暗澹たる気持ちも抱くのだった。
だが、幸か不幸か少佐の懸念は外れることとなった。
キュリー少佐は一大攻勢を欠けるべく師団本隊からの増援を待ったが、待てど暮らせど届くことはなかった。
ポーランド軍虎の子の7pt戦車は移動中にルフトバッフェに発見され木っ端微塵にされてしまったのだった。
また、少佐は戦場の女神に好かれていたようで少佐の部隊には後退命令の方が先に届いたの助かったが、他の部隊は取って返してきたドイツ軍の機甲師団の一部や、先行してきたドイツ軍後詰めの歩兵部隊に捕捉され撃滅。
ルフトバッフェの攻撃で矛先を鈍らされ勢いを失ったポーランド軍の反攻作戦は、ドイツ軍北部軍集団の攻勢の首を折る事に失敗。
攻勢開始から3日と経たずして反攻作戦に参加していた全部隊の後退が指示されたのだった。




