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僕の婚約者  作者: 理嗚
3/3

3話

「それでは、そろそろ時間ですから行きましょう」

「ええ。今日の観劇とても楽しみにしていましたの」


 金色の髪をもつ男女の楽しげな会話。

 お茶を飲んでいた席を立ちあがった二人に割ってはいるのは、まるでそれを切り裂こうとする暗闇にも見える僕の髪。

 僕の顔をみて、はっと二人の顔が強張る。僕はそれに気づかぬよう、笑みを浮かべた。


「こんなところにいたんだね、探したよシェイラ」


 彼女の怯えたような、憤ったような表情を見たのは初めてかもしれない。

 後ろで強張った顔をする男に向かって、僕は余裕の笑みを浮かべてみせた。


「僕の婚約者と重大な話があってね、彼女との約束はまた今度にしてもらうよ」


 シェイラがとっさに口を開きかけたが、言葉は口から出てこなかった。そして、しぶしぶ僕の後についてきたのだった。




 シェイラと話をしようと思って数日間。

 僕の手紙や従者の言づけはことごとく無視された。

 婚約破棄のことを伝えられたときから日にちが経っていたせいもあるのだろう、彼女にとってはすべて終わったことであり、何をいまさらという心境だったに違いない。だから僕は強硬手段にでる。サルージに頼んでオーリンの予定を探ってもらい、彼女と接触する日を待った。そして先ほど、ようやく彼女を捕まえたのだった。




「いったい何の用ですの!? 自分の都合を優先させるなど、相手の方に失礼じゃなくて!?」


 これからの会話はあまり人には聞かせたくない。

 そう思って選んだ場所は、奇しくも婚約破棄を告げられたあの公園だった。

 僕はそんな皮肉さに笑みを浮かべながらも、後ろでわめくシェイラをゆっくりと振り返る。


「何の用? 僕は再三君と話し合いがしたいと連絡していたはずだがね。それを無視していたのは君だろう。相手に失礼もなにも、婚約者と会う時間は取れなくても、遊ぶ相手と会う時間はあるようだが」


 シェイラはいつもと違う僕の様子にたじろいだようだった。

 彼女が怒ってみせれば、いつも僕は謝っていたから。そんな態度の変化にシェイラもいつもと違う様子を感じたようだった。しかし、恋は盲目とはいったものだ。彼女の瞳に猛烈な怒りの感情が燃え上がる。


「婚約者ですって? それは先日解消してとお願いした筈ですわ。貴方様とはもう何も関係ありません、勝手に婚約者などと吹聴していただきたくありません」


 言いたいことを言って、くるりと背を向けるシェイラだったが、それではここまでして話し合いの場を作った意味がない。僕は彼女の身勝手さと傲慢さに胸の奥がざわつくのを感じていた。


「誰が解消すると言いました? あなたの一言ごときでできる婚約解消などありえませんよ」

「な……」

「そもそも、これはアルクール公爵家とラトゥーサ侯爵家の縁談でもあるのです。それを勝手に解消できるはずもないでしょう」


 貴族に籍を置く身なら、当たり前のこととしてある家同士のつながり。

 経緯がどうであれ、婚約が発表された今となっては、当人達同士でどうにかなる問題でもないのだ。それをシェイラはすっかり忘れている。だが、彼女は自分の意見が通って当たり前と考えているようで……


「では、貴方様がうまくお話しくだって!」

「どうして、私が」

「どうして? そんなの決まっています。私は貴方と結婚する気はありませんし、何より愛する方がいらっしゃるからですわ」

「何を馬鹿なことを……」

「馬鹿なことではありません! そもそも、私は貴方様とは結婚などしたくはなかったのです! お父様が勝手に決めてしまったもの。まだ幼かった私に反論も結婚という重みもくさびも何もわからないうちに周りを固められてしまって、迷惑でしたわ」

「……」

「私が恋を知ったとき、貴方様は当然のように私の隣にいました、どれほど息苦しく、辛かったことか……でも、愛する方の心を知り私たちはお互い、離れられない運命と知ったのです。そうであれば、もう貴方様との婚約など無意味なもの。私にとっては呪いとも言っていいものでしかありません。貴方様がお父様にお話しくだされば、お父様は婚約解消の手続きをしてくれますわ。私たちは人目をはばからず、愛し合うことができるのです。お願いです、ライデウ様。もうわたくしを開放してくださいませ……」


 ほろりと、今にも涙をこぼしそうなほど儚げな顔で微笑む。

 恋や愛に焦がれ、苦しみ、その悲劇から逃れようとする美しき妖精の姿に他ならない、まるで物語の悲劇の主人公のようなシェイラ。だが、ここは、現実は物語ではない。自分の容姿が相手にどう見え、自分の願いが叶えられるのだと思い込んでいる少女の姿は、僕にとってどんな女性よりも浅ましく、愚かな者にしか見えなかった。


「シェイラ嬢!」

「オーリン様!!」


 そこへ颯爽と現れた青年に、シェイラは笑顔を向け、僕と彼女の間に割り込んできた彼はシェイラを背にかばいながら僕を睨みつけてきた。


「ライデウ殿。私が悪いのです。貴方方が婚約している知りながら、シェイラ嬢への想いを止めらなかったのです。彼女は何も悪くありません、彼女を愛し、その想いを囁いてしまった私がすべて悪いのです……」

「そんな! オーリン様……わたくしも、わたしくしも貴方を一目見たときから……貴方と出会い、私は愛しいという気持ちを知ったのです。一人の男性を焦がれるという想いを……わたくしにはあなたが必要なのです。貴方を愛しているのです」


 目の前の僕の存在を一切無視して、繰り広げられる二人の会話。

 彼らは見せつけるように抱き合った後、オーリン殿がこちらへ強い視線を向けてきた。


「私は近々、シェイラ嬢の父君へ私の真剣な想いを打ち明けるつもりです。この想いが許されるまで、何度も、何度も……必ず、私たちの想いが家同士のものよりも、超えてみせると証明して見せます」

「オーリン様……」


 二人は僕に背を向けて歩き出す。

 寄り添い、微笑みあい、本当の恋人同士のように。


「やれやれ……」


 僕の口からでたのは、呆れというか、疲れというか、そんなものが入り混じった言葉。

 あれが恋の熱というものなのだろうか。まるで自分たちの置かれている辛い(?)状況に酔いしれ、それでも愛を貫こうとしている若い恋人達。もし、これが舞台なら、僕はさしずめ二人を邪魔する憎い婚約者なのだろう。しかし、オーリン殿はシェイラの父上を説得すると言っていたが、ラトゥーサ侯爵は一筋縄ではいかない人物だ。娘には甘いところがある侯爵だが、僕の父を親友と常々言っているのだから、僕へ不義理を働こうとするシェイラをそう簡単に許しはしないだろう。まぁ、だからこそシェイラも僕が説得しろと言ったのだろうが……


 これからどうなるやら。

 そんな呑気に構えていた僕に、二人は先制攻撃とばかりにやってくれた。

 もちろん、それはオーリン殿の家がシェイラとの仲を喜び手を貸したのもあったのだろうけど。


 普通なら、貴族同士の約束事を破り、横から手を出してきたオーリン殿へ非難が集まるのだけれど、それはいつの間にか、二人の想いを知っていながら家の力を使って婚約を整え、二人の仲を引き裂いたと僕が悪者になっていたのだ。


 しかも、シェイラがそう吹聴しているらしい。あの儚げな容姿と彼女を慕う男たちをうまくつかって、噂を広めているようだ。おかげで若い貴族たちからは、二人は同情され、僕は面と向かっては言われないものの、たまにでる夜会ではちくちくとした視線がうっとおしい。僕がそんなことをするわけはないと、同じ職場の同僚やサルージとその友人たちが色々手助けしてくれているのだが、妖精姫の影響は思った以上に強かった。そんなこんなで、今、望まぬ渦の中心にいる僕だけど、一つ不思議なことがある。


 それは、僕の父、アルクール公爵やシェイラの父上、ラトゥーサ侯爵が沈黙を守っていること。

 父上とたまに顔を合わせても、仕事の話やたわいもない話ばかり、こんな醜聞は当然耳に届いているだろうに。


 しかし、噂の中心にいるというのも疲れるものだ。

 それも、好意的な視線ではないのだから、いつも夜会に参加すると気疲れする。僕は今日も、とある夜会に顔を出した後、早々に家に帰ろうとしていた。そんな僕を呼び止めたのは……



「お待ちください。ライデウ様。少し私にお時間をください」

「アルシュ嬢?」


 僕を追いかけてきたのだろう、彼女は少し息を弾ませていた。

 オレンジ色と茶色のレースがついた衣装は、彼女の瞳の色も相成ってか、まるで太陽のように光輝いて見える。しかし、淑女の見本ともいえる彼女が小走りとはいえ、このドレス姿で走る行いをするのはとても珍しい。まぁ、要件はただ一つ、妹シェイラのことだろうが……いったい何を言われるのだろうと戦々恐々としている僕に、アルシェ嬢はするりと腕をからませてきた。


「わたくしもご一緒に帰ってよろしいですか?」

「え、ええ……」


 人に聞かれたくない話という意味を安易に含ませた言葉に、僕もぎこちなく頷く。男性が女性をエスコートするのは当たり前なのだが……アルシェ嬢が僕にこういったことを求めてきたことがなかったので、かなり戸惑う。僕は自分の動きが少々ぎこちなくなっていることを意識しながらも、彼女の歩幅に合わせて扉の外に出た。


「強引にお時間を作っていただいて、申し訳ありません」

「いえ……」


 話があるということなので、僕の馬車に乗った彼女は、馬が走り出した途端頭を下げてきた。暗闇でもわかる、金色の髪がするりと首筋を通って落ちるのを目の端にしながら、僕はいつもとは違う彼女の様子に落ち着かない気分だ。


「ところで、僕に何が用が……」


 そう切り出した僕の言葉に、アルシェ嬢は悲痛ともいえる表情を浮かべていた。そして彼女はまるで自身の膝に頭を打ち付けるのかと思うほど、頭を下げてきたのだ。


「本当に申し訳ありません、ライデウ様。妹のこと……何度頭を下げても足りません」

「……アルシェ嬢……」

「先日、あまりにも酷い飛び交っていますので、妹を問い詰めたのです。そうしたら……貴方に婚約の破棄を求めたどころか、自分たちに都合の良い噂を広めているのを知り……何とかその噂は嘘だと私の友人たちに協力してもらいながら止めようとしているのですが、この噂の方が面白いと楽しんでいる輩も多く、止めることができません。わたしの力不足です。貴方の名誉を傷つけてしまい、妹の愚かさをただ、詫びるしかないわたくしをどうかお許しください」

「……貴方が頭を下げることではありません」

「いいえ! 妹の行ったことは貴族としての恥ずべきおこないです! でも、でもそれ以上に……貴方のお気持ちを傷つける行為です……」


 まるで泣いているのではないかと思い、僕はどきりとした。

 僕の知っているアルシェ嬢は、とても自信に満ち溢れ、いつも気持ちに余裕があるようにどっしりと構え、優雅にそして淑女の鏡としている人だったから。こんなふうに泣きそうになったり、僕に頭を下げたりする人とは思ってもいなかったから。


「妹は貴方の優しさに甘えすぎたのです……それがどんな酷い行為なのか……貴方の気持ちを理解しないことが悔しくて、情けなくて、申し訳ないのです……」


 彼女ん指が震えている。

 思わず、そんなことはないと、手に取って言いたい。そんな衝動に僕は心の中で動揺した。貴方のせいではないと、貴方は関係ないと……


「妹も、すぐに目が覚めるでしょう。今は、恋に恋をしているだけなのだと。子供の愚かさに気づき、貴方に詫びてくる日が必ずきます。ライデウ様。貴方にこんなお願いをするのは間違っていると思うのですが……妹にもう少しだけお時間を与えてくれませんか。あと少しの猶予を、与えてくださりませ」


 すぅっと僕を見上げた赤い瞳。妹を心から案じ、それでもシェイラを信じている姉の目だった。

 わかりましたと、呟いた声は何故かかすれていた。喉がひゅうっと鳴り、僕の心の中がとても冷たくなっていくのがわかった。


 何故だろう、僕はこんなに冷え冷えとしているのだろう。

 何もかもがどうでもよいと思えるような、そんな冷たい気持ちになっているのだろうか。


 送ったアルシェ嬢がラトゥーサ家の屋敷の中へ入るのを目の端にした後、僕はすぐに馬車を闇の中へ走らせた。




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