第五話:公開処刑《オーバー・キル》
壊れた馬車は、もう動かせなかった。
商人さんの了承を得て、馬車と倒れた馬はその場で焼くことになった。魔物を呼び寄せないためらしい。荷物は救援隊の馬車に積めるだけ積み、亡くなった護衛の人は、仲間の護衛たちが布で丁寧に包んで乗せた。
怪我の重かった人や親子が馬車に乗り、残りは歩いて周囲を警戒する。
私とリゼットは、馬車の少し後ろを並んで歩いていた。ちなみに盗賊入りの光の檻は私についてくるように設定した。はたから見るとだいぶおもしろいだろうな。
「このあと私どうなるんだろう。日も傾いてきたし、なるべくちゃんとしたところで寝たいな」
「今のところは何も目処が立っていませんね。最悪野宿まで覚悟しておいたほうが良いかと」
「野宿はなるべく遠慮したいなあ……」
リゼットは軽くため息をつく。
「使用できる魔術は火と光の二系統ということにしましょうと言ったのに、つい先ほど雷の魔法を使いましたし」
「あ。そういえば……あれはとっさで……」
「幸い、まだ誰にも適性の話をしていないから良いものの、マナに嘘は向いていないかもしれませんね」
リゼットは空を見上げ考えを巡らせていた。
「そうですね……聞かれない限り適性の話はしないようにしましょう。聞かれた場合は、古い術で現在の体系に沿っていないと答えてください」
「それはそれで騒ぎになりそうじゃない?」
「そうかもしれません。だとしても全属性使えるという話をするよりは、まだいいほうです」
「そ、そうなんだ。全属性使えることについてちょっと認識が甘かったかも……」
私は少しうつむいた。街の外で、暗い中一人で夜を過ごすのを想像すると恐ろしかった。私はリゼットに助けを求める。
「ね、ねえ。もし、野宿になったら……リゼットは付き合ってくれる?」
「どうしましょうか。私もできればベッドで寝たいです」
「そうだよね……じゃ、じゃあ私の魔法で簡単な家を作るっていうのはどう!?」
「……マナなら作りかねませんね」
リゼットは少し考えてから、首を傾げた。
「家を建てる術式……建物の生成と維持を同時に行うのでしょうか。どのような魔法になるのか、少し興味があります」
「……」
問題は術式じゃなくて、名前の方だけど。考えただけで顔が熱くなった。
「冗談です。もし野宿になっても、お付き合いしますから。家は作らないでくださいね」
リゼットはいたずらっぽく笑った。本当は私の苦悩に気づいているんじゃないか。そう疑いたくなるような笑顔だった。
***
一時間近く歩くと、またリーヴェンの門が見えてきた。もう暗くなってきたためか、検問の列はまばらだった。
先ほど軽く救援隊の人に説明されたが、取り調べなどもあるため一応優先的に通してもらえるらしい。
盗賊たちの檻は、門の手前で詠唱を加え、そのまま体を縛る鎖に変えた。そのとき、盗賊たちの懐から古びた道具がいくつか転がり落ちた。檻に入れていたせいで、救援隊も彼らの持ち物を調べられていなかったのだ。数は多くない。なんとなく危なそうだったので、とりあえず拾っておいた。
私は門の脇にある詰め所の牢まで同行したが、ぴかぴか光って目立っていたため、盗賊たちはだいぶ恥ずかしそうだった。いい気味である。牢に入れたところで、鎖は解いておいた。詰め所には魔封じの拘束具があるらしく、そちらに切り替えてもらった。
その後、置きっぱなしになっていた鞄と生徒手帳を返してもらい、拾った道具はひとまず鞄にしまっておいた。
一通り済んだあと、兵士が話しかけてきた。最初街に入る手続きのときに対応してくれた年配の方だ。
「さて……このまま、事情聴取を行いたいのだが、構わないか?」
「もちろん」
「ええ、問題ありません」
私たちは即承諾した。兵士は歩き出しかけて、思い出したように振り返った。
「そうだ、言い忘れていたが、商人……コーネルさんと怪我が比較的浅めだった護衛の代表も同席させる」
そりゃそうだ、当事者だもんね。リゼットの方をチラッと確認すると、問題ないという感じで頷く。
「もちろんです。問題ありません」
私はまっすぐ兵士の方を見つめて堂々と言った。
このときの私は、事情聴取で何を話すことになるのか、まだ深く考えていなかった。
***
会議室に案内されると、コーネルさんと呼ばれた商人と、護衛の方がすでに控えていた。
私たちは軽く会釈をし、案内された席に着く。机がちょうどコの字になっており、私たちはコーネルさんと向かい合う形だ。
兵士はコの字でいう縦線の部分に陣取った。
「改めて、本日の盗賊襲撃事件について聞き取りを行います」
兵士は軽く黙祷を捧げると、息を吐いて、話を続けた。
「本日、街道にて襲撃事件が発生しました。人的被害としては軽傷七名、重傷三名、死亡一名、以上です」
コーネルさんたちの痛ましげな表情が辛かった。少し間を置いたあとコーネルさんが尋ねる。
「あの……私事で、すみません。私の妻と息子は無事なのでしょうか?」
そういえば、コーネルさんは救援隊が到着したときや、街に戻る間に一度もそのことを聞いていなかった。
気が気ではなかっただろうに、自分の都合を押し付けないことに徹していたのだろう。自分が同じ立場なら真っ先に聞いてしまうだろうなと思った。
兵士は頭を下げ調書のページをめくった。
「すみません、そちらのお話がまだでしたね。奥方と息子さんは無事です」
「本当ですか!? よかった……息子はもう助からない傷かと……」
「そこのマナ殿が治療なさってくださいました。重傷者三名は全員マナ殿の治療で命を取り留めています。街に入っていたら危なかったかもしれません」
コーネルさんたちは目を丸くした。
「え? そこのお嬢さん方は通りすがりの方たちではなかったのですか?」
「違います。奥方の必死の訴えを聞いて真っ先に飛び出していきました」
「妻を乗せた馬車が去ってからあの早さで……? 信じられません」
みんなの怪訝な視線が突き刺さる。余計なこと言わないようにとりあえずにっこり笑っておいた。
コーネルさんは立ち上がり深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございます……我々を助けていただいただけでなく、妻と息子まで救っていただいたようで……」
「い、いえ、頭を上げてください。私は誰も死なせたくなくて、何も考えずに動いただけです」
「ええ、本当にマナは考え無しでしたね。ですが、それで救われた命は確実に存在します。そこは事実として受け止めてください」
リゼットの言葉を聞き、私は必死に頭を働かせて言葉を選んだ。
「そっか……はい、間に合わなかった方は大変残念ですが、できる範囲でお力添えできてよかったです」
「マナ殿は謙虚ですな。いやはやご立派です」
コーネルさんはもう一度一礼すると席についた。兵士は調書をめくりながら尋ねた。
「ところで、コーネルさんのところの護衛の方々であれば、大抵の盗賊は敵でないはず……一体何があったのかお聞かせ願いますか?」
コーネルさんたちは頷いた。どうやら護衛の方が代表して話されるようだ。
「私たちはそこらの冒険者に負けないという自負があります。その上で申し上げますが……盗賊たちの強さは普通ではありませんでした」
「具体的にはどういう?」
「使い捨ての魔法具や強力な武具を持っていました。最初の勢いは凄まじかったです。その分尻すぼみ感はありましたが、生半可な冒険者ではおそらく瞬殺されてしまうかと……」
兵士はハッと立ち上がる。
「奴らもしかして魔法具をまだ隠し持っているのでは……!」
牢の様子を見に行こうとしたため、私が制止した。
「すみません、待ってください。後ほどご報告しようと思っていたのですが……魔法具のようなものは無力化して取り上げてあります」
私は鞄から、拾っておいた古びた道具を取り出した。どうやら、あの鎖には拘束した本人に加え、身につけているものの魔力を封じる効果も備わっていたらしい。さすが神話の足枷……
兵士は道具を確かめながら眉をひそめる。
「なぜそのときに言わなかった。ここの設備では本人の魔力しか封じることはできん」
「すみません……お忙しいかと思って」
兵士はため息をつくと、部下を呼び出し盗賊の身体検査を命じていた。取り調べの前に徹底的に確認するようだ。
様子を見ていると、リゼットに「一人で判断するのはやめましょうね」と諭されてしまった。ちょっと恥ずかしい。
私が取り出した魔法具を兵士は確認し、調書に書き込んでいく。
「見たことないものばかりだな……」
護衛の方も頷いて答える。
「私たちも初めて見るものばかりでした。ただそのせいか盗賊たちも練度が低かったようです。強い力をただぶつけるだけ、そこだけが救いでした」
「なるほど……覚えている範囲で構いませんので、効果を教えていただけますか?」
護衛の方は了承し、ひとつひとつ丁寧に答えていく。最後の魔法具が終わった頃、話題が変わった。
「それで……次はこのマナ殿が到着してからのことだが……」
「そうですね……一瞬何が起こったかわかりませんでした。盾を召喚しコーネルさんたちを救ったかと思ったら、すぐそれを堅固な結界に変え、次の瞬間には光の鎖でほとんど全員無力化しておりました。その際一人見逃したようですが、それも雷の魔法で一瞬で無力化していました」
「コーネルさんの護衛が苦戦する相手を一瞬で……ねぇ……」
兵士の怪訝な視線が私に突き刺さる。一体今日何回不審者扱いされればいいんだろう。とりあえず微笑んでおくか。
「微笑んでないで、詳細を教えてくれないか?」
私の微笑みは効かなかったらしい。あんまり、言いたくないんだよなぁ……
「えーっと、その……魔法で解決しました。詳細は秘匿します」
「……」
兵士の視線がさらに鋭くなる。私は冷や汗をかき続けていた。
「では、コーネルさんたちから見てどう見えましたか?」
私に聞くのを諦めて兵士はコーネルさんたちの方を見る。また護衛の方が口を開いた。
「そうですね……色々な魔法は見てきましたが、一度も聞いたことのない魔法を操っていました。確か拘束したときは……天鎖牢獄……と」
「天鎖牢獄……」
兵士は復唱しながら調書に書いている。コーネルさんも頷いていた。
「ええ、間違いありません。私も聞きました。次々と盗賊たちの足元に光の魔法陣が浮かび、次の瞬間には無数の鎖が盗賊どもを捕らえていました」
大人たちは大真面目な顔をして私の魔法の解説をしている。私は平静を装った。表情だけは、なんとか。
本当にやめてほしい。自分が考えたかっこいい魔法名を復唱されることほど辛いことはない……ぐふぅ……
護衛の方はそのまま続けた。
「魔法名も聞いたことがありませんでしたが、その前に唱えていた何かは全く聞き取れませんでした」
あれ、詠唱部分ってこの世界の人たちには聞こえてないのかな?
私はリゼットに小声で尋ねた。
「ね、ねえ。私の魔法名の前の詠唱って聞こえてないの?」
「エイショウ……というものが何なのかはわかりませんが、マナが魔法を出す前に言っている言葉は意味のない音に聞こえます」
「そういえば……リゼットも詠唱してなかった。そうか、この世界では詠唱という概念がないからその部分は翻訳されないのか……なんで教えてくれなかったの?」
「それも含めての固有魔法かと思っていましたので、気に留めていませんでした」
うーん? 意味の分からない音まで含めて、一つの魔法だと思っていたらしい。研究者気質っぽいリゼットなら、そう考えるのかもしれない。
……あ。そういえばリゼットと最初に会ったときも、「あれはどちらの言語でしょうか」と言っていた気がする。意味として捉えられてなかったのか。
……よかった。本当によかった。
アレまで大真面目に復唱されていたら、私はたぶんこの場で溶けていた。まあ詠唱時の恥ずかしさがなくなるわけではないんだけどね……音として捉えることは可能みたいだし……
でも……ならなんで詠唱の中身が翻訳されない?「詠唱」自体が通じないのはわかるけど、「詠唱の中身」はただの言葉の連なりでそれぞれの言葉が訳されてもよさそうなのに……
私の頭に浮かんだその疑問は、兵士の質問でかき消されてしまう。
「マナ殿、この魔法について詳しく述べる気は?」
「……先ほどと同じくありません。私の故郷に伝わる古い術とだけお伝えします。えっと……もしも秘匿したことにより罪に問われる場合は教えてください」
兵士は頭を掻きながら答える。
「個人の戦力に関わることで、秘匿することによる罪はない……ないが、マナ殿は身分証を持たず、正直我々としては不審者で、しかも危険人物として扱わざるを得ない」
黙って聞いていたコーネルさんが口を挟む。
「マナ殿は身分証をお持ちでないのか?」
「え、ええ。少し込み入った事情がありまして……」
「そういうことでしたら私が保証人になりましょう。問題ありませんな?」
兵士は驚いて調書を落とす。
「そりゃコーネルさんの保証があれば問題はありませんが……不審人物ですよ?」
「ええ、それは否定しません」
否定しないんだ。私はちょっぴり悲しくなった。コーネルさんはすぐに続ける。
「ですが……私も商人の端くれです。人を見る目は人一倍あると自負しています。マナ殿は挙動不審ではあれ、悪人ではありますまい。もしそのことで問題が起きれば私がいくらでも責任を取ります」
兵士は降参するように両手を挙げた。
「コーネルさんにそこまで言われちゃ私は従うまでです。簡易通行証を発行しますので、一旦失礼します」
兵士は調書を持って出ていった。私は立ち上がり頭を下げる。
「コーネルさん……あの、ありがとうございます! 今日は最悪野宿かと思っていたので、とても助かります……」
「いえ、問題ありませんよ。頭を上げてください。むしろ、こちらが助けられた側です。マナ殿とお連れのお嬢さんさえよければ今夜は私の家にご招待させていただけませんかな? 一晩泊まっていってください」
「宿もなかったので願ってもない申し出です! でも本当にいいのですか?」
「ええ、構いませんよ。えっとそちらの方は……」
「リゼット・アルノーです。私もお供させていただきます」
「アルノー……」
コーネルさんは少し考え込んでいたが、すぐに頭を横に振った。
「失礼、なんでもありません。貴女も歓迎させていただきますぞ」
リゼットは優雅な礼をした。コーネルさんは微笑んで頷いていた。




