第六話:不可侵休息《チル・タイム》
コーネルさんに連れられて街を歩いていると、見慣れない面白そうな建物がたくさん見えた。
好奇心に駆られうずうずしてる私を察してか、リゼットはちょいちょい「明日見て回れますから、落ち着いてくださいね」などと窘めてくる。
別に周りが気になってみんなに置いていかれるなんて、そんな子供っぽいことはないから、リゼットにはもう少し信用してほしいものだ。……一度だけ立ち止まってリゼットに引っ張られたけど、あれはノーカン。途中でリゼットが「着替えを取って参ります」と宿に寄り着替えを持ってきていた。
やがて、明らかに高級住宅地のような区画にやってきた。コーネルさんってそんなにすごい人だったのか……確かに馬車は立派だったけど。
「着きました、こちらです」
「おお……!」
遠い過去に妄想したまんまの、「かっこいいお屋敷」がそこにはあった。こういう家に行ってみたいと思ってたんだよね。異国情緒あふれるというか、何かをくすぐる風情があるというか。私の様子を見てか、コーネルさんは微笑んでいた。リゼットは少し恥ずかしそうにしていた。
コーネルさんが鈴を鳴らすとお屋敷の扉が開いていく。執事とメイドの方が迎えてくれた。
「おかえりなさいませ……そちらはマナ様ですね、もうお一方は……」
「リゼットさんです。二人とも恩人です、丁重におもてなししてください」
「承知しました。事情は奥様とお嬢様から聞き及んでおります。本日はお疲れ様でした」
本物の執事さんとメイドさんに「すごいすごい!」と内心はしゃぐ私をよそに、リゼットは半ば諦めたように「やれやれ……」といった様子で額に手を当てていた。じいっと見つめていると、メイドさんが私たちの前に歩いてくる。私たちの身なりを一瞥すると、優雅に一礼をした。
「こちらへどうぞ、先に浴室へご案内します。お召し物はこちらで洗濯させていただきます。お荷物は他の者が居室へ運んでおきます」
「あ、でも私着替えが……」
「こちらでご用意しますので、ご心配なく」
テキパキとした応対のメイドさんに気圧されながら、私たちは浴室に案内された。
設備や備品を簡単に説明された後、入浴補助も必要ですかと聞かれて少しきょどってしまう。さすがに断っておいた、恥ずかしいので。
脱衣所はシンプルながらも余裕を持った作りになっており、軽く十人くらいは着替えられそうだった。
私はちらちらリゼットの方を見ていたが、リゼットは特に気にする様子もなく、するすると準備を整えていたので、私も慌てて服を脱いでカゴに入れた。
「行きましょうか、マナ」
「あ、う、うん」
扉を開けるとそこには日本と遜色ないお風呂があった。
これまた何人も一斉に入れそうな大きな浴槽に、シャワーを模した魔法具……文明水準はかなり高めみたいだ。
魔法があればお湯を沸かすのも簡単だろうし……意外と入浴文化が一般化しやすかったのかな、私としてはとても助かる。
ちなみに、リゼットが言っていたが、庶民でも共同浴場があり、文化として入浴が根付いているらしい。
「わあ、広いね!」
「ここまでの広さは上級貴族でもなかなかないでしょうね。立派なものです」
私たちは念入りに全身を洗い、湯船に向かう。
入った瞬間、今日の疲労が全てお湯に溶け出していくような、そんな感覚を味わった。
「ほえ……いい気持ち」
「ええ、とても安らぎますね」
私たちはふうっと一息ついた。気を抜きすぎて寝かけてほんの少しだけ顔がお湯についてしまう。
「危ない! マナ、大丈夫ですか?」
「ご、ごめんなさい。……ちょっと疲れてるのかも」
意識するとものすごい空腹感と眠たさが襲ってくる。そういえば、こっちに来てから色々あったもんね……リゼットがそばに寄ってくる。
「そうですね……今日は一日色々ありましたし。お疲れ様でした」
「ありがとう、それにしても……コーネルさんって相当すごい人なんだねえ……」
「ええ、このあたりではフラッド商会を知らない者はいません」
「てことは、コーネル・フラッドさんていうの?」
「そうです」
「そっかあ、私知らないこと多すぎるなあ」
私これからどうしようかな……リゼットがいないとこの世界のこともわからないし、一緒にいたいけど……リゼットはどう思うかな?
そんなことを悩んでいると、ちゃぷん、とお湯が鳴りリゼットが立ち上がる。
「私はそろそろ上がります。マナはどうしますか?」
「あ、うん! 私も上がる」
私たちは脱衣所に戻り、入り口のそばにある備え付けのタオルを使い、体を拭いて脱いだ服を入れたカゴの前に行くと、そこには制服とは違う服があった。
「あれ、リゼット。私のカゴこれで合ってるよね?」
「ええ、合っていますよ。そちらが着替えなのでしょう」
簡単な下着とシンプルなロングワンピースが入っていたので着替えた。サイズも割とピッタリで驚きだ、そんなにいろんなサイズの着替えがあるのだろうか……
二人で脱衣所を出るとメイドさんが待機していた。そのまま居室へ案内してくれるらしい。
私たちは一階の客間に通された。広めの部屋に大きなベッドが二つ……割といい部屋なのでは……
「こちらをお使いください。御用の際はこちらの魔法具に触れていただきますと、使用人部屋に伝わります。お夕食の準備ができましたらお呼びします」
「わかりました。とても素敵な部屋ですね、ありがとうございます」
メイドさんに伝えると微笑んで一礼し去っていった。ドアが閉まると私は真っ先にベッドに向かった。腰掛けるとふにょんとする、程よい硬さのマットレスととても柔らかい布団だった。
「わー! すごいふかふか!」
「ええ、とてもいいベッドですね」
言いながらリゼットは隣に座ってくる。「油断すると寝てしまいそう」とリゼットに話すと「では、時間までお話をしましょう」と提案してくれた。
それから、リゼットと色々な話をした。主に今日の振り返りと私への注意だったけど。
話を始めてからほどなくしてノック音が聞こえた。リゼットが「どうぞ」と答えるとメイドさんが入ってくる。
「お夕食の準備ができました。食堂までお越しいただけますか?」
「はい、問題ありません」
私たちは、部屋を後にし、メイドさんについていった。
食堂に着くと、コーネルさんと奥さん、それから娘さんがいた。コーネルさんが立ち上がって一礼する。
「ご両名お揃いですな。本来であれば息子も同席させたかったのですが、本日は大事をとって自室にて休ませております。ご承知おきください」
「当然です! ここにあの子がいたら、注意してました!」
「はは、マナ殿ははっきりとおっしゃいますな」
「あ、い、いえ。失礼しました!」
「いや、それがマナ殿の良いところでありましょう。どうぞそちらの席にお座りください」
私たちは勧められるままに席に着く。直後、奥さんが立ち上がって礼をする。
「セレーネです。マナ様……本当に本日はありがとうございました……息子の傷はもう本当にダメかと思っていましたから……」
「いえ、本当にお気になさらず、助かって良かったです。私はそれだけで十分ですから」
「そういうわけには参りません……せめて何か……」
あまりの必死の訴えに、何もお願いしないのは失礼かなと思った。少し込み入った事情になるけど、相談してみようかな。
私はリゼットに小声で尋ねる。
「ねえリゼット。ある程度の事情をお話しして、服とか日用品とか色々都合つけてもらうのは……どうかな?」
「いいと思います。フラッド家は信用に足りますので。ただ、マナの事情に巻き込むことになるので、前置きはしてあげてください。それと、マナの能力に関しては一旦伏せておいてください」
私は頷き、セレーネさんに向き直る。
「ありがとうございます。では……お食事の後に少し私の身の上話をしても大丈夫でしょうか……その上でお願いを聞いていただきたいです。えっと……リスクがあると判断された場合は、もちろん途中で話を切っていただいても構いません」
「ええ……もちろんです。身分証をお持ちでないということは何かしら事情があるのでしょう。できる範囲でお手伝いさせてください」
セレーネさんが席に着くと、今度は娘さんが立ち上がる。
「長女のネムです。呼び捨てで構いません。母からもありましたが、私からも何かお手伝いできることがあればと思います」
「……すごいしっかりしてるね、いくつ?」
「十一歳です」
「す、すごい! 私より落ち着いてるかも……ネムもよろしくね」
ネムは頷くと席に着く。ほどなくして、料理が運ばれてきた。
スープとパンに、サラダ、獣肉のロースト……どれもとても美味しく、談笑を交えながらたくさん食べた。おかわりも勧めてくれたので遠慮せずいただいた。リゼットは少し驚いていた。
「マナ、よく食べますね、大丈夫ですか?」
「そう? 陸上部だし、普段からこのくらいは食べるけど」
「リクジョウブ……?」
「あっ、気にしないで! よく走ったり跳んだりしてたってこと!」
「なるほど、マナらしいですね」
何を納得したのかわからないけど、気にしないことにした。
食後少し雑談をしていると、コーネルさんが思い出したように手を叩く。
「そうでした、私はあの盗賊のことを調べてみようと思っています。そこでお二方、もし何か情報があれば教えていただけると助かります」
「あの人たちのことを?」
「ええ、こちらの被害が甚大だったというのもありますが……奴らの戦力はあまりにもおかしかった。それに見たこともない魔法具も気になりますし……」
「わかりました、何か情報があればお伝えしますね」
コーネルさんは神妙な面持ちで頷いていた。
その後、私がお借りしている部屋までコーネルさんたちに同行してもらった。
コーネルさんたちはソファに腰掛け、私は鞄だけ用意しておいた。
「すみません、色々見てもらったほうが早いと思ったので、こちらまで来ていただきました」
「構いません。それでマナ殿、事情とやらをお聞かせいただけますかな?」
私は頷き、テーブルの上に教科書と財布、日本の硬貨、それからスマホを出した。スマホには私と街が映った写真を表示しておいた。
コーネルさんたちは目を丸くしていた。
「これは……? 見たこともない文字、それに随分精巧な絵姿ですが……見たこともない街並みです、そもそもそれは街なのでしょうか……?」
私は大きく深呼吸をした。
「私は……この世界ではない世界から来ました。原因は全く不明です、気づいたら……森の中にいました。ここにあるものはその世界のものです、触っていただいても構いません」
「……」
コーネルさんたちは信じられないといった感じで、机の上にあるものを手に取った。
三人で話し合っていたが、やがて、コーネルさんが頷く。
「マナ殿、正直なところ完全に信じたわけではありません。ですが、この世界のものとはあまりにもかけ離れた文字と、あなたが先ほどまで着ていた服から、否定しきれないと判断しました。ちなみに……ここまで言語が違うのに話せているのはなぜなのでしょうか」
「それについては私もわかりません。私からすると皆さん私たちの言語を話しているように聞こえます」
「ふむ……その辺りは一旦考えても仕方ありますまい。それで……マナ殿はこの世界で何をするつもりですかな?」
「正直わかりません。ひとまずは……この世界を知るところから始めようかと……」
それまで静かに聞いていたネムが立ち上がる。
「お父様、そのくらいにしてください。もしも今までの話が本当であればマナ様は不安なはずです。同情こそすれ、尋問する道理はありません」
「しかし、私はマナ殿の保証人になった立場です。もう少し慎重に判断を……」
セレーネさんもコーネルさんを咎めるように立ち上がる。
「その話は一旦こちらで協議しましょう。マナ様を巻き込む必要はありません。マナ様、申し訳ありませんが、これらをお借りしても?」
「あ、はい、構いません。できればこの絵を表示しているものだけは一度私が持っておきたいのですが、大丈夫ですか?」
「ええ、使い方もわかりませんし、そちらはマナ様がお持ちください」
セレーネさんは荷物をまとめると、凛とした表情でこちらに向き直った。
「ご心配には及びませんよ、あの人は私たちが説得します」
セレーネさんのきっぱりとした態度に私はちょっと申し訳なくなってしまう。挙動不審な不審者であることは確かだし、コーネルさんの判断は間違っていないと思う。
「あ、あの。私は大丈夫ですから……まだ質問していただいてもいいですよ? コーネルさんの言うことはもっともだと思います」
「ありがとうございます。ただそうだとしても今すぐ質問攻めにする理由にはなりません。今日のところはゆっくり休んでください」
ネムとセレーネさんはコーネルさんを連れて部屋から出ていった。
パタンと扉が閉まると私の緊張は一気に抜けた。
「ふ、ふう〜緊張した」
「お疲れ様でした。態度としては悪くなかったと思いますよ」
くすっと微笑むリゼットを見ながら、そういえばリゼットはなんですんなり受け入れているんだろうと疑問に思った。
コーネルさんの態度は至極当然な気がするので、なおさら、気になる。
「ね、ねえ。リゼットはなんで私のことすんなり受け入れてるの?」
「え? そうですね……あまりにもマナの使う魔法が魔術理論からかけ離れているのと、嘘をつけない性格に見えるからですね」
「そっか、リゼットがいてくれて本当に良かったな、私信じれるものがなかったら流石に詰んでたかも」
私リゼットに頼りっぱなしだな……少しでも恩を返せるように頑張らないと!
私はそれから荷物を片付けたり、身だしなみを整えたりして寝る準備を整えた。
「ふう、これで今日はやることおしまい……」
私は伸びをした。……ふと机に置きっぱなしになっていたスマホが目に入る。私は手に取った。
電池はまだまだ残っているけど、充電する手段がない以上いつかは見れなくなっちゃうかな。
ベッドに座り、無意識のうちに私は写真を見ていた。友達の写真、家族の写真。
「それは故郷の絵ですか?」
リゼットは隣に座り、尋ねてくる。
「そう、これはね……」
急に、画面の上に雫が落ちる。瞬間、私が泣いていることに気づく。無意識だった。
リゼットは私のことを抱きしめてくれた。
「大丈夫ですか? マナ……」
「う、うん大丈夫。ちょっと故郷のこと思い出して、もう会えないのかなって思って。この機械が使えなくなってしまったら、写真すら見れなくなってしまうのかなって、いろんなこと考えたら私……」
「今は考えないほうがいいです。忘れたほうがいいと言っているのではありません。もちろんそうは言っても難しいでしょうが……私も一緒に考えますから」
少しリゼットの側で泣いた後、気持ちを落ち着けてから、私はリゼットに向き合った。
「あ、ありがとう。もう大丈夫だから……あ、あのね。リゼット……さっきも考えていたんだけど、もし可能だったら私と一緒に冒険者活動してほしい……ダメかな……?」
「二人で組んで、ということでしょうか……?」
リゼットは少し考え込む。
「マナの魔法だと私は足手纏いになってしまいそうですが」
「私はリゼットと一緒にいたいの……ダメ……かな? そのことでリゼットが気に病むなら断ってもらっても、大丈夫……です」
リゼットは目を瞑って考え込んだ。しばらくすると目を開けて私と向き合った。
「わかりました。ただ、正式に組むかどうかは一旦保留にさせてください。しばらくは一緒に行動して、マナがこの世界に慣れたら、改めて考えましょう」
「ありがとう!」
私はリゼットに抱きついた。リゼットは少し恥ずかしそうに微笑んでいた。




