第5話 距離
それから、配達に来る瀬尾さんとは少しだけ会話の数が増えた。
たいした話題ではない。天気のことやあいさつついでのちょっとした雑談。
でも、少しだけ彼のことを知ることができた気がした。
「あの、配達の子とはうまくやってるの」
カウンターでホットコーヒーを飲んでいた、薬局の木村さんが唐突に切り出した。
「え」
思わず声が裏返った。
「うまくやってる、というか。普通に荷物の配達に来るときにあいさつするくらいですけど……」
「休みの日にも来てるんでしょう、あの子」
「それは……まあ、たまに」
「この前もね、うちの前通るとき、ニコニコしながら歩いてたわよ。仕事中はいかにも真面目そうなのに」
否定しようとして、うまく言葉が出てこなかった。
「木村さん、よく見てるわね」
花屋の遠藤さんが笑いながら言う。
「だって暇なんだもの、この商店街」
「そりゃまちがいない」
布団店の良夫おじさんがカラカラと笑った。
「いいと思うわよ、あの子。感じいいし、真面目そうだし」
「うちら年寄りにも、ちゃんと頭下げてくれる子なんて、そういないもの」
そうだ、そうだ、と皆がうなずく。
瀬尾さんはうちの店だけでなく、商店街全体で信頼されているのだ。
「でも、本当にそういう仲ではなくて。たぶん年下だし」
「そんなこと、どうでもいいじゃないの」
今度は、遠藤さんが声を上げた。
木村さんは、そこで身を乗り出した。
「もう、あの子で決めちゃいなさいよ。あなたのおばあちゃんだってどれほどあなたのことをかわいがって、心配してたか」
「おばあちゃんの話は、ずるいですよ」
思わず笑いながら言うと、良夫おじさんが「わっはっは」と豪快に笑った。
「ずるくてもいいのよ、こういうのは」
木村さんはそう言って、コーヒーカップを両手で包んだ。
「あなた、この店継いでからずっと一人で頑張ってるでしょう。私たちはね、あなたが幸せになるところ、見たいだけなの」
遠藤さんも、うんうんとうなずく。
「余計なお世話だってわかってるわよ。でも、この歳になると、若い子の恋バナくらいしか楽しみがないんだから」
「恋バナって、まだ何も始まってないですから」
「始まってなくても、始まりそうな空気ってわかるものよ」
木村さんは、してやったりという顔で笑った。
否定する言葉を探したけれど、うまく見つからなかった。実際、瀬尾さんのことを考える時間が増えているのは、自分でもわかっていたから。
「とにかく、変なプレッシャーかけないでくださいね。瀬尾さんとは、ぜんぜんそういう仲じゃないんですから」
力を込めてそう言ったとき、ドアのベルがカランコロンと鳴った。
「いらっしゃいませ」と言いかけた口が、そのまま固まる。
戸口にいたのは、コーヒー豆の段ボールを抱えた、瀬尾さんだった。
「あらやだ」
木村さんがそそくさとコーヒーを飲み終えた。
カウンターにコーヒー代を置き、瀬尾さんとすれ違いで店を出ていく。
「お荷物です」
「お疲れさまです」
伝票にサインをする間、瀬尾さんはいつもより口数が少なかった。心なしか、目も合わせない。
「失礼します」
一礼して、いつもより足早に去っていく後ろ姿を見送りながら、店の中に気まずさが漂う。
「……聞こえちまったかね」
良夫おじさんが、笑いそこねた顔で言った。
黙って奥の席でコーヒーを飲んでいたカラオケスナックのミツ子ママが、あきれたように言った。
「真面目に働いてる若い子をからかって。気の毒じゃないの」
誰も答えなかった。
店の中には、さっきまでのにぎやかさだけが、置き去りになっていた。
その日から、瀬尾さんは姿を見せなくなった。




