第4話 雨の休日
その日はまた、雨だった。
雨の日は、常連さんはほとんどやってこない。
皆、口をそろえて、雨の日はことさら出かけるのがおっくうなのだと言う。
ゆっくりと時間が止まったような空気の中、ドアの鈴がカランコロンと鳴った。
入ってきたのは、配達員の瀬尾さんだった。
「瀬尾さん」
思わず名前を呼ぶと、瀬尾さんは少し気まずそうに会釈した。
今日は制服ではない。
さっぱりしたポロシャツにジーンズ姿で、制服のときより肩幅が分かる。
それだけなのに、少し耳が熱くなった。
「こんにちは、今日はお休みですか」
「ええ、まあ」
少し決まり悪そうな顔で店に足を踏み入れると、瀬尾さんはゆっくりとカウンターに腰を下ろした。
「コーヒーいただけますか」
「かしこまりました。豆、お好みはありますか」
「いや、正直あんまり詳しくなくて。おすすめでお願いします」
瀬尾さんは少し照れたように後頭部に手をやった。
制服姿のときの、てきぱきとした所作とは違う。手持ち無沙汰な仕草が、なんだか新鮮だった。
豆を挽きながら、横目でちらりと様子を窺う。カウンター越しに座る瀬尾さんは、店内を物珍しそうに眺めていた。
「このお店、長いんですか」
「2年前からです。もともと祖母がここで喫茶店をやっていて」
「じゃあ、思い入れのある場所なんですね」
「まあ、そうですね」
ドリップの湯気が立ちのぼる。
沈黙が気まずくない、というのが自分でも意外だった。
「休みの日は、いつもこの辺りに?」
「いや、今日はたまたま。散歩してたら雨が強くなって」
「傘、持ってなかったんですか」
「今度こそ持ってきたんですけどね」
そう言って、瀬尾さんは足元に置いた折りたたみ傘を軽く持ち上げてみせた。少しおどけたその仕草に、思わず笑ってしまう。
「学習したんですね」
「一応、これでも」
コーヒーをカップに注ぎ、カウンターに置く。
「どうぞ。エチオピア産です。酸味が強めなので、苦手だったらすみません」
瀬尾さんは一口飲んで、少し目を見開いた。
「美味しいです。普段、缶コーヒーばっかりなんで」
「それは光栄です」
軽口に、瀬尾さんがふっと笑う。仕事中には見たことのない、力の抜けた笑い方だった。
窓の外では雨が降り続いていて、いつもより静かな店の中に、コーヒーの香りと、ぽつぽつと途切れながら続く会話だけがあった。
「あの、いつも荷物届けてもらってますけど。うちの店、配達多い方ですか」
「多い方だと思います。豆の仕入れですかね。月に何回か来てるんで」
「覚えてるんですね、そんなの」
「まあ、担当エリアなんで」
そっけない言い方だった。気のせいかもしれないけれど、少し目が泳いでいるようだった。
会計を済ませ、瀬尾さんは折りたたみ傘を広げながら、扉の前で振り返った。
「ごちそうさまでした。また来ます」
「はい、お待ちしてます」
カランコロン、とまた鈴が鳴って、瀬尾さんは雨の中に出ていった。
制服姿のときよりも、少しゆっくりとした足取りで。
私はしばらく、空になったカップを片付けずに、そのままカウンターに置いておいた。
静まりかえった店内に、雨の音が響いていた。




