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第2話 雨宿り

その昔、祖母はここで喫茶店を営んでいた。

子どもの頃はカウンターに座り、コーヒーを入れる祖母の手元を見ているのが好きだった。


祖母がこの世を去り、商店街も半分くらいの店がシャッターを下ろしたままになったころ。

仕事を辞め、祖母の喫茶店を改装してカフェにしたいと打ち明けると。この街で生まれ育った母は「あんな年寄りばかりの商店街でカフェなんて、儲かるの?」と困惑をかくさなかった。


それから2年が過ぎた。平日は商店街の常連さん、週末は近くの大きな公園に向かう家族連れやカップルが主な客だ。

祖母と同じように小さな店の2階に住み、一人で切り盛りしていれば、なんとか暮らせるくらいにはなった。


閉店後、夕食の買い物でスーパーに向かおうとすると、雨が降り出した。

傘を手に店を出ると、商店街の角のところに、あの配達員の男性が立っていた。

台車はない。制服の上に、私服らしいパーカーを羽織っている。仕事中じゃない。


「あれ」


思わず声が出た。軒下から男性がこちらを見て、少し気まずそうに会釈した。


「お疲れさまです……今日はもう終わりですか」

「ええ、まあ」


歯切れの悪い返事だった。見ると、コンビニ袋を提げて缶コーヒーを手にしている。

傘は持っていないようだった。


「傘、持ってないんですか」

「出るときは降ってなかったんで」


そう言って、男性は苦笑いした。仕事中の丁寧な表情とは少し違う、素の笑い方だった。

雨脚は強くなる一方で、止みそうな気配はない。私は少し迷ってから、店の軒先を指さした。


「うち、傘余ってますけど。貸しましょうか」

「いや、そこまでは」

「どうせ誰も使ってないビニール傘ですし。この雨だと止まないと思いますよ」


男性はしばらく黙って空を見上げていたけれど、やがて小さく頭を下げた。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


店に戻り、傘立てから一番丈夫そうなビニール傘を取ってくる。渡すときに、指先が少しだけ触れた。


「すみません、助かります」

「今度返してくれれば大丈夫なので」


男性は傘を開き、雨の中に一歩踏み出してから、ふと振り返った。


「あの……いつも荷物受け取っていただいて、ありがとうございます」

「こちらこそ、いつも丁寧に運んでいただいて」

「じゃあ」


軽く手を上げて、男性は雨の中を歩いていった。仕事中の颯爽とした足取りとは違う、少しゆっくりとした後ろ姿だった。


私はしばらくその背中を見送ってから、ふと気づいた。



――名前、まだ知らない。


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