9話 朽ち果てた運命との再会
王都を出発し、王様から貰った地図を頼りに北へ北へと走り続けること数日。
アタシはついに、第一の目的地である極寒の霊峰『龍の階』の山麓へと辿り着いた。
「......楽できるのはここまで、ってわけね」
アタシはヘルメットを脱ぎ、見上げるほど高く、そして猛吹雪に覆われた険しい雪山を前に息を白くした。
王都からの道中は、徐々に雪深くなり道も荒れていったが、アタシの愛車ブレイブバスターはオフロードも難なく突っ切れるようにゴリゴリにカスタムしてある。そのおかげで、道なき道も順調に走破してここまで来ることができたのだ。
だが、ここから先は流石に勝手が違う。地図を見るまでもなく、目の前にそびえる斜面はあまりにも急で、足場となる岩や氷も不安定すぎる。これ以上のバイクでの登頂は、無謀を通り越してただの自殺行為だ。
「ここまでよく頑張ってくれたわね、相棒」
アタシはポンポンと労うようにタンクを叩くと、道の脇の少しひらけた岩陰にブレイブバスターを慎重に停めた。
そして、シートの下からいくつかの魔道具とワイヤーを取り出し、バイクの周囲に手際よく『防犯用の罠』を仕掛けていく。
こんな極寒の僻地に泥棒がいるかは怪しいが、アタシの可愛い愛車を万が一にも野生の獣や雪山のならず者に傷つけられたり、盗まれたりしたら堪らない。不用意に近づけば、魔法による攻撃と警告音が鳴り響く極悪なトラップの完成だ。
「よしっと。それじゃあ、登りますか!」
罠の作動を確認し、アタシは背中のゲヴェニアの位置を直し、防寒具の襟をグッと立てた。
見上げる先は、雲すらも突き抜けるような白銀の絶壁。
足から伝わる雪の冷たさも、肌を刺すような風の痛みも、今の心地よい高揚感の前には些細なスパイスでしかない。アタシは意気揚々と、未知なる英雄が眠る雪山へと力強い一歩を踏み出した。
◇◇◇◇◇
「......さむぃ」
意気揚々と登り始めたはいいものの、やはり『龍の階』と呼ばれる神聖なる霊峰の環境は、決して甘いものではなかった。
道なりは想像を絶するほど険しく、分厚い雪に足を取られ、一歩進むごとに体力がゴリゴリと削られていく。
何より厄介なのは、この異常な天候だ。
山全体が吹雪いているというよりは、まるでアタシの目的地を隠し、侵入者を意図的に拒絶するかのように、アタシが歩む道だけをピンポイントで狙ったかのような猛吹雪が吹き荒れているのだ。
......魔法で暖をとるのも、ちょっと厳しいわね
あまりの寒さに、自身の魔力で火の魔法を発動させることも当然考えた。だが、この不自然で強烈な暴風雪の中では、炎のコントロールが全く安定しない。
下手に魔法を使えば突風で炎が煽られてアタシ自身が火ダルマになるか、あるいは周囲の雪が急激に溶けて水蒸気となり、ただでさえ悪い視界を完全に奪い去る危険性すらある。
逆に命に関わると冷静に判断したアタシは、大人しく魔法を使うのを諦め、防寒具をさらに固く着込んで、ただひたすらにこの殺人的な寒さに耐え凌ぐ道を選んだ。
ただ、この地獄のように過酷な環境が、一つだけ幸いしていることもある。
「......まあ、野生生物のお出ましがないだけマシってことで」
あまりの寒さと荒れ狂う吹雪のせいで、凶暴な雪山の魔物すらも全く姿を見せないのだ。周囲にあるのは、風が唸る音と、アタシ自身の荒い息遣いだけ。
アタシはガチガチと鳴る歯を強引に食いしばり、背中に密着するゲヴェニアの微かな温もりだけを頼りに、一歩、また一歩と白い闇の奥深くへと歩みを進めていった。
足の感覚は、とうの昔に消え失せていた。
吐く息は一瞬で凍りつき、まつ毛にこびりついた氷が重い。膝、いや腰まで埋まりそうなほどの深い雪を強引に掻き分け、容赦なく吹き付ける氷の礫から顔を庇いながら、ただひたすらに前へ、前へと足を運ぶ。
......流石に、ちょっとキツくなってきたわね。
いつ終わるとも知れない白魔の猛威。永遠に続くかのような吹雪の壁に阻まれ、アタシの持ち前の気力すらも削られそうになった、その時だった。
ピタリ、と。
まるで誰かが世界のスイッチをパチンと切ったかのように、それまで耳をつんざくように荒れ狂っていた吹雪が、嘘のようにぱたんと止んだのだ。
「......え?」
思わず顔を上げる。
重苦しかった雪雲が嘘のように晴れ渡り、澄み切った青空から冷たくも神々しい光が差し込んでくる。そして、一気に開けた視界の先に鎮座していたのは──────途方もなく巨大な岩を、山そのものから切り出して作られたであろう、息を呑むほどに荘厳な祭壇だった。
「......これが、龍の階」
自然の脅威とは違う、途方もない年月と何者かの強烈な意志を感じる圧倒的な存在感。その凄まじい迫力に押し潰されそうになりながらも、アタシは吸い寄せられるように祭壇へと歩みを進めた。
雪が積もっていない不思議な石段を登りきると、祭壇の中心に行き着く。
そこには、まるで初めから『この瞬間』を待っていたかのように、あからさまに意味ありげな細長い穴が開いていた。
誰に教わったわけでもない。アタシの直感と、背中で微かに脈動する相棒が、次に何をすべきかを教えてくれている。
アタシは背中の鞘からゲヴェニアを引き抜き、その美しい切っ先を、祭壇の中心に開いた穴へと躊躇なく突き刺した。
カチリ、と。まるで精巧な歯車が噛み合うような確かな手応えが伝わってくる。
「......開け、運命!!」
アタシは両手に力を込め、突き刺したゲヴェニアを『鍵』のように、力強く右へと回したのだった。
ゲヴェニアを右へと回した、その瞬間。
ガゴォンッ!!!! と、山そのものを揺るがすような途方もなく重厚な音が、祭壇の奥底から響き渡った。
何百年、あるいはもっと長い間凍りついていた巨大な歯車が、遂に解放され、産声を上げたかのような轟音。
「......っ!」
直後、突き刺したゲヴェニアの刀身を起点にして、祭壇に刻まれていた無数の不可解な紋様が一斉に眩い青白い光を放ち始めた。
光は雪に覆われた石段を駆け巡り、神聖な魔力の奔流となってアタシの身体を包み込む。凍えきっていた身体の奥底から、信じられないほどの熱と力が湧き上がってくるのを感じた。
そして。
光に満ちた視界の中で、アタシの脳内に直接、大地を震わせるような威厳と重みに満ちた野太い声が響き渡った。
『待っていた。この刻を──────』
それは、あの星空の夜にゲヴェニアから感じた微かな脈動とは違う。
もっと明確で、強烈な自我と、圧倒的な覇気を纏った『個』の意志。
光の粒子が祭壇の奥で収束し、一人の幻影がアタシの目の前にゆっくりとその姿を現していく。
そこに立っていたのは、すらりとした長身に、息を呑むほど端正な顔立ちを備えた、正統派な青年だった。その出で立ちからは武骨な荒々しさなど微塵も感じられず、むしろ研ぎ澄まされた氷の刃のような、洗練された美しさと圧倒的な威厳が漂っている。
『ようこそ。最後の英雄よ。私はロッド=ガルバス。龍盟の主であり、この輪廻の破壊者だ』
輪廻の破壊者。
その途方もないスケールの名乗りに、アタシは一瞬息を呑んだ。だが、すぐに口角を吊り上げ、柄を握る手にぐっと力を込める。
極寒の雪山を乗り越え、ようやく見つけた退屈しのぎの終着点。そして、ここから始まる本当の伝説の始まり。
「......へえ。アタシの退屈、ちゃんと壊してくれるんでしょうね?」
吹きすさぶ風の音も消えた静寂の祭壇で、アタシは不敵な笑みを浮かべ、神代の英雄の意志と真っ直ぐに視線を交わしたのだった。




