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百折不撓のアルゴリズム-semicolon-  作者: 一ノ瀬隆
二章 画龍点睛のフロストバーン

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10話 超越者

ロッド=ガルバスと名乗ったその美しき男は、アタシの不敵な笑みを受けると、静かに目を伏せて右の拳を強く握りしめた。


ドクンッ、と。

空間そのものが脈打ったような錯覚を覚えた直後。彼の身体から陽炎のような”何か”──────途方もない熱量を持った灼熱のオーラが、周囲に向かって弾け飛んだ。


「......ッ!?」


思わず腕で顔を庇う。だが、それは攻撃ではなかった。

彼から放たれたその灼熱のオーラは、アタシの身体を芯から凍らせていた極寒の空気を、吹き荒れる万年雪ごと一瞬にして完全に『焼き尽くして』しまったのだ。


『これで少しは過ごしやすいだろう。......ここまでの険しい道のりの褒美だと思ってくれ』


ロッドは涼しい顔のまま、そんな規格外の現象をあっさりと行使してみせた。

さっきまで生命を脅かすほどの地獄の寒さだった祭壇が、今やポカポカとした心地よい春の陽だまりのような暖かさに包まれている。


アタシは内心で舌を巻きながらも、重かった防寒具の襟を少し緩めて息を吐いた。


『それで、だが。......まずは、キミの名を聞かせてくれ』


「ローズ=アーゼリアよ。よろしくね」


アタシはゲヴェニアの柄から手を離し、いつも通りの気安いトーンで答えた。相手が神代の英雄だろうがなんだろうが、アタシのスタンスは変わらない。


『ローズだな。......キミのおかげで、遂に私たちの計画を次へと進められる。心から礼を言おう』


ロッドはアタシの気安さを咎めることもなく、むしろ深く、恭しく頭を下げた。

私たちの計画。その言葉の響きに、過去から連綿と続く途方もないスケールの意志を感じて、アタシは小さく口角を上げた。


『本当ならば、このままキミの旅に同行したいところだが、そうもいかなくてな。”奴”を欺くためには、あまり大きく行動することは出来ない』


ロッドは少しだけ残念そうに、しかし誇り高い笑みを浮かべている。


「......まあ、なんとなくそんな気はしてたわ。」


アタシは軽口を叩きつつも、彼がこの極寒の地で何百年もの間、たった一人で後継者を待ち続けてきたという事実に、胸の奥で静かな敬意を抱いていた。


『代わりと言ってはなんだが、キミが次に赴くべき明確な目的地を教えよう』


ロッドの言葉と共に、アタシの脳内に焼き付いていた残りの『二つの景色』が、明確な地名と意味を持って鮮明な輪郭を帯びていく。



『──────セイラム。剣の始祖が埋められている地、剣の墓場』


『──────リスタリア。勇者が帰りを待つ遺跡、リィンカ―ベルグ』



どちらも、地図のどこにあるかはまだ分からないが、途方もない歴史とロマンを感じさせる響きだ。


『まずはセイラムから行くといい。......それと、』


ロッドが軽く腕を振るうと、祭壇を包んでいた光の粒子が彼の手元に収束し、美しい装飾が施された一本の小刀へと形を変えた。彼はそれを、アタシに向かって放物線を描くように軽く放り投げる。


パシッ、と。

アタシは手袋越しの左手で、宙を舞ったその小刀を難なく掴み取った。

小ぶりな刃だが、背中のゲヴェニアと同じように、握った掌から確かな『魔力』と重みが伝わってくる。


『これを持っていけ。それが、セイラムに眠る”アイツ”を目覚めさせるための鍵だ』


「......”アイツ”、ね」


アタシは受け取った小刀の刃を月明かりのように輝く祭壇の光にかざし、その美しい意匠をまじまじと見つめた。

初めて見たアタシですら伝わってくる、その執念と意志が籠っていた。


『何かあったなら、私を呼ぶといい。いつでもキミの頭に直接語り掛ける。......では、健闘を祈っているぞ』


ロッドは神々しいまでの爽やかなイケメンスマイルを浮かべながら、さらりとそんなことを告げた。


「......いや、頭に直接って。それちょっと不気味なんだけど」


アタシは思わず顔を引きつらせた。

いくら伝説の英雄とはいえ、四六時中アタシの脳内に直接語りかけてくる気満々というのは、なかなかにストーカー気質というか、プライバシーの欠片もない。


その少しばかり重たいサポート宣言にツッコミを入れようとした、その時だった。

ロッドが何か魔法を行使するような素振りをみせると、アタシの足元に眩い光を放つ複雑な転移の陣が展開され始めたのだ。


「あ、ちょっと、待っt──────」


どうやら、彼の中では完全に話が終わってしまったらしい。

アタシが抗議の声を上げて手を伸ばすよりも早く、視界が真っ白な光に飲み込まれた。


フワリ、と内臓が浮き上がるような奇妙な感覚。

それが通り過ぎた次の瞬間、ピュウウ、と凍てつくような冷たい風が容赦なくアタシの頬を撫でた。


「............」


瞬きをして視界の焦点を合わせると、そこは先ほどまでの暖かく神秘的な祭壇ではなかった。

見慣れた岩陰、そして目の前には、アタシが何時間も前に自らの手で厳重な防犯用の罠を仕掛けた愛車、ブレイブバスターがぽつんと停まっていた。


あんなに苦労して、死にかけながら登った極寒の雪山。

その帰り道は、ロッドの強引な転移魔法によって、ものの数秒で呆気なく麓まで強制送還されてしまったのだった。


「......まあ、いっか」


雪山からの強制送還というあまりにも強引な幕引きに、アタシはしばらく呆然と立ち尽くしていたが、やがて小さく息を吐いて肩をすくめた。


ここで一人で文句を言っていても仕方ないし、あの地獄のような猛吹雪を自力で下山する手間が完全に省けたと考えれば、むしろ親切な送迎サービスとして感謝すべきなのかもしれない。


「さてと。まずはこの物騒な罠を解除して、っと」


アタシは手際よくブレイブバスターの周囲に仕掛けたトラップを回収すると、シートに勢いよく跨り、ロッドから託された美しい小刀を懐へとしっかりと仕舞い込んだ。背中には、相変わらず無言で背中を預けてくる始まりの銃剣、ゲヴェニアの確かな重み。


次に目指すべきは、剣の始祖が埋められている地『剣の墓場』。

そこで”アイツ”と呼ばれる人物を目覚めさせるのが、アタシに課せられた次なるクエストだ。相変わらず面倒事の気配しかしないが、退屈だった家での日々に比べれば、何百倍も胸が躍る。


「それじゃあ、行きますか!」


キュルルルッ、ヴオォォォォン!!


アタシは力強くアクセルを捻り、凍てつく空気を切り裂くように、心地よいエンジンの咆哮を荒野に響き渡らせた。

新たな鍵と、次なる目的地への道標。それだけあれば十分だ。アタシは東の貿易都市、『セイラム』へ向けて、愛車ブレイブバスターを豪快に発進させたのだった。

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