11話 最後の心残り
「......どうしてこうなったの」
アタシは今、この自由で痛快なはずの旅において、最大級のピンチ(主に精神的な意味で)に襲われている。
自らの決断ミスを呪い、頭を抱えたくなるようなこの絶望的な状況。
事の始まりは、あれは二日前のことだった......。
◇◇◇◇◇
極寒の霊峰での試練を終え、ヴァイドヘイムの王都を意気揚々と飛び出したアタシは、次の目的地である『セイラム』へと続く街道を、愛車ブレイブバスターで軽快に飛ばしていた。
雪山とは打って変わって気候も穏やかになり、頬を撫でる風が心地よい最高のツーリング日和。
相変わらず背中のゲヴェニアは沈黙を保っているが、懐にしまったロッドからの小刀の重みが、アタシが確かに英雄の足跡を辿っているのだという実感を与えてくれていた。
順調そのものだった道中──────アタシの自慢の動体視力が、街道の先で起きている小さな騒ぎを捉えた。
「......ん? あれって」
バイクの速度を落として目を凝らすと、そこには今時すっかり珍しくなった『テンプレ通りの粗暴な盗賊』数人に取り囲まれ、哀れにも荷物を奪われそうになっている小柄な旅人の姿があった。
いくら平和な時代とはいえ、街道から少し外れればこういう時代遅れな輩も少なからずいるらしい。
アタシは人助けのついでに少し運動でもしようかとブレイブバスターを路肩に停め、ため息交じりに歩み寄って──────その『哀れな旅人』の顔を見た瞬間、ピタリと足を止めて硬直した。
「ヒィィッ! お、お金なら全部渡しますから、命だけは......っ!」
情けない悲鳴を上げながら盗賊相手にへっぴり腰で後ずさっているその姿。
見間違えるはずもない。
「......なんでアンタがここに居るのよ」
アタシは深く、ひたすらに深い特大のため息を吐き出した。
今時珍しい盗賊たちに襲われていたのは、よりにもよって。アタシのよく知る顔──────ルフトだったのだ。
アタシは呆れ果てて言葉を失いながらも、とりあえず背中のゲヴェニアをスッと引き抜いた。そして、盗賊たちに向かってではなく、すぐ横に生えていたひときわ太い巨木に向けて、魔力も空砲も使わずにただの一閃を放った。
ズドォォォォンッ!!
地響きと共に、見上げるほどの巨木が綺麗な斜めの断面を見せて豪快に倒れ伏す。
その常軌を逸したデタラメな威力を目の当たりにした盗賊たちは、あからさまに血の気を引かせ、武器を放り出して「ヒィィィッ!」と情けない悲鳴を上げながら、あっさりと蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。
「ふぅ......。で、なんでアンタはここであんな雑魚に襲われていたわけ?」
アタシはゲヴェニアを鞘に納め、ジト目で幼馴染を睨みつけた。
へたり込んでいたルフトは、さっきまでの失態を必死に取り繕うように立ち上がり、服の砂埃を払いながら少しかっこつけて咳払いをした。
「は、はは。ローズが一人じゃ心配だからな。オレも後を追って旅に出てたんだ。ただ、途中で少し迷ってしまってな」
「............」
呆れた。まさか、あのアーゼリア家の安全な敷地内で温室育ちだったコイツが、アタシを心配してそんな無鉄砲な真似をするなんて。その心意気はちょっとだけ評価してやってもいいけど、実力と結果が全く伴っていない。
「......わかったわ。じゃあ丁度近いことだし、次の町であるロンベルまで同行してあげるから、はぐれないようにしっかりついてきなさい」
アタシがため息交じりにそう告げると、ルフトはパァッと顔を輝かせた。
本当なら一秒でも早く目的地であるセイラムに向かいたいところだが、こんな辺境でドジな幼馴染を放り出すほどアタシも薄情じゃない。
こうしてアタシの自由気ままな一人旅は、予期せぬ幼馴染の乱入によって、面倒くさい道中へと変わったのだった。
◇◇◇◇◇
そして、現在に至る。
予定通り、世界の中心、『ロンベル』に無事に到着したのはいいのだけれど。アタシが「それじゃ、アタシはセイラムに行くからここで解散ね」と別れを告げた途端、ルフトは「オレも一緒に行く!」と駄々をこねて、全く言うことを聞かなくなってしまったのだ。
「......子供じゃないんだから」
人通りのある町角で押し問答を繰り返しながら、アタシは本日何度目になるか分からない特大のため息を吐き出した。
いくら「足手まといになるから帰れ」と正論で説得しても、「オレだってやれる!」の一点張りで全く埒が明かない。
温室育ちの彼は、きっとこの旅を、ちょっとした刺激的なお出かけか、英雄ごっこか何かだと勘違いしているのだろう。
だけど、アタシが背負っているのは神代の兵器であり、目指しているのは剣の始祖が眠る墓場。この先待ち受けているのは、平和な世界でのお気楽な観光旅行なんかじゃない。あの極寒の雪山のような、文字通り命がけの未知の世界だ。
......もういっそ、こいつのおめでたい幻想を壊してあげた方がいいかもね。
「......ねぇ。アンタはなんでアタシと一緒に来たいの?」
アタシは真っ直ぐにルフトの目を見据え、逃げ道を塞ぐように直球の質問をぶつけた。
もしここで適当な嘘や誤魔化しを並べるようなら、いっそ鳩尾に一発入れて気絶させてでも、ここに置いて出発してやろうというくらいの心意気で。
「そ、それは......」
突然核心を突かれたルフトは明らかに動揺し、しどろもどろになって視線を泳がせた。
でも、アタシは決して目を逸らさない。
「アタシはアンタがなんて言ったとしても、しっかりと聞く。だから、本心を聞かせて。......ね?」
幼馴染としての情と、決して譲れない真剣さを込めて静かに促す。
すると、ルフトはしばらくもじもじとしていたが、やがて覚悟を決めたようにしゃんと姿勢を正し、震える拳を握りしめてアタシに真っ直ぐに向き合った。
「......わかった。それなら、言わせてくれ。お、オレは、君が好きだ。だから、ずっと一緒に居たいと思っていたんだ......」
顔を真っ赤にして絞り出された、震えるような告白。
それが、温室育ちの彼が危険な旅にまでついてこようとした、不器用で無鉄砲な理由の全てだった。
「......ちゃんと言えたじゃない」
やっと誤魔化さずに本心を伝えてくれたこと自体は、幼馴染として純粋に嬉しい。退屈な家を飛び出したアタシを、そこまで想ってくれていたという事実には、確かに胸が温かくなった。
だけど。アタシがこれから向かうのは、英雄たちの運命が交錯する途方もない旅路だ。それに、アタシ自身にも彼に応えるだけの特別な感情はない。
「でも、アタシはアンタの好意を受け取ることは出来ない。......ごめんなさい」
同情で期待を持たせるような残酷なことはしない。一切の曖昧さを残さず、アタシははっきりとそう告げた。
それが、彼の無謀な幻想を壊し、安全な日常へと帰してあげるための、アタシなりの最大の誠意だった。
その返答を聞いて、ルフトの目からは大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。
「......っ、う、ああ......」
情けなく泣きじゃくる幼馴染の姿。けれど、不思議と悲壮感はなかった。ずっと彼に取り憑いていた未練という名の重たい何かが取れたような、どこか晴れやかな、スッキリとした表情で泣いていたのが、アタシにとっても唯一の救いだった。
「アンタにはアンタにしか出来ないことがある。アタシはこのまま、旅を続ける。その間、アタシたちの故郷を守れるのはルフト。アンタだけかもね」
涙を拭う幼馴染に短く別れの言葉を残し、アタシは踵を返した。
少し振り返ったそこには、アタシの言葉を重くかみしめているルフトの姿があった。
きっと彼なら、もう大丈夫だ。
ロンベルの町外れ。アタシは再びブレイブバスターに跨ると、過去への未練を振り切るように力強くエンジンを吹かし、次なる目的地『セイラム』へ向けてアクセルを全開に開けたのだった。




