25話 天を穿つ二律背反の杭
ズサァァァァァッ!!
音韻魔導塔からの決死の大跳躍。
アタシはゲヴェニアの反動で勢いを殺しながら、航空戦艦の巨大な搬入口へと見事に転がり込むことに成功した。
「......はぁっ、入れた! どうにかなるものね!」
立ち上がり、すぐさま周囲に銃剣を構える。
ここからが本番だ。アタシ一人で戦艦に乗り込めたとはいえ、敵は統率の取れたオーバーヒューマノイドの軍隊。いくらレイの無限クリップと弦弥の剣術があるとはいえ、この狭い艦内で正面からバカ正直に戦い続ければ、いずれは無限に湧き出す『数の暴力』にスタミナを削られ、押し潰されるのが目に見えている。
なら──────!
......狙うべきは一つ。この化け物戦艦の心臓部よ!
アタシは迷うことなく、迷路のように入り組んだ無機質な金属の通路を猛ダッシュで駆け出した。
狙うは、この巨大な鉄塊を空に浮かばせている『燃料庫』だ。戦艦の構造なんてちっとも分からないし、通路の先には沢山の扉や部屋が続いている。
だが、迷っている暇はない。アタシは片っ端から扉を蹴り破り、中を確認しては次の部屋へと走るという、完全な『総当たり』での探索を開始した。スマートじゃないけれど、これこそがこの巨大要塞を単騎で落とす、アタシの考えうる唯一の勝ち筋だからだ。
「───侵入者を探知。排除する」
「そこを退きなさいッ!」
通路を塞ごうとする警備の兵士たちをゲヴェニアの加速で瞬時に斬り伏せ、また次の分厚い隔壁を力任せに蹴り破る。
バゴォォォォンッ!!
「............あった!」
十数個目の扉を壊した先。
アタシはついに、探していたその光景を引き当てた。そこには、戦艦を動かすための超高濃度のエネルギー燃料が、巨大なタンクの中に山のように貯蔵されていたのだ。部屋全体に、鼻を突くような揮発性の高い匂いが充満している。
「......チェックメイトよ」
アタシはニヤリと笑い、ゲヴェニアを下げて、空いた左手を燃料タンクの山へと突き出した。
剣術とギミック武器の扱いに特化しているアタシにとって、実は魔法──────特に『火の魔法』は、昔から一番の不得意分野だった。ユキやレイのような、大規模で高火力な魔法なんて到底使えない。
でも、この揮発しきった燃料の部屋に『着火』するだけの小さな火種なら、それで十分だ!
「......全部まとめて、吹き飛びなさいッ!!」
アタシは掌にありったけの魔力を集中させ、不得意な火の魔法を、巨大な燃料タンクのど真ん中へ向けて思い切りぶっ放した。
ドガアアァァァアアアン!!!!!!!
アタシの手から放たれた小さな火種が、超高濃度の燃料に引火した瞬間。
戦艦の奥深くから、内臓を直接揺さぶるような規格外の爆発音が響き渡り、視界が真っ白な業火に包み込まれた。
「......っと危ないッ!」
凄まじい爆風を背に受けながら、アタシは間一髪で燃料庫から飛び出し、通路の床を滑るようにして距離を取った。
ゴゴゴゴゴゴォォォォォォ......ッ!!
致命的な心臓部を破壊された巨大戦艦は、断末魔のような金属の軋み声を上げ、その巨体を支えていた浮力を完全に喪失する。
重力制御のバランスが崩壊し、床が急激に傾き始めた。制御機関を失ったこの巨大な鉄塊は、今まさに重力に引かれてロンベルの地上へと『墜落』を開始したのだ。
「ま、まずいぞ!!!!」
「うああああああっ!!墜ちる!!!!」
艦内に、これまで聞いたこともないような不協和音の悲鳴が鳴り響く。
そして、通路のあちこちで信じられない光景が広がり始めた。これまで一切の感情を持たず、ただ機械的な規律でアタシを追い詰めていたオーバーヒューマノイドの兵士たちが、完全に統率を失って暴走し始めたのだ。
「うわっ......あいつら......!」
燃え盛る艦内から逃れようと、パニックを起こした兵士たちは、開いたままのハッチや割れた窓から、次々と自ら大空へと飛び降りていく。
パラシュートも飛行機能もないまま、自滅とも言える投身を繰り返す敵の軍勢。あれほど恐ろしかった絶対的な群れが、アタシの放った一撃によって完全に瓦解した瞬間だった。
「......ふん。いい気味ね」
斜めに傾斜していく通路の壁を蹴り、アタシはバランスを取りながら立ち上がった。
敵のほとんどはパニックを起こして艦から飛び降りるか、爆発に巻き込まれて消滅した。だが、これで終わりじゃない。この戦艦を統率していた『総大将』が、まだどこかに潜んでいるはずだ。
「さあ、引導を渡しに行くわよ。......ゲヴェニア!」
アタシは白銀の銃剣を強く握り締め、傾く戦艦の重力に逆らうようにして、上へ上へと向かって猛ダッシュを開始した。
戦艦が完全に地上へと墜落し、大破するまでの僅かな猶予。
タイムリミットが迫る中、敵のボスが待っているであろう最上部の甲板へと、アタシは一切の迷いなく駆け上がっていった。
◇◇◇◇◇
激しい風圧と爆炎を切り裂き、アタシはついに戦艦の最上部、広大な甲板へと飛び出した。
傾き、猛スピードで高度を下げていく戦艦の甲板は強風が吹き荒れ、立っているだけでも至難の業だ。そんな崩壊の特等席のど真ん中に、ソイツは立っていた。
これまでの無機質な兵士たちとは明らかに違う、禍々しい装飾が施された漆黒の重装甲。そして、その赤い目には、アタシに対する明確な『怒り』と『憎悪』が煮えたぎっていた。
「コケにしやがって。......貴様だけは絶対に道連れにしてやる!!!!!」
腹の底に響くような声が、呪詛のように甲板に轟く。
どうやら、自分の完璧な軍隊と要塞をたった一人の人間に瓦解されたことで、総大将は悪意に狂ってしまったようだ。
「......絵にかいたような悪者ね。そんなあなたには、敗北を授けてあげる」
アタシは強風に煽られる髪を鬱陶しそうに払い、ゲヴェニアの切っ先をボスの眉間へと真っ直ぐに向けた。
「死ねェェェェェッ!!!!」
咆哮と共に、総大将が甲板の床を砕いて踏み込んでくる。
その手には、アタシの背丈ほどもある超質量のエネルギー戦斧が握られていた。
ズガァァァァァンッ!!!!!
「......っ、重ッ!?」
ゲヴェニアの反動を全開にして強引に迎撃したアタシだったが、斧と剣が激突した瞬間、両腕の骨がミシミシと悲鳴を上げた。
これまでの下級兵士とは基礎スペックがまるで違う。弦弥の特訓で得た技術でいなそうとしても、ただ純粋な『暴力と質量の差』で無理やり押し潰されそうになるのだ。
「チョコマカと......ッ!!」
「くっ......!」
反動を利用して距離を取ろうとするが、傾き続ける甲板のせいでステップが遅れる。
そこへ、怒りに任せた戦斧の連撃が嵐のように叩き込まれた。無限クリップの推進力をフルに使って紙一重で回避と防御を繰り返すが、一撃を防ぐごとに全身のスタミナがゴリゴリと削り取られていく。
ガキィィィンッ!! ズガァァァンッ!!
「......あがっ!?」
十数合目。ついにアタシの防御のタイミングがほんのコンマ一秒遅れ、戦斧の横薙ぎがゲヴェニアの刀身を掠めた。たったそれだけの衝撃の余波で、アタシの身体は甲板をボロ布のように吹き飛ばされ、強かに背中を打ち付けた。
「......はぁっ、はぁっ......!」
口の中に生暖かい血の味が広がる。
なんとか立ち上がろうとしたが、ダメージと極限の疲労で両膝が笑い、力がうまく入らない。
「これで終わりだ、小娘ェェェッ!!」
頭上には、勝利を確信し、圧倒的な破壊エネルギーを収束させた戦斧を大きく振りかぶる総大将の姿。
回避する足の力も、ゲヴェニアで防ぎ切るだけの腕力も、もう残っていない。空が狂ったように回り、戦艦墜落のカウントダウンがゼロに迫る中、アタシはかつてないほどの絶望的な死の淵に立たされていた。
──────『それで終わりか、ローズ?』
その瞬間。
絶望に染まりかけていたアタシの頭の中に、ロッドの爽やかな声とは違う、もっと低く、どこか懐かしい、初めて聞く青年の声が響いた。
その声が響くと同時に、アタシの全身から力が溢れ出した。筋肉の繊維が、魔力の回路が、爆発的に活性化していく。
身體が動く。これなら──────!
「なっ、貴様......ッ!?」
敵の総大将が勝利を確信して振り下ろした、超質量のエネルギー戦斧。アタシはその一撃を、コンマ数秒、真横にスライドするようにして寸でのところで躱した。
瞬時にアタシは爆発的な加速で距離を取って、戦局を立て直した。
ゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォッ!!
航空戦艦が、内側からの爆発と重力制御の崩壊によって、炎と煙を上げながら急角度でロンベルの地上へと墜落してゆく。
その、滅びゆく鉄の要塞の最上部。烈火に包まれる甲板の上に、アタシと敵の将軍の二人だけが立ち尽くしている。
「......ふぅ。文字通り、最終決戦ってワケね」
アタシは祈る。この祈りが、神代の英雄に向けられたものか、それともこの剣に宿る意志に向けられたものか、自分でもわからない。でも、確かに祈る。
そして。
アタシと、
俺は。
連鎖を超えて、今、この瞬間にリンクする。
「そこに、居るの? リン、ネ......?」
何処で会ったかもわからない、一人の青年の幻影が、アタシの中で闘志を滾らせているのを確かに感じた。
その瞬間。手にした銃剣ゲヴェニアが、これまでにないほど強く、熱く呼応を始める。
『──────ゲヴェニア、エクステンドモードだ』
そして、ゲヴェニアに、下の輪廻の意志が宿る。
『久しぶりだな、ローズ。......いや、初めましてと言った方がいいか』
分からない。何が起きているのか、この声が何なのか、ちっとも分からない。けれど、不思議と気持ちが昂る。アタシの魂が、この状況を、この力を、求めていたかのように。
ならば、その昂りに乗じよう。
「......サポートしてよね。リンネ!」
『ああ。任せろ、相棒』
リンネの声には、絶対的な確信があった。
『まずは、アイツの障壁を砕く。......ゲヴェニアを、ブレイブバスターに差し込め。それが、俺たちの切り札になる』
「ブレイブバスター......?」
アタシが戸惑う暇もなく、燃え盛る甲板の瓦礫の中から、いつの間にかそこに置かれていたかのように、アタシの愛車ブレイブバスターが姿を現した。
アタシはリンネに言われるがまま、全力でバイクへ駆け寄り、リアキャリアにある給油口に似たスロットへ、ゲヴェニアの刀身を力一杯に差し込んだ。
『ゲヴェニア、モードチェンジ。権限、リンネが引き継ぐ。......銃鎧へと、その真価を表せ!!!』
ズガガガガガガガッ!!! プシューッ!!
差し込まれたゲヴェニアを鍵として、ブレイブバスターの車体が、まるで生命を持った金属のようにギミックを激しく展開し、変形していく。
タイヤが、エンジンが、フレームが、次々と分解され、ゲヴェニアの装甲と一体になり、アタシの身体を包み込むように重厚なパワードアーマー──────『銃鎧』へと変化してった。
「............っ、これが......!」
白銀と青の魔力を纏う、洗練された銃鎧。
右腕には、ゲヴェニアとバイクのエンジンブロックが融合した、禍々しくも美しい、巨大な複合兵器が形成されている。
『ローズ。......俺たちが、心の底から信じられる、世界で最も美しくて、一番魂が煮えたぎる物。......一つの理念はアレだろう?それを叫べ』
アタシの中で、リンネの魂が熱く煮えたぎる。
分かってる。アタシが、アタシであるための、最後の理念。
『「ロマンだッ──────!!!!!!!!!」』
二人の魂の叫びが、墜落する戦艦の轟音をかき消した。
「ぬうぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!!!」
銃鎧を纏ったアタシの姿に、敵の総大将が本能的な恐怖を覚え、再びエネルギー戦斧を大きく振りかぶる。
『来るぞッ!』
リンネのサポートにより、アタシの身體は、これまでの弦弥流の動きとは違う、物理法則を無視した『暴力的な加速』で甲板を滑り出した。
総大将の振り下ろした戦斧が、甲板の床を砕き、アタシの残像を切り裂く。
アタシは回避と同時に、ゲヴェニアと一体化した左腕の盾を、寸分の狂いもなく迫り来る斧の軌道へと差し込んだ。
ガキィィィィィィィンッ!!!!
盾に刻まれた物理障壁が、総大将の渾身の一撃を受け止め、そのエネルギーを強制的に霧散させる。
「馬鹿なッ!? 貴様の盾など、砕け散るはず──────」
『そこだッ! ローズ!!』
盾で斧を受け流し、生まれたコンマ数秒の隙。
アタシはリンネの制御に合わせて、ブーストを全開に捻り、敵の重装甲の懐へと一瞬で肉薄した。
敵は巨大な斧を振り下ろした体勢のまま、無防備な胸を晒している。
「......そろそろ、決めるぞ、ローズ!!!」
リンネの号令が、脳内で重なる。アタシもそう思ってたから、右腕に統合された全ての機構が、瞬時に準備を完了した。
『右腕の全機構を、一点に集中させろ。......後は、その理念をぶちかませ!!!』
「ああああああああああああっ!!!!!」
アタシの右腕に集約された、ブレイブバスターの超高出力エンジンと、ゲヴェニアの無限弾倉。複雑な機構が集中させ、魔力と機械が限界まで圧縮されたその先に出来上がったのは──────。
敵の装甲を、戦艦の隔壁を、そしてこの世の絶望をも突き破るための、巨大な一本の『杭』だった。
『運命を──────、』
「ブチ破れぇぇッッッッ!!!!!!!!!」
ブーストが掛かる。完璧に制御されたその杭は、敵の総大将の胸の、魔力回路の核心部分へと向けられ、発射準備を完了する。
アタシとリンネの魂が、ゲヴェニアの機構と一つになる。
『「パイル、」』
ガァァァァァァンッッッッ!!!!!!!
アタシの右腕から放たれた、超質量の杭。
それは、敵の総大将の強固な漆黒の装甲を、その裏にある防御結界を、まるで薄いガラスのように粉々に砕き、その巨大な胴体を、そしてその背後の航空戦艦を、この世の絶望をも、
『「バンカーーァァァァッッッッ!!!!!!!!」』
そのすべてを、彼方へと突き破る、絶対的な一撃となった。




