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百折不撓のアルゴリズム-semicolon-  作者: 一ノ瀬隆
四章 金烏玉兎のスカイクラッド

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20話 剣聖

一人、また一人。剣聖は敵を圧倒的な光の魔力を放つ勇者ユキ=リュミエールの隣で、その青年──────剣聖レイは、静かに敵の軍勢を見据えていた。


その出で立ちは、堂々という言葉すら生ぬるいほどの絶対的な覇気を纏っていた。

神代の英雄であるロッドや弦弥が放っていたオーラともまた違う。そこにあるのは、どれほどの地獄を潜り抜ければたどり着けるのか見当もつかない、極限まで研ぎ澄まされた『死線』の匂いだ。


アタシの目を特に惹きつけたのは、彼の右手だった。

人間の肌ではない。純粋な碧を基調とした、魔鉱のような、はたまた龍の腕のような、そんな右腕。


そして、その禍々しくも力強い龍の右手には、見る者の魂すらも根源から畏怖させるような、底知れぬ深い闇を孕んだ漆黒の魔剣が握られていた。


「......行くぞ。ヴァルセリア」


剣聖は、愛機を呼ぶように短く、しかし確かな信頼を込めてその漆黒の剣の名を呼んだ。


ズンッ......、ズンッ......。


彼が足を踏み出すたびに、大地が微かに震える。

空のひずみから無限に湧き出し、アタシを死の淵まで追い詰めたオーバーヒューマノイドの軍勢。自分の一人に対して、何十、何百倍とも知れない圧倒的な数の暴力を前にして。


剣聖レイは、武器を大上段に構えるでもなく、叫び声を上げるでもなく。

ただ自分の庭を散歩するかのような自然体で、一切の気負いもなく、ゆっくりと敵の大軍へと向かって歩き出したのだ。


「チャージング=ストレングス」


一人で大軍へと歩みを進める剣聖レイは、低く静かな声でそう紡いだ。

すると、彼の手元の何もない空間が唐突に歪み、空から一冊の古びた『魔本』が現れ、ひとりでにパラパラとページを捲って彼の身体に強大な魔法陣を展開したのだ。


......魔法? どこから本を出したの!?


アタシには到底理解できない神業が、息をするように自然に目の前で行われていた。


「酷い怪我だね。......でも大丈夫。こんな無茶、レイで沢山見ているしね」


呆然と剣聖の背中を見つめていたアタシの耳に、勇者ユキの優しく穏やかな声が届いた。

彼女はアタシのボロボロになった身体を労わるように見つめると、そっと手をかざして、短く、絶対的な力を持った『言葉』を放った。


拒絶(リジェクト)


──────その瞬間だった。


「......えっ?」


アタシの全身を包み込んでいた、筋肉が千切れるような激痛と、槍に掠められた無数の切り傷が。

まるで早送りで時間を巻き戻されたかのように、一瞬にして綺麗さっぱりと『消滅』したのだ。治癒魔法のような温かさや、傷口が塞がる過程すらない。ただ純粋に、世界がアタシに『傷があるという事実そのものを良しとしない』かのような、規格外の奇跡。


アタシは完全に元通りになった自分の両腕を見つめ、戦慄すら覚えた。

これが、二度目の降臨を果たした勇者の、絶望を覆す力。


「ね、ねえ。......あの人は、本当に大丈夫なの?」


痛みが消えてようやく冷静な思考を取り戻したアタシは、慌てて勇者に問いかけた。


「いくらなんでも、あんな大軍......一人じゃどうしようもないんじゃ......!」


魔法を付与したとはいえ、相手は感情を持たないオーバーヒューマノイドの群れだ。一人で止められる数ではない。

しかし、そんなアタシの焦りとは裏腹に、勇者ユキはふわりと微笑み、ただ前を歩く青年の背中を見つめて、一点の曇りもない声で言い切った。


「大丈夫。レイは勝つよ」


それは、祈りでも願望でもない。明日の太陽が東から昇ることを疑わないのと同じ、絶対の確信だった。


「今までだって、そうだった。......そして、これからだってそう。僕の信じた英雄は絶対に勝つよ」


勇者の絶対的な信頼を背に受けながら。

漆黒の魔剣ヴァルセリアを提げた剣聖は、いよいよオーバーヒューマノイドの第一陣と、その剣の間合いを交差させようとしていた。


一人、また一人。

圧倒的な物量で押し寄せるオーバーヒューマノイドの群れの中へ、剣聖レイは単騎で踏み込み、その漆黒の魔剣を目にも留まらぬ神速で振るっていく。


ガインッ! ズバァァァンッ!!


硬質な装甲が紙切れのように断ち切られ、幾つもの爆発の炎が広場に咲き乱れる。

アタシをあれほど手こずらせた無機質な大盾も、隙のない槍の連携も、彼には一切通用しない。事前に自身へ付与した魔法の力と、龍の右腕から放たれる常軌を逸した膂力。その二つが完全に噛み合い、一振りごとに十数体の敵がまとめて吹き飛ばされていく。


......凄まじい。正に、あれが『剣の極致』。


源流の鏡映流という、純粋な剣術と読み合いを極めた弦弥の戦い方とは全くの別物だ。

強力な魔法の恩恵を剣の威力と速度へとダイレクトに変換し、戦場のあらゆる障害を力で捻じ伏せる。剣と魔法を兼ね備えた、一対多を想定した『究極の戦闘術』がそこにあった。


「チェック、メイトッ!!!!」


響き渡るレイの力強い咆哮と共に、漆黒の魔剣ヴァルセリアから莫大な闇の魔力が斬撃となって解き放たれる。

広範囲を飲み込んだその漆黒の波は、空のひずみから降下しようとしていた後続の部隊ごと、広場を埋め尽くしていた敵の軍勢を一瞬にして一掃した。


「............嘘、でしょ」


アタシが瞬きも忘れて、ただ呆然と立ち尽くしている間に。

彼が歩みを進めてから、ほんの数分。たったそれだけの時間で、剣聖レイはアタシを死の淵まで追い詰めたオーバーヒューマノイドの師団を、文字通り『単騎で壊滅』させてしまったのだ。


砂煙が晴れた先、大量の鉄屑の山の上に立つ青年の背中。

絶望的だった戦局を、たった一人の力だけで、これほどまでに鮮やかにひっくり返して見せたのだ。


それを見て、アタシは心の底から理解した。

ただ剣の腕が立つからではない。戦場の運命そのものを切り拓き、世界に確実に勝利をもたらす無敗の存在だからこそ。


『剣聖』という仰々しい称号が、レイ=ヴァルセリアという男のあり方を表すのに、これ以上なく相応しいのだということを。

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