19話 「レイ=ヴァルセリア」
「まとめられたクリップは......と」
空を覆い尽くす漆黒のひずみから、規則正しく不気味な駆動音が響き始めている。
平行世界の侵略者『オーバーヒューマノイド』の軍隊が、いよいよこのレイージュ村の地上へとその姿を現し始めていた。
だが、アタシの心は恐ろしいほどに凪いでいた。
奴らが完全に降下してくるまでの間、アタシはただ冷静に、相棒であるゲヴェニアの戦闘準備を進めていたのだ。
手持ちの火薬と素材を限界までかき集め、即席で作った空砲の弾数はざっと80発。
ゲヴェニアの特殊な機構に合わせた装填クリップで言うと、ちょうど10個分だ。これが、この短時間でアタシに用意できる正真正銘の全力だった。
カチャリ、と小気味良い金属音を立てて、最初の一つのクリップをゲヴェニアに装填する。残りの9個は、戦闘中にコンマ一秒でも早くリロードできるように、腰のガンベルトとポーチの取り出しやすい位置へとしっかりと固定した。
「......さて。勝ちにいくとしましょうか」
アタシは重厚な白銀の銃剣を構え、ふっと好戦的な笑みをこぼした。
上空から押し寄せるのは、一切の乱れがない、不気味なほどに規律が整っている機械的な軍勢。一人で挑むにはあまりにも絶望的な数と統率力だ。
だが、アタシに負ける気はさらさらない。弦弥の地獄の特訓によって見違えるように底上げされた純粋な剣術と、このゲヴェニアの爆発的な加速力。今の自分の力を、誰よりもアタシ自身が信じている。
「さあ、来なさい!」
敵の軍団が、目下まで迫る。
ズガァァァァァンッ!!!!!
火薬の破裂音が響き渡り、強烈な反動がゲヴェニアの刀身を超加速させる。
弦弥の特訓で最適化されたアタシの天断流は、無駄な力みを一切排除した神速の一閃となり、先陣を切って降下してきた三体のオーバーヒューマノイドの胴体を、分厚い装甲ごと綺麗に両断した。
「まずは小手調べ......ってね!」
ドサリ、と崩れ落ちる鉄の塊。
彼らの装甲は、まるで冷たい鋼と人の肉体を不気味に融合させたような異質な質感をしていた。だが、斬れない硬さじゃない。アタシの剣とゲヴェニアの火力なら、十分に通用する。
......いける!
そう確信して次の一歩を踏み出そうとした、その時だった。
「───個体識別番号004から006、機能停止。敵対対象の脅威度を再計算。陣形パターンCへ移行」
「............えっ?」
感情の抜け落ちた、複数の重なり合うような奇妙な声が響く。
空のひずみから次々と降り立つ数十体のオーバーヒューマノイドたちは、仲間の残骸を一瞥だにせず踏み越えると、一糸乱れぬ動きで巨大な盾を構え、アタシを取り囲むように半円形の陣形を組んだのだ。
「......ふん、小賢しい盾なんて、ごと叩き斬るまでよ!」
アタシは地面を蹴り、再びゲヴェニアのトリガーを引く。
ガキィィィィンッ!!!
「......っ!?」
だが、渾身の加速を乗せた一撃は、三体がかりで寸分の狂いもなく重ね合わされた盾に受け止められ、完全に威力を殺されてしまった。
そして、攻撃を防がれて生まれたコンマ数秒の隙を突くように、盾の隙間から無数の無機質な槍が、アタシの急所を正確に狙って突き出される。
「くっ......!」
弦弥から教わった鏡映流の体重移動で、辛うじて槍の雨を捌き切る。だが、反撃に転じる余裕はない。
敵は怒りも恐怖も感じない。誰かが斬られれば、即座に後ろの個体が穴を埋め、機械的な正確さでアタシの体力を削るためだけの連続攻撃を仕掛けてくる。
キーンッ!
......これで2クリップ目!
空になったクリップを排莢し、すかさず新しいクリップを装填する。
まだ弾はある。戦える。だが──────。
「───対象の攻撃リズムを解析。包囲網、前進」
ズンッ、ズンッ、ズンッ。
「......っ、あ......」
一切の感情を持たない鉄の壁が、足並みを揃えて一歩、また一歩と前進してくる。
アタシが一人倒す間に、三人が盾を構えて距離を詰めてくる。アタシの剣技がいかに上達していようと、ゲヴェニアの火力がどれほど高かろうと、彼らは『死』を恐れない。ただ純粋な質量と規律という暴力で、アタシの足場を奪いに来ているのだ。
ザッ、と。
アタシのブーツが、土を擦って半歩だけ後ろに下がった。
......じりじり、詰められてる......っ
顔から嫌な汗が吹き出す。
呼吸が少しずつ荒くなり、ゲヴェニアを握る手に疲労が溜まっていくのがわかる。アタシの背後には、村人が避難している地下貯蔵庫がある。これ以上は、絶対に下がれない。
圧倒的な数と、冷徹なまでの軍隊の規律。
ロッドが言っていた『終末』という絶望の輪郭が、ゆっくりと、しかし確実にアタシの首を真綿で絞めるように迫ってきていた。
「......がっ、くぅ......っ!」
ジリッ、と。また一歩、後退を余儀なくされる。
盾の隙間から正確無比に突き出される無数の槍を捌ききれず、アタシの頬や肩、太ももを鋭い刃が薄く掠めていく。そこからツツーッと流れる赤い血が、ボロボロになり始めた衣服を赤黒く染めていった。
呼吸はすでに、血の味がするほど荒れ果てている。
何度ゲヴェニアで切り伏せても、オーバーヒューマノイドの冷酷な前進は止まらない。完全にアタシのスタミナ切れを狙う、感情を持たない機械的な消耗戦だ。
......このままじゃ、押し潰される。どうにか、戦線に穴をあける必要がある。無理やりでも、攻めないと......!
アタシは荒い息を吐き出しながら、疲労で震え始めた両手でゲヴェニアの柄を力一杯握り直した。
この分厚い鉄の壁を粉砕するには、通常の一発や二発の加速では足りない。なら、やることは一つだ。
敵の槍が一斉に迫るコンマ数秒の刹那。アタシは天断流の構えから、ゲヴェニアのトリガーに指をかけ──────そのまま、一気に奥の奥まで押し込んだ。
ズガガガガガガガガッ!!!!!
連続する爆発音。装填されていたクリップ内の空砲を、残量ゼロになるまで一瞬で全弾撃ち尽くす捨身の連続発火。
キーンッ!
空になったクリップが高温の蒸気を吹き出しながら、けたたましい金属音を立てて宙に弾き飛ばされた。
たった一振りの斬撃の中に、全弾分の火薬の爆発力を強引に上乗せする。積み重なった異常な反動は、ゲヴェニアの一撃を物理法則を無視した『極限の質量』へと変貌させる。
だが、それは同時に、武器を握るアタシの腕に、骨が軋み、筋肉の繊維が千切れるほどの『極限の負荷』が懸かることを意味していた。
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
両腕の血管がちぎれんばかりに膨れ上がり、関節からミシミシと悲鳴が上がる。激痛に視界が真っ白になりかけるのを、歯を食いしばって気力だけでねじ伏せた。
死ぬほど痛い。腕がもげるかもしれない。
......それでも、選択肢はそれしかない!!!
「吹き飛べええええええええええっ!!!!」
血を吐くような魂の叫びと共に振り抜かれた、凶悪なまでの超質量の斬撃。
それは前列で構えられていたオーバーヒューマノイドたちの強固な大盾を、まるで薄いガラスのように粉々に叩き割り、後方にいた数体ごとまとめて強引に薙ぎ払った。
ガシャァァァァンッ!!!!!
「......はぁっ、はぁっ......がはっ......!」
口から鉄の味がする血を吐き出しながら、アタシは無理やり両足に力を込めて立ち上がった。
渾身の連撃で戦線に穴を空けたものの、アタシの体力は、とうに限界に近い。千切れたように痛む両腕は震え、視界は極度の疲労で明滅を繰り返している。
だが、空のひずみからは未だに無数のオーバーヒューマノイドが、感情のない機械的な足音を立てて降下し続けていた。
ここでアタシが倒れれば、この侵略者たちは村へと雪崩れ込む。それは、地下の貯蔵庫で震えている罪のない人達を、一方的な死の危険にさらすのと同じことだ。
なら──────。
「......負けるわけには、いかないでしょ」
アタシは血に濡れたゲヴェニアを強く握り直し、迫り来る鉄の壁を真っ向から睨みつけた。
ここで引き下がるわけには、いかない。どれだけ絶望的な戦力差があろうと、絶対にこの村を、この世界を終わらせはしない。
◇◇◇◇◇
その英雄の、決して折れることのない『大勇』は。
距離を超え、森の奥深くにある遺跡『リィンカーベルグ』の最深部へと確かに届いていた。
世界を救うほどの、強烈な絶望への拒絶心。
それこそが、始まりの英雄が予言した『希望なき場所に現れる勇者のトリガー』。その魂の叫びが鍵となり、世界に──────三度目の勇者降臨を許したのだ。
◇◇◇◇◇
「......もう大丈夫。よく頑張ったね。後は僕と、レイに任せて」
不意に。
凄惨な死合いの空気に満ちていた広場に、鈴の音のように澄んだ、優しく心地よい声が響き渡った。
「......え?」
アタシがハッと顔を上げると、そこには信じられない光景が広がっていた。
さっきまでアタシの命を奪おうと肉薄していたオーバーヒューマノイドたちの動きが、何らかの強大な結界に阻まれたかのようにピタリと静止している。
そして、満身創痍のアタシの前に立っていたのは。
圧倒的なまでの日の魔力を纏う『勇者』と──────”勝利”を象徴する、禍々しくも美しい漆黒の魔剣を手にした、一人の英雄だった。
約五百年前の世界を巻き込んだ未曾有の災厄『円卓戦争』。
それは、世界全体が敗北と滅びを甘んじて享受しそうになるほど、凄まじく、絶望的な戦いだったとされている。
そんな暗黒の時代に現れた「希望」。
二度目の降臨を果たした勇者、ユキ=リュミエール。絶望を拒絶する力を用い、数多の命を救ったとされる伝説の存在。
しかし。あの過酷な大戦の『本当の主役』は、その勇者ではなかったのだ。
たった一人の青年。
運命を変えるほどの強大な力を持ち、いかなる時も常に最前線に立って、その黒き剣で泥臭く勝利を掴み取り続けた者。
その無敗の背中と、絶望を切り裂く漆黒の魔剣を見た民たちは、彼を畏怖と敬意を込めてこう呼んだという。
──────『剣聖』、と。




