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百折不撓のアルゴリズム-semicolon-  作者: 一ノ瀬隆
四章 金烏玉兎のスカイクラッド

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18話 示すための勇気

空に走る、無数の漆黒のひずみ。

世界が文字通り引き裂かれていくような絶望的な光景を前に、アタシが言葉を失って立ち尽くしていた、その時だった。


『......ついぞ、この時が来たか』


「うおッ!?」


耳元で、いや、これまでは頭の中に直接響いていたはずの『生の男の声』がすぐ横から聞こえ、アタシはビクンと肩を跳ねさせて横っ飛びに距離を取った。


見上げた空から視線を横に向けると、そこには。

いつの間に現れたのか、アタシの右隣に、あの雪山の祭壇で別れたきりの神代の英雄──────ロッド本人が、腕を組みながら悠然と実体化して立っていたのだ。


「ちょっと! なんでアンタがここに『物理的』に居るのよ!?」


「......このやっと訪れたチャンス、あんな奴らに邪魔させるわけにはいかないであろうな」


アタシの驚きを完全に無視して、今度は左隣から声がした。

見れば、いつものお気楽な変人フェイスを完全に消し去った弦弥が、シラサギの柄に手をかけながら、ひたすらに真面目な、研ぎ澄まされた氷のような表情で空のひずみを睨みつけている。


右に、爽やかな笑みを消した始まりの英雄。

左に、圧倒的な覇気を放つ神代の剣豪。


二人の伝説に挟まれる形になったアタシは、ただならぬ空気に呑まれそうになりながら、ロッドに問いかけた。


「......ねえ、あれは一体何なの? この世界、どうなっちゃうのよ」


『あいつらは”オーバーヒューマノイド”。......平行世界からの侵略者だ』


「......へいこう、せかい?」


いきなり叩き付けられた、聞き慣れない単語の連続。ただでさえオーバーヒート気味のアタシの頭は、その壮大すぎる展開に全く理解が追いつかない。

混乱して目を白黒させているアタシを見て、ロッドは小さくため息を吐くと、呆れるほどに単純明快な言葉に翻訳してくれた。


『難しく考えるな。簡単に言えば、ヤバい敵が来た。私たちが今やるべきことは、そいつらを全員叩きのめして倒すこと。......これでわかったか?』


小難しい世界の真理なんてどうでもいい。「敵が来たから倒す」。

その身も蓋もない脳筋すぎる説明は、アタシの胸の内にストンと見事に落ちた。


「......なるほど。それなら単純ね」


アタシはニヤリと好戦的な笑みを浮かべ、背中から始まりの銃剣ゲヴェニアを引き抜いた。

平行世界からの侵略者だか何だか知らないけれど。この平和な世界と、アタシの自由な旅を邪魔する奴らは、どこのどいつだろうとぶっ飛ばすだけだ。


『私はロンベル、ヴァイドヘイム、リベルタスを守る。弦弥はセイラムとリスタリアを頼んだ』


ロッドは空のひずみを見据えたまま、いともたやすく、まるで今日の買い物の分担でも決めるかのようにそう言い放った。


「......了解」


弦弥もまた、当然のことのように短く頷く。


......いやいやいや、ちょっと待って!?


アタシは内心で激しくツッコミを入れた。

今名前が挙がったのは、世界を構成する主要な大国や地域すべてだ。それをたった二人で、それぞれ半分ずつ防衛する? いくら神代の英雄とはいえ、スケールが狂いすぎている。


だが、彼らの背中から放たれる圧倒的な覇気と自信を見れば、それが決して虚勢ではないことだけは痛いほど伝わってきた。


「......で? アタシは? どこを手伝えばいいわけ?」


ゲヴェニアを構え直しながら尋ねると、ロッドはアタシの方へと振り返り、静かに首を振った。


『キミはここに残れ。どこへも行くな』


「はぁ? なんでよ。アタシだって弦弥の特訓で────」


『この終末こそが、あの眠れる二人を起こすための、絶対のトリガーになるからだ』


「......っ!」


その言葉を聞いて、アタシはハッと息を呑んだ。

数日前、この村に着いた時にロッドが言っていた謎掛けのような言葉。


『勇者は、希望に溢れたところに現れることはない』


つまり、この空が割れ、世界が平行世界からの侵略者に蹂躙されようとしている絶望的な状況下でこそ。このレイージュに眠る『勇者』と『剣聖』は、真の目覚めの時を迎えるというのだ。


『助言するなら、いかなる時も勇気を持ち続けろ。......じゃあ、あとは頑張れ』


そう無責任極まりない笑顔で言い残すと、ロッドの姿は陽炎のようにブレて、一瞬にしてその場から掻き消えた。


「ちょっ......またそうやって丸投げして!」


「では拙者も行くぞ。ローズ殿、死ぬでないぞ!」


文句を言う間もなく、弦弥もまた、目にも留まらぬ神速の跳躍で、割れた空の方角へとロケットのように飛んでいってしまった。


「............」


残されたのは、アタシ一人。

そして、上空のひずみからは、得体の知れない『オーバーヒューマノイド』とやらが、この村を目指して今にも這い出してこようとしていた。



◇◇◇◇◇



「............」


ロッドと弦弥が飛び去り、静まり返った広場。

だが、呆然と立ち尽くしている暇なんて、アタシには一秒たりとも残されていなかった。


空を覆う漆黒のひずみからは、すでに悍ましい魔力と、得体の知れない機械音のようなノイズが漏れ出し始めている。平行世界の侵略者『オーバーヒューマノイド』とやらが、この地に降り立とうとしているのだ。


「......上等じゃない。やってやろうじゃないの」


アタシはパンッと両頬を叩いて気合を入れ直すと、すぐにきびすを返し、村の中心部へと全速力で駆け出した。


「村長! 大変なことが起きてるの、今すぐ村の人間を全員集めて!」


平和ボケして空の異変にパニックを起こしかけていた村人たちを尻目に、アタシは村長を捕まえると、有無を言わさぬ凄みと簡潔な言葉で状況を伝え、村で一番頑丈な地下の貯蔵庫へと人々を誘導させた。


泣き叫ぶ子供や、震える老人たち。彼らを地下に押し込み、分厚い扉をしっかりと閉めたところで、アタシは小さく息を吐き出した。


「......上空のひずみの広がり方と、敵の降下速度......。あのオーバーヒューマノイドが、この村の地上まで完全に侵略してくるまで、あと30分と言ったところね」


アタシは村の入り口、ひずみの真下にあたる広大な野原へと一人で歩み出た。

ブレイブバスターを邪魔にならない位置に停め、背中のゲヴェニアを静かに引き抜く。弦弥の特訓のおかげで、アタシの身体はこれ以上ないほど軽く、研ぎ澄まされていた。


「勇気、ね......」


ロッドが最後に残した、無責任で、だけど重たい助言を口の中で転がす。


この絶望的な状況下で、勇者と剣聖を目覚めさせるためのトリガーを引く。それがアタシに課せられた使命だ。

泣き言を言っている場合じゃない。敵が到着するまでのその30分間。そして、敵が降り立ってからの絶望の淵。


アタシはただ、一人でこの村の盾となり、自分にできること全てを全力でやり切るだけだ。

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