15話 鏡映流
静寂に包まれた剣の墓場。
アタシは背中からゲヴェニアを引き抜き、白い花の海を踏み締めて、油断なく弦弥の動きを伺った。
「............」
そこには、数分前までの顔を赤らめた変態的な変人フェイスの面影は一切なかった。
華剣シラサギを静かに正眼に構えた弦弥は、とても真面目な、研ぎ澄まされた氷のような表情でスッと目を瞑っていた。全身から放たれるのは、微かな隙すらも感じさせない完璧な静のオーラだ。
......あれは、『鏡映流』の構え。
幼い頃からアーゼリア家で叩き込まれた剣術の知識が、即座にアタシの脳内で警鐘を鳴らす。
相手の動きを鏡のように反射し、カウンターを主軸に置く流派。だが、彼のそれは現代に伝わる型とはどこか違う。もっと深く、恐ろしい。
......そうだ。本当の『源流』の鏡映流は、ただのカウンター待ちじゃない。攻めと守りを高度な次元で組み合わせた、極限の『読み合い特化』の流派だったはずだ。
対するアタシが幼い頃から学び、身体に染み込ませてきた流派は『天断流』。
かつての伝説的な剣士カシム・サラード・セイラムが大成させたとされる、守りの概念を完全に捨て去った『超攻撃特化』の荒削りな剣術だ。
......多分、相性は最悪ね。
相手の動きを読んで対応する達人相手に、防御を捨てて突っ込むのは自殺行為に等しい。
だが、彼はこちらが動くのをじっと待っている。目を瞑っているのは、アタシの気配と殺気から初動の『読み』を成立させるためだ。
「......こっちから攻めないと、永遠に千日手でしょうね」
アタシは小さく息を吐き出し、口角を好戦的に吊り上げた。
相性が悪かろうがなんだろうが、退屈な手合わせをするつもりは毛頭ない。
「行くわよ、神代の剣豪......っ!」
アタシは地面を力強く蹴り上げ、純白の花弁を撒き散らしながら、神速の踏み込みで弦弥の懐へと一気に飛び込んだ。
アタシが選んだのは、天断流の基本にして極致──────一切の小細工を捨てた、愚直なまでの正面突破の突進だ。
高度な読み合いもクソもない。相手の思考を塗り潰すほどの速度でただ叩き斬る、力任せの攻撃。
だが、アタシの狙いはそこじゃない。達人の前では見え透いたこの単調な一撃の中に、たった一手だけ、確実に相手の意表を突ける致命的な”隙”が隠されている。
それが、アタシの相棒であるこの『ゲヴェニア』の存在そのものだ。
神代の剣豪である弦弥は、途方もない時間を眠りについていた。当然、彼が知る剣術の常識の中に『銃剣』という概念はないはず。
ゲヴェニアはただの重たい白銀の剣ではない。柄のトリガーを引き、『撃つ』という不可逆的な行動を斬撃に乗せることで、一振りの速度と威力を、物理法則を無視したレベルで段違いに跳ね上げることができるのだ。
アタシの踏み込みに合わせて、弦弥は目を瞑ったまま静かにシラサギの柄を握り直す。
彼はアタシの初速と太刀筋を完璧に『読んだ』はずだ。だからこそ──────!
アタシの武器の仕組みを度外視しているアンタに、この理外の一撃は防げるかしら!??!?
間合いが完全に交差したその瞬間。
アタシは全力で振り下ろしたゲヴェニアのトリガーを、躊躇なく引き絞った。
ズガァァァァァンッ!!!!!
火薬の爆発音が剣の墓場に轟き、強烈な反動がゲヴェニアの刀身を無理やり前へと押し出す。
アタシ自身の筋力に推進力がプラスされ、弦弥の『読み』を完全に置き去りにする神速の凶刃へと変貌した。
もらった。アタシがそう確信した、その時。
「......ふッ」
目を瞑っていたはずの弦弥が、微かに口角を上げ、ニヤリと不敵に笑うのが見えた。
──────その、次の瞬間だった。
「......え?」
ガキィィィィィンッ!!!! という鼓膜を劈くような甲高い金属音と、腕の骨が砕けそうになるほどの凄まじい衝撃。
何が起きたのか、アタシの自慢の動体視力をもってしても全く見えなかった。
ただ、手の中にあったはずのゲヴェニアの確かな重みが完全に消え去り、アタシの身体は慣性のままに前へとつんのめっていた。
振り返ったアタシの瞳に映ったのは。
静かにシラサギを振り抜いた姿勢のまま立つ弦弥の姿と──────彼の手によって、遥か後方の白い花の海へと勢いよく弾き飛ばされていく、ゲヴェニアの姿だった。
「はっはっは! 満足満足!!!」
ゲヴェニアが宙を舞い、白い花の海へと突き刺さった直後。
剣の墓場に張り詰めていたヒリヒリとするような死合いの空気は、弦弥の豪快で嬉しそうな高笑いによって一瞬にして霧散した。
彼は華剣シラサギをクルリと器用に回して鞘に納めると、空っぽになった両手を見つめて呆然と立ち尽くしているアタシに向かって、愉快そうに歩み寄ってきた。
「見事な踏み込みであったぞ、ローズ殿。おぬしは本当に面白いな。あの一手に詰め込まれた思考といい、ブラフの掛け方といい、実に鋭い。この平和な時代に生まれた人間とは思えないほどの見事な胆力だ」
「......え、あ......」
突然の手放しの大絶賛に、アタシは気の抜けた声しか出せなかった。
負けた。完全に、文字通り手も足も出ずに赤子のようにあしらわれたのだ。
悔しさよりも先に、純粋な疑問が頭を支配する。
なぜ、あのタイミングで、あの速度で振り抜いた『銃剣の加速』を完璧に捌き切れたのか。どんな達人だろうと、未知のギミック初見で対応できるはずがないのに。
混乱するアタシの顔を見て、弦弥は悪戯を成功させた子供のようにニヤリと笑った。
「ただ、おぬしは一つだけ、大きな勘違いをしていたようであったな」
「......勘違い?」
「うむ。おぬしは『昔の剣士だから、その武器の奇抜な仕組みを知らないはずだ』と踏んで突っ込んできただろう? だがな......」
弦弥は誇らしげに胸を張り、アタシの脳天をカチ割るような衝撃の事実を、あっさりと口にした。
「そのゲヴェニアの設計理念の半分は、他ならぬこの拙者が考えたのだよ」
「............はぁっ!?」
アタシは本日一番の、腹の底からの素っ頓狂な声を引きずり出した。
「はっはっは! 驚いたか! いやぁ、久々に我が『子』の威力を肌で味わえて、実に楽しい準備運動であった!」
ポカンと口を開けて固まるアタシをよそに、神代の剣豪は久しぶりの心地よい疲労感を味わうように、ひたすらに上機嫌な笑い声を上げるのだった。
◇◇◇◇◇
「......ふぅ。体を動かしたら、なんだかひどく腹が減ったぞ! よし、町へ急行しよう!」
手合わせから少し後。
五百年ぶりの運動で完全にスッキリしたらしい弦弥は、ポンと自分のお腹を叩くと、嬉々として港町の方角へと駆け出した。
「ちょっ、待ちなさいよ! アタシはバイクに乗って────」
置いていかれまいと慌ててブレイブバスターのエンジンを吹かし、アクセルを開けたアタシだったが。数分後、信じられない光景を目の当たりにして完全に真顔になっていた。
「......おかしい。なんであの人、バイクと同じ速度で走れるの......?」
アタシはヘルメットの中で、隣を涼しい顔で並走している神代の剣豪を胡乱な目で見つめた。
時速数十キロは出ているはずのブレイブバスターの横を、刀を帯刀した和装の男が息一つ乱さずに同じスピードで駆け抜けているのだ。もはや身体能力がバグっているとしか思えない。
そんな常軌を逸したマラソンもありながら、港町へと舞い戻った弦弥は、セイラムが誇る絶品の海鮮料理を山のように平らげ、ようやく大人しく落ち着いたようだった。
「ふう、食った食った。美味い飯は命の洗濯だな。......さて、ローズ殿。次はどこに向かうのだ?」
食後の熱いお茶を啜りながら、弦弥が本題を切り出してくる。
アタシは次の目的地について、ロッドから頭に直接送られてきた雑な情報を思い出しながら答えた。
「う〜ん。アタシもよくわからないんだけど、森の深くにある遺跡らしいわね。......ほんと、ロッドの奴がもう少し詳しく教えてくれればいいのに」
アタシが不満げに愚痴をこぼすと、その『森の深くにある遺跡』という単語に、弦弥はピンと来たように手をポンと打った。
「なるほど。あそこか。盟友が選びそうな場所だ。......ならば、まずは『リスタリア』に行くべきであろうな」
「リスタリア? 南にある平原の国よね」
「うむ。遺跡に向かうにしても、暫くリスタリアの街で滞在して時間を取ることになるであろう。......その間、拙者がそなたの剣を鍛え直してやろう」
弦弥はニヤリと笑い、武人としての鋭い光を瞳に宿した。
「そなたの天断流とゲヴェニアの組み合わせは光るものがあるが、まだまだ荒削りだ。この先、神代の遺物に触れる旅を続けるのなら、今のままでは命がいくつあっても足りんぞ?」
「......っ」
痛いところを突かれ、アタシは言葉に詰まった。
先ほどの圧倒的な敗北。彼が手加減してくれていなければ、アタシは最初のワンアクションで首が飛んでいたのだ。あの癪に障るロッドの思念に文句を言うためにも、アタシ自身がもっと強くならなければいけないのは事実だった。
「......分かったわ。しごき倒したら承知しないからね」
「はっはっは! 期待しておれ!」
マイペースすぎる彼の言うことには多々疑問や不安はありつつも。アタシたちは連れ立って食の国セイラムを後にし、次なる目的地、『リスタリア』へと新たな旅立ちのアクセルを切ったのだった。




