13話 鏡に映る、一輪の華
港町を抜け、心地よい潮風を全身に浴びながら海岸線沿いの快適な街道を走ること数十分。
ブレイブバスターの心地よいエンジン音が響く中、緩やかなカーブを曲がった先で視界が一気に開け、アタシは思わず息を呑んだ。
目の前に広がった、あまりにも美しい景色に、完全に目を奪われてしまったのだ。
「......これが、剣の墓場、なのね......!」
ヘルメットのシールドを上げ、アタシは感嘆の声を漏らした。
聖地であり、観光地としても綺麗に整備されているため、そこに至るまでの道は一切の障害物がなく、バイクで走るにはこれ以上ないほど最高のコンディションだった。
だが、アタシの心を打ったのは道の走りやすさではない。
緩やかな丘へと続く街道に沿うようにして、見渡す限り一面に広がっている『白い花の海』だ。
吹き抜ける潮風に合わせて、純白の花弁が一斉に揺れる。
その光景は、まるで穏やかな海の水面がさざ波を立てているかのようだった。丘のてっぺんを中心にして、波状に美しく活けられた花々は、ただ自生しているだけではない。セイラムの人々の手によって途方もない愛情と敬意をもって手入れされており、そのどれもが生命力に溢れた『一流』の輝きを放っていた。
青く澄み渡る空と、眼下に広がる紺碧の海。そして、丘全体を覆い尽くす純白の花の波。
剣の始祖が眠りについたとされる『墓場』は。アタシの想像を遥かに超える、この世の楽園のような美しさと静寂に包まれていたのだった。
バイクを路肩に止め、中央に向かっているレンガの道を歩んでいく。
そして、その先にあったのは情報通り、一振りの刀。
その刀を囲うように、沢山の花や供え物がおかれている。
アタシはブレイブバスターを丘の麓に停め、白い花の波をかき分けるようにして、静かに整備された石段を登っていった。
丘のてっぺん、祭壇のように少し高くなった中心部には、周囲の美しい花々に見守られるようにして、一振りの古びた刀が深々と地面に突き刺さっていた。
......ここが、剣の始祖の眠る場所。
アタシは息を呑みながらその刀の前に立ち止まり、懐からロッドに託された美しい小刀を取り出した。
「ここに、あの小刀を置くのでいいのかしら?」
独り言のように呟きながら、突き刺さった刀の根元へとゆっくりと手を伸ばす。
英雄を目覚めさせる鍵。それを供えれば、あの雪山の時のように何かが起こるはずだ。
そう思って、小刀を置こうとした──────その時だった。
「......えっ!?」
ビクリ、と。突然、アタシの右手が自分の意志を完全に無視して、強引に動き始めたのだ。
「ちょっ、何これ......っ!?」
慌てて左手で押さえ込もうとするが、身体の制御が全く効かない。
まるで目に見えない強靭な糸で操られているかのように、アタシの腕は滑らかな動作で小刀の鞘を払い、抜刀した。そして、鋭い輝きを放つその切っ先を、躊躇うことなくアタシ自身の左手の人差し指へと押し当てたのだ。
チクリ、とした鋭い痛みが走る。
切られた指先から、赤い血の滴りがぷっくりと膨れ上がり、小刀の刃へとこぼれ落ちた。
「......っ、血を、吸ってる......?」
アタシは目を丸くして、その信じられない光景をまじまじと見つめた。
刃に落ちた血は、地面に滴ることもなく、まるで生き物が水を飲むようにズズズッと刀身そのものに吸収されていく。そして、美しい銀色だった刃が、アタシの血を糧にして脈打つように赤く染まり上がり、やがては妖しくも美しい、本来の真紅の刀身へとその姿を変えていったのだ。
アタシの血を吸い上げ、妖しい真紅に染まりきった小刀。
その直後、まるで張り詰めていた操り糸がプツリと切れたかのように、刀を握っていた右手の力が無意識的にスッと抜けた。
指先から滑り落ちた小刀は、重力に従って落下し──────剣の墓場の中心に突き刺さっている太刀へと向かうような絶妙な角度で、カキンッ! と小気味良い音を立てて地面に突き刺さった。
『俺に合わせて詠唱しろ』
「......え、ちょっと? どういうこと?」
不意に、アタシの脳内に直接、あの癪に障るロッドの声が響き渡った。突然の要求に、アタシは苛立ちと困惑を混ぜて口走る。
『後でアイツに説明させる。......とにかく今は目の前に集中してくれ』
ロッドの思念は、いつもの余裕ぶった感じではなく、どこか旧友との再会を待ちわびるような、切実で熱を帯びた響きを持っていた。
......ああもう、本当に強引で自分勝手な男ね!
いきなり頭の中に響いてきた図々しい指示に内心で悪態をつきながらも、アタシは逆らうのをやめた。この場を満たし始めた尋常ではない魔力のうねりと、ロッドの真剣な気配に押され、脳内に直接流れ込んでくる彼の言葉に合わせて、無意識のうちに唇を紡ぎ始める。
『「ああ、我が友よ。その華のような剣は、今どこをさまよっているのか。しかし、時は訪れり。今、その刀身を今ひとたび我のために振るえ」』
アタシの現実の声と、ロッドの脳内の声。
決して交わるはずのない二つの声が重なり合い、不思議な共鳴を起こして、吹き荒れる潮風と共に白い花の海へと響き渡っていく。
突き刺さった真紅の小刀から血のような赤い光が溢れ出し、それが中心で眠る太刀へと脈打つように流れ込んでいく。そして、光が頂点に達した瞬間、アタシとロッドは強い意志を込めて、その『名』を同時に叫んだ。
『「時を超えし剣豪、弦弥・セイラムよ。──────目覚めの時間だ」』
二つの声が重なり合い、アタシの血を吸った真紅の光が太刀へと注ぎ込まれた、その瞬間。
周囲から、あらゆる音が完全に消え去った。
絶え間なく吹き荒れていた潮風の音も、白い花の波が揺れる心地よい擦れ音すらも、まるで世界から切り離されたように無音の世界へと変貌する。
「......っ!」
直後、時空そのものがぐにゃりと捻じ曲がるような、異質で圧倒的な感覚がアタシの身体を這い上がった。
足元の地面が歪み、平衡感覚が狂わされるような強烈な眩暈。たまらなくなってアタシは強く目を瞑り、歯を食いしばりながら、その異常な感覚の嵐が通り過ぎて落ち着くのをじっと待った。
やがて、捻じれていた空間の圧迫感がスッと嘘のように消え去る。
「............」
恐る恐る、ゆっくりと目を開けると。
視界がクリアになったそこには、信じられない光景が広がっていた。
白い花の波の中心。
先ほどまで剣の墓場に深々と突き刺さっていたはずのあの太刀を、静かに、しかし確かな力強さでその手に握りしめている一人の男が立っていたのだ。
圧倒的なまでの静寂と、研ぎ澄まされた刃のような存在感。
神代の剣豪、弦弥=セイラム。彼が今、悠久の時を超えて、この世界へと再降臨を果たしたのだった。




