都市メーフル
マリナーク商会は海産物をメインに扱っている商会である。
扱う商品も多岐にわたり、魚介類はもちろん昆布などの海藻類、貝殻や真珠とそれに伴う装飾品も扱っている。
それらの商品は港町フトゥでの流通はもちろん、メーフル領の中心都市にも輸送している。
領外貿易でも人気の高いそれらは、莫大な資産を築くマリナーク商会の自慢の品々である。
その商品の運搬のため、毎日のようにキソの川を遡るように輸送船が出ていた。
ラクはカナデが手配した船の一つに載せてもらい、領主の名前を冠した中心都市メーフルに到着する。
ラクにとっては王都から帰郷の際、寄った都市の一つでもある。
しかし、故郷を目前にして浮足立っていたため、たいした観光をすることもなく一泊して通り過ぎてしまっていた。
改めて訪れると、中心都市の名に恥じぬ規模を誇る場所だった。
港町フトゥよりも大きな町並みに、ラクの視線は忙しなく動く。
「慣れてないと迷いそうだ。領主館へはいつごろ?」
「明日の午前中に、とのことです。今日は早めに宿をとって荷物を置くのがいいかもしれませんね。」
フトゥからメーフルまで船で一本のため、荷物の量はさほどでも無い。
しかし、大きな都市のため町中を歩くだけでも一苦労のため、荷物を置くのは賛成だった。
ラクは荷物の多いカナデの分を担ぐと、提案に賛成して宿を探すことにする。
「どのへんで宿を探す?値段はするけど治安がいいところのほうが良さそうだけど。」
「まずはうちが所属する商人ギルドに向かいましょう。」
ハンターズギルドとは異なり、商人ギルドは複数ある。
これは商人が扱う品物や商圏毎に派閥があるためである。
マリナーク商会は商圏が広く、貿易に強い商人ギルドに所属していた。
「ギルドの紹介があれば、いい宿にお手頃で宿泊できると思いますから。」
「なるほど、そうしましょうか。」
男一人の宿泊なら、元軍人のラクにとって多少治安が悪くても安い宿の方が得である。
しかしカナデのように女性、特に見目麗しい美女ともなると金を出してでも治安が良い地域の宿を選ばねば、面倒な輩に絡まれて面倒事になる可能性がある。
所属ギルドなら、比較的安くて治安もサービスも良い宿を紹介してくれるだろう。
ラクはカナデに従って歩き始めた。
都市メーフルには、東西に人が10人並んで歩けるほどの広い通りがいくつか敷かれており、商店や宿が所狭しと並んでいる。
裏側には荷馬車用の道まで整備されており、あらゆる人と物が集まる場所となっていた。
「賑わいもすごいとこだな。」
「国内でも有数の流通中継地となる場所ですからね。お店も品も数は王都に次ぐかもしれません。」
カナデの言葉に、ラクはただただ頷くしかできなかった。
大通りのため道に迷う心配は無いものの、選ぶ店の種類は豊富で迷いしかない。
例えば薬の店一つとっても、扱う品数や店の規模も様々なのだ。
民間用の風邪薬が並ぶ大商店があれば、ハンター向けに希少な治療薬や武器用の毒薬を扱う小さな店もある。
慣れた地元民などは用途によって店を使い分けるのだろうが、慣れないラクにとっては至難の業だろう。
「誘惑も多そうだな。」
「財布の紐はキツめにしとくのがオススメかもしれませんね。」
ラクの呟きにカナデが笑いながら答えた。
そうこうしているうちに商人ギルドの建屋にたどり着いた。
中に入ると少し広い酒場の様相をなしており、ちらほら行商人らしき男たちが談笑している。
同じギルド内の商人たちにとって、情報交換の場になっているのだろう。
ギルドの建屋内なら頭頂の心配も少ない。
情報に価値を見出す商人らしい、上手くできた仕組みだった。
受付に近づくと男がカナデに声をかけた。
「ようこそ、ギルド証を確認させてもらえますか。」
「はい、こちらです。」
カナデは受付の男が見えやすいように、首から下げたブローチを手に取った。
男は納得したように頷くと、改めて笑顔を浮かべて歓迎の言葉を述べる。
「マリナーク商会のカナデ嬢でしたね。本日はどのようなご要件で?」
「宿を紹介していただきたいんです。護衛の方と合わせて二人分。」
受付の男はカナデの顔を知っていたらしい。
商人の中では比較的珍しい女性で、その見た目も特徴的なほど整っているため覚えやすいだろう。
顔を覚えるのが得意な商人という仕事柄、もしかしたらギルド所属の人間の多くを覚えている可能性すらある。
気安い調子で話をしつつ、受付の男はさり気なくラクを一瞥した。
探るような視線はラクの人と成りを見抜こうとしているらしい。
依頼人であるカナデの顔を立てるためにも、ラクは目があった瞬間に軽く礼をして人当たりよく振る舞った。
それを見て気遣いができることを察したのか、男は安心したように少し頬を緩ませた。
「二人分ですな。お部屋は一つで?」
人間性の判断が済んだせいか、からかい混じりに男は軽口を叩く。
頬を少し紅く染めながら照れたように笑みを浮かべたあと、カナデはラクの方を振り返った。
「えっと…どうしますか?ラクさん。」
「俺に聞くなよ!二部屋一択だろう。」
思わぬ質問に、ラクは少し叫びがちになりながら慌てて声を上げた。
その様子にカナデと受付の男が顔を見合わせて笑う。
「カナデ嬢の誘いを断れるとは、心強い護衛ですな。」
「強すぎて手強いかもしれません。」
「そういう相手ほど、勝利した暁には夢中になってくれるのが恋愛というものですよ。」
二人の勝手な会話にラクは苦笑を浮かべるしかない。
下手に言い返そうものなら、倍になって返ってくる未来しか見えなかった。
なにせ相手は剣ではなく、言葉のナイフで日々戦り合っている商人たちなのだから。
降参とばかりにラクは肩を竦めて返事をした。
「ともあれ、護衛を雇ったのは行幸でしたな。」
受付の言葉に、なにか裏を感じて不穏な雰囲気が流れる。
カナデは笑顔を引き締めて、言葉の原因を探った。
「もしかして、バロン商会の件ですか?」
「ご存知でしたか。今朝方、彼らもこの都市に入ったという話です。」
バロン商会は魔獣討伐を盾にカナデの縁談を強要してきた相手だ。
目論見が外れたとわかるやいなや、盗賊まがいのハンタークランまでけしかけてきている。
計画の全てがラクの手によって返り討ちにされているが、知らない者にとっては脅威に他ならないだろう。
カナデたちがラクに護衛を依頼したのは、その情報を掴んでいたのも理由の一つだった。
二度も失敗した手前、これ以上直接危害を加えるような手を使ってくる可能性は低いものの用心するに越したことはない。
カナデは受付の情報に素直に礼を告げた。
「情報ありがとうございます。ラクさんも一応気をつけておいてください。」
「わかった。二度あることはなんとやら…とも言うしね。何度やっても同じだけど。」
ラクの自身有りげな言葉に、カナデと受付の男は安心したように笑みを浮かべた。
「さすが、実力で婚約を勝ち取った方は違いますな。」
その言葉にラクは思わず目を見開いた。
「俺のことも知ってたんですか?」
「カナデ嬢の覚えめでたい男性ともなれば予想も付きます。情報は商人にとって何よりの武器ですので。」
さすが、と短く称賛の言葉を口にして、ラクは男と小さく笑いあった。
カナデが宿の紹介状をもらうと、ラクたちは商人ギルドを後にした。




